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頑張れ!石岡君
石岡君、デリバリーサービスを始める 3 「石岡君、デリバリーサービスを始める」3 優木麥 石岡君、デリバリーサービスを始める 3

   
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 やっと真の意味でプレゼンテーターの役を果たせそうである。私はバラの花束を持ち直して、背筋をシャキッと伸ばした。
「ご案内します。こちらへどうぞ」
 内線での通話を終えた受付嬢が立ち上がる。私はその後ろを付いていく。オフィスを通るとき、矢のようにいくつもの視線がこちらに注がれた。デスクに向かっている社員達からすれば、受付嬢に案内されるタキシード姿でバラの花束を抱える男は何者に見えているのか想像するのが怖い。
「こちらでお待ちください」
 案内された応接室で待つこと数分で、ドアがノックされる。入ってきたのは、30歳そこそこのスーツ姿の男である。彼が竹中島礼次郎なのか。これだけ大きな会社の社長というから、もっと年配のイメージがあったが、かなりのやり手なのだろう。
「どうもどうも。わざわざすみませんね」
 男は対面のソファに腰を下ろす。
「いいえ、こちらこそお仕事中にすみません」
「まあ、これも仕事みたいなものだから」
 男の返事に私は感心した。彼ぐらいの立場になれば、自分の誕生日プレゼントをもらうことを決して軽く考えていないのだ。
「さあ、ちゃっちゃといこう。さあ」
 急かされて私は、まずバラの花束を彼に差し出す。
「誕生日おめでとうございます」
「いや、もう過ぎてるよ」
「そうですね。すみません」
「それよりも本があるんでしょ」
 私は少し嬉しかった。自分の書いた本をこの男は楽しみにしてくれている。すぐに包装紙に包まれたギフトを彼に手渡す。
「仰々しいなあ」
 そこで突然、私は不安にかられた。彼は私が「石岡和己」だと認識しているのだろうか。今までの態度を見る限り、どちらともいえない。そこで、私は、包装紙をほどく男に念を押しておくことにした。
「それ、ぼくが書いたんです」
「わかってますよ」
 男はぶっきらぼうに答える。落胆が私を襲う。やはり、著者が目の前に現れても、感動なんて生まれるものではない。
「何を書いたの? ミステリー?」
「えっ…?」
「最近はミステリー以外は売れないからね。新人はミステリーがいいよ」
「あ、あの……」
 私が説明しようとする前に、包装紙をほどき終えた男の口から驚きの声が上がる。
「えっ、石岡和己…って。まさか、ええ!」
 目を丸くして私を見つめながら、彼はつぶやいた。
「作家志望の新人が原稿を売り込みに来たのかと…。石岡先生だなんて思いませんので……すみません、勘違いしてました」

                             ●

「竹中島礼次郎さんの会社は、出版社だったんです。だから、対応に出てきた彼は編集者で、売り込みに来た新人の原稿を見るつもりで…」
 バンに戻った私は首尾を美加に報告する。
「礼次郎さん本人に誕生日プレゼントを渡したんでしょう」
「まあ、そうなんですけどね」
 私は調子が狂っている。私が石岡和己だと知ってからは、社長の礼次郎以下の社員達から下へも置かぬ対応になり「すみません」を連発してきた。
「すごいじゃないですか。まさに驚きと衝撃だったでしょう」
「違う気がしますけど…」
 このギフトッパラサービスがお客に与える驚きと衝撃には、その後の感動が生まれることに意味があるはずだ。さきほどの礼次郎のように恐縮して驚かれてしまっては、プレゼンテーターとして不本意である。
「では、この勢いで最後の一件も行きましょう」
 やっと美加は願い通りの効果が出てはしゃいでいる。
「藤川アカネちゃんだって。ここから意外と近いわ」
「社長、最後の演出についてですが……」
 若手社員が美加に具申する。
「拍手をする人間がいたらどうかと思うんです」
「贈り物を受け取った時の話ね」
「そうです。相手は驚きと衝撃で、言葉が出ない状態で、頭の中は真っ白になるでしょう。そのときに、拍手が鳴り響けば、自分が夢のような空間にいることを気づくはず」
 若手社員の提案は、私にとっては分不相応な演出だと感じるが、相手が忘れられない思い出になるのなら賛成である。
「なるほどね。じゃあ、キリのいいところで、私達が拍手役をやりましょう」

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「えっ、帰省されたんですか」
 私は藤川アカネの家の玄関で思わず声をあげていた。今回は最後の相手ということで、手順を外さないよう細心の努力を尽くしたのだ。ドアを開けてすぐの「ギフトッパラサービスです」の第一声に始まり、タキシードの胸に着けた「石岡和己」のネームプレートもよく見えるようにした。ところが、応対してくれた家人の話では、当の受取人であるアカネは名古屋に帰省してしまったという。
「すみませんね。ちょうど今日の午前中に出たんですけど…」
「そうですか。お戻りは?」
「どうでしょう。一ヶ月以上は向こうにいると思います」
 家人の返事に私は失望感を味わっていた。そこに、美加と若手社員が現れた。贈り物を受け取った相手に拍手するギャラリー役として登場したのだ。
「ブラボー、ベリーベリー、ブラボー!!」
 ソンブレロを被り、ポンチョをまとってマラカスを振りながら現れた二人は、私と藤川の家人の周りを踊りながら歩く。
「めでたい、本当にめでたい」
「いや、違うんです」
 私の否定の声など耳に入らないのか、二人は踊り狂っている。事情を説明するのには、それから数分の時間を要した。

                           ●

「名古屋までいらっしゃるなんて、急に気合が入りましたね石岡先生」
 名古屋行きの新幹線の車内で美加が皮肉っぽく言った。私の提案で、名古屋の藤川アカネのところまでプレゼントを届けることにしたのだ。
「手渡しをしたいんです」
 今日の私は、本当の意味でプレゼンテーターの役割を果たしていない。その忸怩たる思いが、珍しく私に名古屋までの遠出を決意させたのだ。
「ぼく自身がぬくもりや、驚きを手渡しできるかどうかはわかりません。でも、やってみたいんです。今日の私はただモノを届けただけで、手渡しはしていない気がします」
 新幹線は名古屋駅に到着した。すでに夜の10時を回っている。アカネが帰省した家は、タクシーで15分ほどの住宅街にあった。身が引き締まる思いで私はドアの前に立つ。チャイムを鳴らすと、20代前半の女性が顔を出した。
「ギフトッパラサービスです」
「えっ、ここまでいらしたんですか?」
 女性の表情がほころぶ。私は来た甲斐があったと思う。報われた気がした。
「アカネさんにプレゼントをお届けに来ました」
「少々お待ちくださいね。本人を呼んできますから」
 女性が奥に引っ込む。彼女は藤川アカネではなかったらしい。きっと姉妹なのだろう。しばらくして再びドアが開けられた。立っていたのは、さきほどの女性だ。
「あ、あの…アカネさんはどちらに?」
「はい、ここです。ほら、ご挨拶なさい」
 彼女が腕に抱えていたチワワが愛くるしい目で私を見ている。
「も、もしかして、アカネさんて、この……」
「そうです。ウチの家族の一員です」
 私は引っくり返りそうになった。この「アカネちゃん」には、物理的な意味での手渡しすらできそうにない。
つづく 「石岡君、デリバリーサービスを始める」おしまい
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