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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、ゲームキャラクターになる」1 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

   
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「不思議な石岡君、クラヤミ坂のピラミッドで眩暈を起こす」
 TV画面に映しだされたのは、その珍妙なタイトルだけではない。サファリルックの精悍な顔つきの男が力強く彼方を指差すポーズを取っている。
「監修・石岡和己」
 タイトル画面に名を連ねておいて言い訳めくが、私が作ったのではない。製作者は、目の前にいる長髪を後ろで束ねた若者だ。
「内容に比べてタイトルは考慮の余地があるかもしれません。ただ基本的に店頭でゲームを知る人も多いので、インパクトは外せません」
 彼の名は岳学。『がく まなぶ』と呼ぶそうだ。彼が代表取締役を務める会社は自分の名をもじったガクガク・プロジェクト。TVゲームの企画製作、キャラクターグッズ製作販売を手がけている。岳が私を監修にしたTVゲームの企画を持ち込んできたのは、もう半年も前になる。彼によると、TVゲームは文学・漫画・映画に匹敵する第四の表現ジャンルとして確立されていて、実際にミステリー作家の名を冠したゲームもいくつか発売されているらしい。岳自身はミステリーファンではなかったが、二十歳前半でゲーム会社を興したバイタリティで渋る私を口説きつづけた。
「石岡先生が旧時代の表現媒体であるペーパーでしか活躍されていないのは、日本エンターテインメント業界の損失です。是非、先生の監修でゲームを作りましょう」
「いえ、私はその手の世界にまったく疎いので…」
「ご心配には及びません。技術面のサポートは万全ですし、先生のお時間を頂戴するのは最小限にするとお約束します」
 実際、私はTVゲームに対して、ほとんど触ったことがない。はるか昔、インベーダーゲームをやったことがあるが、自分の操作する機体が攻撃され、破壊され、消滅することに耐えられなかった。いや、それは大げさにしても、私という人間はああいった攻防に対して正直落ち着かないのだ。向こうが撃ってきて、こちらはそれをよけて反撃を食らわすという行動が生理的に受け付けないといっていい。
 もちろんTVゲームには多種多様なジャンルがあることは知っている。現在では、私の経験したインベーダーゲームのような"シューティング系"は数が少ないとも聞いた。しかし、食わず嫌いもあるだろうが、私は強いてTVゲームをやりたいとは思わない。TVゲームではないが、一時期UFOキャッチャーにハマりかけたことはある。その理由は人形や玩具がとくに欲しかったわけではなく、操作が簡単そうに見えたからだ。実際にやってみると傍から見ていたときに思ったようにはいかず、お目当ての品物を吊り上げるだけでも四苦八苦したが、何回か繰り返せば私にもできそうに感じた。また誰かと何かを競い合う形式でもないので、自分に合っている気がした。無論、例によって私の傾けた時間、お金、情熱に比して成果は微々たるものだったが…。
 話を現在に戻そう。私は岳の依頼を承諾した。何が決定的に私の心を動かしたのかと訊かれても、確たる答えはない。いや正確を期すなら、私は一言も「よし、やりましょう」とは言った覚えはないのだ。岳と何回も会談を持つうちに、いつのまにかゲームを作ることに決まっていたというか、気が付いたらゲーム内容の話をしていたというのが実情だ。
「やはり人気ミステリー作家の石岡先生のご助力を仰ぐわけですから、ノベル形式のアドベンチャーゲームが一番だと思うんです」
「はあ、そうですか」
 まるで無知な私としてはそんな答えしか返せない。
「シナリオはミーティングで大雑把な方向性を決めていただければ、こちらで構成していきますから。先生もそのやり方のほうがよろしいかと思います」
「いえ、でも前提として私はその企画に…」
「もっと深くタッチされますか?」
「いいえ、あの…お任せします」
 その後、三回ほどミーティングらしき会合があった。監修に名を出しておきながら、はなはだ無責任な言い方で身がすくむのだが、その席で話し合われたことを私はほとんど覚えていない。会話の九割以上は岳ともう一人の若者とで進み、私は専門用語の洪水と、めまぐるしく展開する話の流れについていけず、意見を求められてもうなずくだけだったからだ。かろうじて頭に残っているのは、三回のうち二回は中華料理で、一回はカニ料理だったことぐらい。
 そんな非協力的(?)な監修者にもかかわらず、先日「やっとゲームが遊べる状態まで漕ぎ着けました」という連絡を岳からもらった。正直言って私はゲームの存在を忘れかけていたほどだが、形になったと聞いて、是非拝見と代々木八幡のオフィスまで足を運んだという次第なのだ。「石岡先生のゲームってすごい興味ある」という里美も同行することになった。
「いつまでもタイトル画面を眺めていても仕方ないですよ。とりあえずプレイしてみてください」
 岳が私にコントローラーを差し出した。
「プレイって、ボクがやるんですか?」
 思わず私は机から椅子のキャスターを後方に1mちかく滑らせる。ゲームを見せるのになぜよりによって私がプレイしなければならないのか。たぶんそのときの私の表情は、ピザをジムに届けただけなのに「リングに上がって試合をしろ」と言われた宅配ピザ店員のようだったはずだ。
「ダメですよ。ボクはいいです。きっと一機もクリアできなくてゲームオーバーになって、せっかくのデータを無駄にする危険がありますから」
「先生、神経質になり過ぎよ」
 この里見の一言で、あっけにとられていたガクガク・プロジェクトの社員たちも口を開きだした。
「絶対に初心者でもできる内容ですから気になさらないでください」
「監修の先生にプレイしていただかなければ僕たちも頑張った甲斐がないですよ」
 みんなの言葉はいちいちもっともである。私は恐る恐るコントローラーを手にした。
「スタートボタンを押してください」
「本当に下手だから、気を悪くしないでね」
 私は毒を飲み干す気分でスタートボタンを押す。画面が切り替わった。
「あれ、これは…」
 私が感嘆の声を漏らしたのは、画面に現れたのがまるで本のような文字の羅列だったからだ。
「ノベル式のアドベンチャーというのは、こういうゲームなんです。本のように読んでいって、ところどころで選択肢を提示されるので、プレイヤーは自分の任意の選択を繰り返してゲームクリアをめざすんです」
「へえ…」
 知らなかった。コントローラーの丸印のボタンを押せば、次のページが現れるそうだ。これなら出来そうな気がする。では、冒頭のその内容を示してみよう。

 トゥルルル トゥルルル 甘い眠りに落ちていたオレの耳に妙な小鳥のさえずりが飛び込んできやがった。トゥルルル トゥルルル 火星人が攻めて来たって、あと一時間は目を開けたくない。だけど、オレが起きるまで鳴きつづけようって魂胆がみえみえだ。仕方ねえ。オレは毛布の中から手を伸ばして受話器を取った。
「美女と酒なら間に合ってるよ」
「アロー、カズミ。ビジネスの話よ。隣の女に服を着せて早く部屋から出してくれない」
 サブリナだ。事務所のパートナー。プレーンオムレツの腕はバツグンで、スピード狂で、オレよりポーカーは強いが、チェスならどっこいどっこい…なんて悠長な説明はしてられないようだ。

 そこまで読んだ私は岳を振り返る。
「あの…ここに出てくるカズミってもしかして…」 「当然です。石岡先生をモチーフにした主人公で探偵カズミ。ハードボイルド風の味付けはさせていただいてますが」
 私に似た要素は唯一名前のみではないだろうか。まあ、もっと本人に似せろなどと言えた話ではないので、気にせずに読み進めることにした。

 ビジネスの話だって? よしてくれ。起きぬけのシーバスリーガルの味が悪くなる。
「カズミ、部屋に一人になった?」
 サブリナの質問にオレはどう答えるか考えた。
@ああ、言われる通りにしたぜ A他の女がいても関係ないだろ。妬いてるのか? B悪いけど、今はビジネスの話をする気分じゃないんだ

「この三つの選択肢の中からひとつ選ぶんですね」
「そうです」
 私は迷うことなくB番を押す。途端に後ろで見ていた里美を含むギャラリーから「えーっ」と声が上がる。

「悪いけど、今はビジネスの話をする気分じゃないんだ」
 オレがそう答えると、サブリナの冷たい声が二日酔いの頭に響く。
「あら、そう。もうあなたとの関係も限界のようね。ずっとビジネスの話をしなくてもいいようにしてあげるわ。さよなら」
 電話は切れた。こうしてオレは人生最大の事件とのきっかけを潰してしまった。でも、シーバスリーガルの味だけは悪くならなかったから満足している。

 画面に「end」の文字が表示がされた。私はみんなを振り向いて言う。
「ほらね。やっぱりゲームオーバーになっちゃった」
「当たり前よ」
 里美はあきれた口調だ。
つづく つづく
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