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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 石岡君の「フルコースで対談を!」4 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

   
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 震え上がった私は、調子に乗っていたことを激しく後悔した。たしかに他人に教えられた知識で、相手のご機嫌をとろうなんて誉められた話ではない。いや、むしろその裏側を悟った相手からすれば、不愉快な気さえ起こすだろう。私は間違っていた。すぐに立ち上がると、「すみませんでした」と言って、深く頭を下げた。
「たしかに私はあなたをだまそうとしていました。本当の私はサバの味噌煮が好きで、アイドルが好きで、ご馳走は馬車道ポニーでエビフライ定食がふさわしい…」
「ああ、もうええよ」
  越前はうるさそうに手を振った。
「そろそろ芝居は抜きにして話そうや探偵さん。みんな、ちょっと二人だけにして欲しいんだけどな」
 悦子や編集者、カメラマンとギャルソンたちが立ちあがり、ぞろぞろと外に出て行く。私の体はまた震えはじめる。
「あ、あの、あの」
 私は言っておろおろした。しかし越前は、それを見届けながら、シガーケースから葉巻をとり出した。
「まだデザート前だが、悪いけどやらせてもらうぜ探偵さん」
 一吹きした後で身を乗り出すと、低い声でささやくようにこう言った。
「正味な話な、あんたはどこの意向で動いてるんだ?」
 越前の声には凄みが利いて、彼の小説の登場人物のようだった。だが私には何のことやらわからない。
「まあ自分のクライアントは明かせないよな。でも、薄々は見当がついてるよ」
「あのう…僕にはさっぱり意味が…」
「もう芝居は切り上げろと言ってるだろう!」
 越前がテーブルを叩く。私は亀のように首をすくめた。
「探偵と対談と聞いて嫌な予感はしていたが、やっぱりだ。最初からおかしいとは思っていたが、やっと確証をつかめたよ」
「いや、本当に僕には…」
「わかった。あくまでシラを切るならそうすればいい。頭から説明してやろう。あんたはオレを陥れるための工作員だな」
 衝撃で、私には返す言葉もない。そんな私の顔を見て、越前は不適に笑う。
「図星って顔に書いてあるぜ探偵さん。大食らいの触れ込みのオレに対して、あくまで同じ分量、いやそれ以上に料理を食べることで張り合おうとするあの態度。あの量にプラスしてフリットまで食べようなんて正気の沙汰じゃない。まあそれだけなら単なる負けず嫌いかもしれないが、ワインに関しても、あんな超高級品を飲む価値なしと騒いで、こっちの舌の信用を落とさしめようという工作。今考えれば全部合点がいくんだ」
「あのですね」
 そんなめちゃくちゃな勘違いをされるのなら、何と罵られようと料理を残せばよかった。 しかし越前は手をあげ、私をさえぎって言う。
「証拠はあるさ。∴ォ党よ毒を垂らすなの話題を出したことだ。あのときのバッシングは、大きな文学賞を獲って風を切って歩いていたオレを、地にまみれさせるための工作だったんだろう。今ならオレももう知ってるのさ。さらに、警告の意味で発したのかもしれないが<Jルトですかと<Wビエですかはちと直接的に過ぎねえか。たしかにオレは今二つのネタを取材している。それを題材に作品を書こうとも思っているさ。何もかもご存知の探偵野郎に言うまでもないことだが、カルトの∴ナを照らす道教団と、某国が開発している地上レーダー、すなわちGBR(ground−based radar)だ。そ こまで匂わされてはこっちも黙ってられねぇ、つい爆発しちまったよ」
 私はずっと震えていた。どこをどう訂正すればいいのか、恐怖でもうよくわからないのだ。
「雑誌の編集者の前でオレに大恥をかかせようという魂胆は不発ってことさ。この対談はキャンセルだからな。あんたのクライアントに言っておけ。工作員を雇うなら、オレのタマをとる気で送れってな!」
「はいわかりました」
 なんにもわからなかったが、私は言った。のっしのっしと部屋を出て行く越前に、私はそれ以上何の言葉もかけられなかった。今日の対談は一体なんだったのだろう? 表では 「越前先生、お待ちください。どうされたんですか!」と取り乱した編集者の声が響いている。私の体には、形容不能の疲労感がずっしりと蓄積していた。もう駄目、1歩も動けないと思った。だから、目の前に誰かが立ったことにもしばらく気がつかなかった。
「主人の非礼をかさねてお詫びいたします」
 悦子だった。もう立ち上がる気力もない私は、「あ、いえいえ」と口のあたりをゴニョゴニョ動かす。
「あの人はああ言うしかないんです。石岡先生に真実を見抜かれた以上」
「は?」
 この人も変なことを言いだした。真実…?! とはいったい何を指しているのだろう。
「さすがに推理作家の先生の目は誤魔化せませんわね。私、先生の作品読ませていだだいて、今日の対談は本当に怖かったです。主人以上に、私が怖かったです。ご推察通り、主人の名前で世に出ている作品のほとんどは、私の手によるものです」
 思わず私は「えっ!」と声を漏らしてしまった。すると悦子は寂しげに笑う。
「お優しいんですね。そんな今はじめて聞いたようなお顔をつくっていただかなくても構いませんことよ。私は子供の頃から暴力とSEXのエッセンスが詰まった大衆小説が大好きで、創作していました。長じてからもあちこちの出版社に持ち込んだのですが、どうしても作者が女となると奇異の目で見られて、作品の出来も割り引かれてしまうのです。も う30年も昔の話ですけどね。そんなとき、今の主人の越前と出会いました。彼が試しに男の自分の名前で出してみようと言い出して、持ち込んだ作品は即デビュー作となり、現在に至っております」
「あ、そうだったんですか」
 私にとっては掛け値のない感嘆の声である。
「演技なさらなくても、もう存じております。今日の石岡先生は、越前のエセ無頼作家ぶりを暴こうと、大食いで勝ってみせたり、ワインの不出来を見抜いてみせたり。たしかにあのワインは少し味が落ちてましたものね」
「あ、い、いやあ」 
 彼女は私がどんな態度を取れば気に入るのだろう。
「決定的にわかったのは∴ォ党よ毒を垂らすなが越前の作品で一番気に入っているとおっしゃったときです。そうなんです。先生も先刻ご承知の通り、あの作品だけが越前自身が書いたものです」
 私は息を呑む。いや、知らなかったー。
「主人は、作者名だけ貸している状態がどうしても我慢できなかったようですね。だけど、結果は無残なありさま。≠ワるで別人の創作のようだとまで叩かれて、さすがに豪胆な彼も相当落ち込んでいました。あれ以来、二度と自分で書くとは言い出しませんでした」
 私は、今日何度目かの返す言葉のない状態だった。
「でも、いまさら真実を明らかになどできません。あつかましいとは存じますが、ご内密にお願いできませんでしょうか。私から創作の楽しみを奪わないでください」
 必死の目で訴えかけられて、私は大急ぎでうなずいた。そんなこと人に言ってもしようがない。
 安心した悦子は、来たとき同様深々と頭を下げ、ゆっくりとした足どりで部屋を出て行く。再び私が一人で部屋に残された。
「石岡先生にはお礼の言葉もないです!」
 感極まった声に振り返ると、今度は今日ずっと給仕をしてくれていたギャルソンが、涙で頬を濡らして立っていたから、椅子からずり落ちそうになった。
「ど、ど、どうしたんですか?!」
 ギャルソンは、私の近くに走りよってきた。
「またまた、そんなオトボケをなさって。先生は私どもの大恩人です!」
 なぜ今日は、私の理解を無視してみんな先走るのであろうか。
「今夜、私たちは本気で越前武彦を殺すつもりでおりました」
 私はどーんとのけぞった。いくつもの衝撃発言を耳にした一日だったが、それはもっとも衝撃的一発であった。
「あいつは食道楽とやらを売り物にして、あちこちの店を食べ歩いては、好き勝手なことを雑誌や作品に書きなぐっています。あいつはもう覚えてはいないだろうけど、二十年以上前、私たち兄弟の父がこの店を切り盛りしていたとき、あいつのペンの餌食にされたんです」
 いつのまにかギャルソンの隣にはシェフが立っている。顔立ちが似ているから、彼ら二人は兄弟でこの店を継いだようだ。
「その日はあいにく、いつも父のアシストをしている母が病気で店に出てなくて、臨時のアルバイトの女の子が担当でした。もちろん、客商売だからそれをいい訳にはできないけど、くわえタバコで入ってきた越前は、床のゴミだの、女の子のちょっとしたミスをネチネチ痛ぶって、終始横柄な態度でした。たまりかねた父が丁重に諌めたら、あいつは逆ギレしたんです。挙句の果てにあらゆるメディアを使って、ウチの店の悪口を流しまくりました。おかげで客足は激減し、心労を重ねた母親は病に倒れて亡くなったんです。だから、私たち兄弟は復讐を誓いました。いつの日か、越前を店に入れて、オレたちの料理を美味いと言わせてから息の根を止めてやろうと」
 血を吐くようなギャルソンの告白だった。私は全身の筋肉が硬直して、まるで動けない。
「そして今夜、ようやくそのチャンスが巡ってきたんです。でも石岡先生、あなたの身を呈した覚悟を見て、私たちは心打たれました」
「は?」
「たしかに私ども、苦労して手に入れた拳銃であいつを撃つ用意もしていました。だからあなたに<uリット(弾丸)の用意はあるかと尋ねられて、心底肝が冷えたんです。懸命に平静を装って≠ネいですと答えましたが、その後も気が気ではありません。でも、積年の恨みを晴らそうと、食後の珈琲に毒を盛ってやるつもりだったのに、それさえ見抜いて、 先生は∴ォ党よ毒を垂らすなと戒められましたね」
 もう私は、うなずいていいのか、首を横に振っていいのかさえ判断不能だ。 「おまけに最後におっしゃった<Wピエーで、私は涙が出ました。あれはかつて越前が提唱したレストランの≠fPA(Grade Point Average)制度を知っているぞという私たちへの信号だったんですね」
 ギャルソンの言葉が本当に日本語なのかどうかも、もう私にはわからなくなってきた。 GPAってなんだ? 「アメリカの学生の一般的な成績評価方法を取り入れて、各項目ごとに5段階評価をして平均で評価をする。越前はかつてこの評価法を説明するとき、いちいち悪い例としてウチの店名を出してこき下ろした。あのときのこと考えると、今でも腸が煮えるけど、石岡先生が、過去のことは知っているけどもう忘れろとおっしゃった気がして。実際、越前もウチの料理を美味いとは言ったんですよね。だから、本当に今夜はありがとうございまし た!」
 彼は、両手を使って私の右手を強く握った。そして、この上にはらはらと涙をこぼした。
 
 手を握ったまま、何度も何度も頭を下げる兄弟から逃げるようにして、私は店を出た。そして最初にしたことは、里美の携帯電話への連絡だ。とにかく彼女にお礼を言わなくてはと思った。でもどう言えばいいのか、頭が混乱してしまってなにがなんだかわからない。
「あ、先生、どうだったー? 私のメモ役に立ったー?」
 里美は言い、私は一瞬、返答に窮した。
「あれ? 役に立たなかったの?」
「そんなことないよ。もう役に立ちすぎて怖いよ」
「何それ? ヘンな言い方」 「とにかく、もうコリゴリだよ僕は」
「どっちがコリゴリなの。対談? それともフランス料理?」
「え?」
 私は少し考えた。それから言った。
「やっぱ対談かなあ」
「どうして?」
「だってフランス料理は君と一緒に食べにいったりしたいからさ、まだコリゴリなんてしたくないもの」
「あ、先生、いま酔ってんでしょ」
 そう言うと里美は、本当におかしそうに笑った。

つづく おしまい
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