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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡くん、ゲームキャラクターになる」3 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
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「深海、雲の上、マグマの中と大暴れするんです」
 岳が画面のキャラを動かしながら、一生懸命私にゲームのセールスポイントを説明してくれる。だが、私にはどうも釈然としないものが残っていた。思い切って口に出すことにする。
「社長、私のような素人目にはその、前作とかなり…違うモノに見えるんですけど」
 私のぶしつけな質問にも岳は笑顔で答えてくれる。
「見た目ではそうお感じになるかもしれませんが、石岡先生らしいエッセンスはバッチリと受け継いでおります。たとえば、この主人公には味方になって援護するキャラクターがいるんですが、それは犬型ロボットなんですよ」
 気を遣ってもらっているらしいのは喜ばしいことだが、確認しておきたいことはまだあった。
「あの、こういう形式のゲームになるということは、このメモも必要ないわけですよね」
 私がレポートに手を伸ばすと、岳はすばやく先に取った。
「いいえ、とんでもない。頂戴します。この要素も必ずシナリオに反映させていただきますので…」
 何か間が悪くなった私は退散することに決めた。
「万事承知しましたので、今日はこれで私は…」
「あ、お待ちください」
 岳がコントローラーを置いて立ち上がる。
「実は、石岡先生にアフレコをお願いしたいんですが…」
 私はアフレコの意味を知らなかった。
「アフレコとは、アフターレコーディングの略です。映画やアニメなどで映像を先につくって、役者がその動きに合わせて声を入れていくことです」
「それをボクがですか」
「ハイ。ゲームの変更に伴いまして、主人公の動きやワザなどに石岡先生にご本人のナマ声を当てていただけたらと思いまして」 「…わかりました」
 断る理由がない以上、私はそういわざるを得ない。しかし、その日私は慣れない事は気安く引き受けるべきではないという教訓を得た。一言でいえば、ひどい目に遭ったのだ。
「ミタライー・ドッキング!」
 マイクに向かってこんな言葉を口にする度に顔が真っ赤になる。
「イシオカ・カズビーム!」
「先生、まだ照れがありますね。弾けてください。恥ずかしがらずにお願いします」
 それは無理な注文だ。こんな言葉をためらいなく絶叫できるほど、私は役者ではない。ましてや、この叫びがゲーム内で使われると考えると、憂鬱になってしまう。
 ゲームを作ることと、長編小説を書くことはまるで違うと教えられた。小説を執筆する行為は、いかに創作上の苦しみがあっても、個人作業である。自分で決め、自分のやり方で完成をめざすことができる。しかし、集団作業であるゲーム製作はある程度個人の主張を抑えなければならない。監修者の肩書きをもらっていても、それは同様である。だから、私はアクションゲーム変更の事実を必死で受け入れた。初めてゲームに夢中になり、アイデアを捻ってクオリティ向上の一助となればと頑張ったつもりだったが、その矢先に前提をひっくり返され、私はへこんだ。新しいゲーム内容を見たとき、私にはもう何の貢献も出来ないと思い知らされたのだ。
 それから一ヶ月後。ガクガク・プロジェクトから連絡があった。今度は再び里美が付いてきた。落ち込む私の姿を見て、このまま捨て置けないとばかりにお目付け役として名乗りをあげてくれたのだ。
「ちゃんと言ったほうがいいよ。石岡先生の名前でヘンなモノが出たらイメージダウンなんだから…」
 それぞれの思いを抱えた二人がオフィスに着くと、一ヶ月前よりも確実にやつれた岳が待っていた。
「いつもご足労いただき、本当に恐縮です」
「いいえ、とんでもない」
 挨拶を交わした後、私と岳は相手の出方を伺うように黙ってしまった。その間隙を縫って里美が身を乗り出す。
「社長さん、例のゲームがアクション物に変わるという話なんですけどぉ、あれから二人でよく考えたらですねぇ。やっぱりミステリー作家の石岡先生が監修なのに、イメージを逸脱してるんじゃないかという結論になったんですよ」
 物怖じしないストレートな里美の言い方に私はヒヤヒヤする。しかし、岳の反応は軟らかかった。
「ご指摘はごもっともだと思います」
「でしたら、再考の余地があるということですか?」
「いえ、アクションゲームを辞めます」
 あまりに唐突な言葉なので私たちは意味を把握するまで少々時間がかかった。
「どういうことでしょう」
「あれからまた軌道修正がありまして…」
「では、もう手がドリル装着しないんですね」
「ハイ」 「探偵カズミに戻すんですか?」
「戻します」
 あっけないほど簡単に危惧していた点がクリアされた。私と里美は顔を見合わせて喜び合う。
「それに伴いまして、石岡先生にまたお願いがあるんですけど…」
「何でもおっしゃってください」
 再び私の力がゲームに反映できると知って、失っていた情熱がよみがえってくるのを感じていた。
「シナリオを一話分書き下ろすこともできますよ。時間的制約にもよりますけど、ゲームならではの表現で伏線の張り方を工夫できると…」
「いえ、そういうことではないんです。石岡先生にモーションキャプチャーでデータを取らせて頂きたいんですよ」
 私と里美は一瞬言葉に詰まる。
「モーションキャプチャーって…?」
「簡単にいえば、人間の演技だとか、そういう動きのデータを、直接計測するために考案された技法なんです。磁気や光学センサーによって、演者の関節の動きを連続的に読み取ることができます。そのデータでCGキャラクターにも同じ動きをさせられるんです」
「あの…ゲームはノベル式に戻ったんじゃないんですか」
「私はそうは申し上げませんでした。格闘ゲームに変更されたんです」
 はしゃいでいた私の気分が急速に落ち込んだ。
「でも、探偵カズミだって」
「挌闘大会に参加する忍術使いの探偵カズミというキャラクターです」
「それは、私が監修なんですか?」
「無論ですよ。そこが最大のセールスポイントじゃないですか」
 里美も怒るきっかけを逃したのか、私たちは力なくスタジオへと移動する。スタジオには他にもモーションキャプチャーを行なう人々が準備していた。
「え、ちょっと先生見て」
 里美が悲鳴にも似た声を上げる。
「プロレスラーのミノタウロス角田、元世界チャンピオンのイレイザー武士、柔道家の海嵐吾郎…本物の挌闘家ばかりじゃない」
 私の顔色は蒼白になった。
「あの人たちとワザを…」
「ご心配なく。手加減されますし、試合をするわけじゃないですから」
 スタッフは気楽に言うが、それならあなたがやってくださいという気分だ。
「では、先生もお願いします。大体五十個ほどセットしていただくんですが…」
「お願いです。岳社長を呼んでください」
 恐怖と不安から私の精神のタガが外れそうだった。
「どうされました」
「すみません。私が協力できるかどうか自信がなくなってまいりました。それに当初うかがっていた話とどうも路線が変わってきていますし…」
 複雑な思いだったが、降りるなら今しかない。あんな連中とワザの掛け合いなんて私の骨がダイヤモンドで出来ていたとしても真っ平ゴメンだ。
「ハイ、なるほど」
 突然、岳は顔を覆い、すぐに両手を離すと真っ赤な目で私に叫んだ。
「石岡先生も、ゲームだから馬鹿にされるわけですか」
「いえいえ、まさか…」
「子供ダマシなのに、貴重な時間を取られすぎだとお思いですか」
「そんなつもりで言ったのではありません」
「ゲームにはゲームならではの表現方法があるんです。もちろん当初の予定が狂ったり、先生にご迷惑をおかけしていることは認めます。でも私たちは…私たちは手を抜きましたか? 真剣にゲームを作っているんですよ!」
 涙目の岳に対して私は何度もうなずいた。
「わかっています。その、すみません。協力させてください」
 うかつな一言だった。少なくてもその日一日は激しい後悔にとらわれた。なにしろ私は体中が痛くて、それから一週間は階段を上ることが出来なかったのだ。
「どんなゲームになるのかしらね」
 里美の言葉に私は思わず本心を漏らした。
「何でもいいから早く完成してほしいよ」

つづく つづく
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