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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、ゲームキャラクターになる」4 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

   
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 私が挌闘家たちに七色の悲鳴をあげさせられて、さらに一ヶ月が経過した。またもや呼び出された私はガクガク・プロジェクトのオフィスに出向く。ところが、オフィスがあったはずの雑居ビルのワンフロアはもぬけの空で、ガランとしていた。キツネにつままれた気分の私は岳の携帯電話に連絡する。
「あ、すみません。引越ししたことお知らせしてませんでしたっけ」
「ハイ」
「わかりました。すぐにこちらから出向きます。近くですから五分で行きますので、前にある喫茶店でお待ちください」
 私は彼に言われた通りに喫茶店に入った。しかし、五分と言ったにも関わらず、十分、二十分と時間が経過しても岳は姿を見せなかった。何度か携帯に電話を入れるが、電源が切られている。手持ち無沙汰の私はテーブルの上にあるコースターに落書きをした。イヌの絵である。ふと御手洗のことを思い出した。
「石岡先生、遅れてすみません」
 追憶に浸っていた私は、岳の言葉で現実に戻された。顔を上げた私は岳の姿にビックリする。いつもはスーツをパリッと着こなしていたのに、今日は灰色の作業服姿だ。
「お引越しされたんですね」
「ええ、遅くなりましたが」
 岳は新住所の入った名刺を渡してきた。以前は、キャラクターイラストの入った凝ったデザインだったが、新しい名刺は一番安いペラペラの紙に必要事項だけが記載されたシンプルなものだった。
「この近くなんですね」
「ええ、ただ狭くなっちゃいまして。まあ従業員も減ったからプラマイゼロですかね」

 岳はアイスコーヒーを注文すると、ややあらたまった口調で切り出した。
「ところで先日お願いした件なんですが、どれぐらい出来上がられたのか進捗状況をうかがえればと」
「何のお話でしょう」
 私はあのモーションキャプチャーで貴重な体験をした日以来、昨夜、岳の連絡を受けるまで彼とは音信不通だった。
「えっ、RPGに変更されたゲームのため、先生にキャラクターデザインをお願いしませんでしたっけ?」
 私には驚愕の事実である。
「まるで初耳ですよ」
 ゲームの内容がまた変わったことも知らなかった。第一、キャラクターデザインなんて出来るわけがない。
「そうか。困ったなあ」
 岳は青い顔をして腕を組んだ。
「先生、無理を承知で申し上げるんですが、チョッチョッとで構いませんから、今週中にデザインをいただけませんかね」
 すがるような目をされても私は困る。
「勘弁してください。できません」
 岳の目が私の手先で止まった。
「そのイラストは、今先生がお書きになったんですか」
「ええ、まあ…」
 岳が言っているのは、さっき彼を待つ間に描いたイヌの絵だ。私の返事も待たずに彼はコースターをひったくった。
「戴きます。ちょうどよかった」
 救われた顔をしている岳を見ると、もう私は何もいえない。
「これは…ミンクですね」
「い、いえ」
 否定する私の声など岳の耳には届いていないようだ。
「カズミンクと名づけますよ。いやあ、ありがとうございます」
 私は話題を変えようと思った。
「ゲームの名前も変わったんですか?」
「ええ、『不思議の石 王カクンの野望』です」
 もはや私の名前すら入っていない。
「それは私の監修…なんですか?」
「そんな当たり前のことを。先生のエッセンスは濃厚に詰めたつもりです。主人公の勇者が最後に手にする伝説の武器はミタライの剣と、ミタライの盾です」
 首尾よくデザインを手にすることが出来た解放感からか岳は、今度のゲームの設定をとめどなくしゃべり続けている。だが、私の気持ちとしては、すでにゲームうんぬんではなく、岳の健康や会社の状況などのほうがはるかに懸案事項になっていたのだった。

いつしか私と里美の間でゲームの話題がのぼらなくなった。こちらから連絡を入れる気がせず、私も記憶のなすがままにしていた。意識して避けていたわけではない。最初はそうだったが、そんな時期も過ぎ去って本当の意味でゲーム製作は忘却の彼方に消えようとしていた。最後に岳とある日、私と里美がコンビニに立ち寄ったとき。突然、携帯ストラップを手にした里美が、私に見せる 。
「これ、カワイイでしょう。今流行っているキャラクターなのよ」
 女性からこういう問いかけをされたとき、正直言って私は対応に窮する。デザインに対する美醜の主観的判断が違うので、どうしても「カワイイね」と棒読みの返事になりがちなのだ。しかし、そのとき里美に見せられた携帯ストラップのキャラクターに私の目は吸い寄せられていく。
「まあ先生は知らないでしょうけど、カズミンクちゃんていうの」
「え、これって…」
「どうしたの。まさか知ってるなんて言わないでね。先生がトレンドにアンテナ張ってるなんてビックリしちゃう」
「いや、ボクがデザインした…んじゃないかな」
「えーっ!」
 里美の目が点になっている。
「ちょっと里美ちゃん、声が大きい」
 私は彼女を連れて外に出た。そして以前、喫茶店で岳に私が走り書きしたイラストのコースターを渡した経緯を説明する。
「冗談じゃないわ。それはパクリよ」
 里美の剣幕に私は苦笑する。
「でも、イタズラ書きだよ」
「著作権は著作権なの。大体ゲームが出来たかどうかも連絡なくて、不誠実極まりない人たちね。ネジ込みに行こう」
「えっ、やめようよ。ボクは構わないから」
「構うに決まってるよ。タクシー!」
 強引にタクシーを停めてさっさと乗り込み、こちらを手招きする。観念して私は同乗した。新しい住所は岳からもらった名刺でわかる。新しいガクガク・プロジェクトのオフィスに着くと、ちょうど岳は出先から帰ってきたところらしかった。ベンツの後部席から降りてきた彼は、私たちを見つけると微笑んで近寄ってくる。
「やあ、お久しい。石岡先生じゃないですか」
 光沢さえ感じる真新しいスーツに、金縁のメガネをかけている。
「その節は本当にお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ…」
 隣にいる里美はこれ以上ない非難の目で岳を睨んでいた。岳はその視線を無視するように私に笑顔で語りかけてくる。
「実はゲームの話ポシャリました。すみません」
「ああ、そうだったんですか。ハハハ」
 なぜか私のほうが頭を掻いて笑った。
「カズミンクってキャラクターなんですけど」
 たまりかねたのか里美が強い口調で言った。
「ああ、あれですか。感謝してますよ。ウチの福の神になってくれました。ゲーム発売時のキャラクター商品で売ろうと思っていたら、ゲーム自体が出ないでしょう。それなのに気に入ってくれた社長がいてその人のルートでコンビニで販売できたんです。その結果はご存知の通りの大ブレイク」
 派手なジェスチャーで陽気に話す岳の手首には高価そうな時計が光っていた。
「CEO(最高経営責任者)、クライアントがお待ちです」
 運転手を務めていたスタッフが控えめに声をかける。岳はおどけた様子で時計を眺めると、すまなそうな顔で私たちに向き直る。
「すみません。今日は忙しいのでこれで失礼します。またゆっくり遊びにきてください」
「ええ」
 私は頭を下げると、岳が通り過ぎながら「残念料として五万円振り込んでおきましたので、ご勘弁ください」とささやいていった。
「何なの。人を馬鹿にして。先生がデザインしたなんて一言もないじゃない」
「忘れてるんだろ」
 私たちは帰り道を歩き出している。
「わざとよ。その話を持ち出されたら都合が悪いものだから」
「別に構わないよ。それより、岳社長が幸せそうでよかった」
「もっとストレートにガーッと言えばよかったのに」
「それよりも、ゲーム機を借りっぱなしでいいのかなって」
「先生ってマザー・テレサ? あれだけ手を煩わされてゲームは出ないし、オイシイところだけパクられたのに許しちゃうの」
  「怒るようなことじゃないよ」
「先生はほんっとに無欲ね。善意過剰だと思うわ」
「そうかなあ。損はしてないしね」
「してるのにぃ〜! お金があれば欲しいモノだって買えるのよ」
「今だって買えるさ。臨時収入が五万円も入ったし」
「何を買うの?」
「水出しグリーンティー。さっきのコンビニで買うつもりだったのに、こっちに来たから。買い置きが切れたんだ」
 ふと気が付くと、隣を歩いていた里美がいない。振り返ると、彼女は優しい目で私を見つめてくれていた。
「もう〜、それじゃあ来年の分まで買おう」  結局、ゲームは発売されなかったが、私の表現の場は、小説だけで必要にして十分だと学べただけでも意味があったと思う。

つづく おしまい
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