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頑張れ!石岡君
石岡君、デリバリーサービスを始める 2 「石岡君、デリバリーサービスを始める」2 優木麥 石岡君、デリバリーサービスを始める 2

   
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「石岡先生ご本人だと明かしていただかなければ意味がないでしょう」
 ギフトッパラサービスの社長であり、私へプレゼンテーターを依頼した相手である川崎美加の叱責は容赦がなかった。無理もない。彼女からすれば、特別なサービスを提供しているのに、それが相手に伝わらなかったのだ。
「いや、その……すみません」
 プレゼンテーターとしての私は、最初の届け先の相手に対して、ついに自分が著者の「石岡和己」であると告げることはかなわなかった。
「初めてですからうまくはいきませんよ」
 移動のバンの運転手役を務めている社員の一人が助け舟を出す。
「まして当社の制服姿というのは、お客様からすれば疑う余地のないユニフォームですから、顔を注目する可能性は低いでしょう」
「それは一理あるかもね」
 美加は冷静さを取り戻している。
「特別なギフトを特別な人が届けに来たことを、過剰なまでにお客様に伝えないとダメかもしれないわ」
 私は嫌な予感がしている。本音を言えば、もうお役御免にされるのが一番である。
「確か次の届け先のお客様は、誕生日プレゼントの贈り物だったわね」
 美加はリストを確認しながら言った。
「それにふさわしい服装で行けばいいのよ」

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「見違えたわ。これだけ格調を高めれば相手も石岡先生だと気がつきますね」
 美加の声のトーンが上がっている。私はタキシードに蝶ネクタイ、そして手には赤いバラの花束を持たされた。一流ホテルのドレス・コードもクリアできそうだが、着ているのが私ではどうにもしっくりこない。世界でタキシードが似合う男性コンテストを開けば、間違いなく下から数えたほうが早いだろう。
「誕生日ということですから、花束は当社からの特別サービスです」
「はい。どうにもむずがゆいですけど」
「石岡先生はピシッとなさってください。劇的に盛り上げることで、相手にとっては一生忘れない思い出になるんですよ」
「はあ、まあ……」
 とりあえず、やるしかあるまい。バンは赤坂のオフィス街の一角に停車した。
「このビルの会社みたいですね」
 バンを下りた私は少したじろいだ。見上げるばかりの高層ビルである。
「この18階の会社の方です」
「でも、まだお仕事中じゃないですか?」
「たぶん、そうでしょうね」
「プレゼントを受け取ってくれますかね」
 私の疑問は当然だと思う。オフィスで勤務している最中に、誕生日プレゼントを渡されて素直に喜べるだろうか。
「でも、時間指定されてますから」
「えっ…?」
「プレゼントの送り主の要望として、午後3時までに本人に渡して欲しいとのことです」
 美加は依頼主からの受付伝票を事務的に読んだ。
「本人の誕生時間が昨日の午後3時だったので、24時間後である今日の同じ時間までは誕生日が有効という判断らしいです」
「昨日の午後3時って……。えっ、つまり本当の誕生日は昨日だったということですよね」
「まあ、厳密にはそうでしょう」
「厳密も何も、一日遅れで『誕生日おめでとうございます』とやるわけで……」
「いいですか石岡先生!」
 イライラしたように美加は声を荒げた。
「先生が危惧しているのは、すべて平常時での感覚なんです」
「は、はい」
「今から私たちがやろうとしていることは、そんな次元の感覚なんか比較になりません。プレゼントを渡しに来た相手が石岡和己先生であることのパワーを、衝撃をイメージしてみてください」
 美加はうっとりとした目で空を見つめる。彼女には申し訳ないが、当事者である私自身の脳内にはまったく明るい未来が浮かんでこない。
「誕生日が正確には1日遅れだとか、いま仕事中だとか。一瞬で吹き飛びますよ。感動の嵐が吹き荒れるんです。相手は言葉になりませんよ」
 とてもそんな事態になるとは思えないが、ここで躊躇していても仕方がない。私は腹を決めてビルに入ることにした。ただ届け物を渡すだけだと割り切るしかあるまい。この誕生日プレゼントを届ける相手の名は「竹中島礼次郎」とある。エレベーターで18階に降りた私は、まっすぐに受付をめざす。
「いらっしゃいませ」
 清楚な受付嬢達が私の姿を認めて立ち上がると一礼した。ただその視線は一様に不安を帯びている。この会社が何を業務としているかわからないが、オフィスにタキシードでバラの花束を持った男が訪ねるのが常態でないことは確かだ。
「実は……竹中島礼次郎さんに…ですね」
「はい…」
 社員の名前が出たことで安心したのか、受付嬢達の頬に張り詰めていた緊張が緩んだ。私も少し気持ちが和らぐ。あのままでは、まるでストーカーが会社まで訪ねてきたような誤解を受けかねない。
「お渡ししたいものがありまして……」
「あのう…」
 真ん中に座っていた受付嬢が丁寧な口調で尋ねる。
「お約束をなさっておられますか?」
「いえ、それは……」
 私が手にしている著書とバラの花束は、依頼主から竹中島礼次郎に渡すようにギフトッパラサービスが請け負っている。この手の贈り物は、相手をビックリさせる目的なのだから、事前に知らせる可能性は低いだろう。
「申し訳ございませんが、社長はお約束のない方とお会いにはなれません」
 どうしたものかと頭を捻る。いや、私は今の受付嬢の言葉に信じられない単語が混ざっていたことに気がついた。
「え、あの、社長とおっしゃいましたか」
「はい。竹中島礼次郎は当社の代表取締役社長でございます」
 きっぱりと受付嬢が言った。彼女は、なぜ私がその事実を知らずにオフィスで面会を求めているのかと怪訝な面持ちである。
「すみません。お渡し物というのは、誕生日プレゼントです」
 私はある程度の事情を説明しようと決めた。またそれをしなければ、とても中に入れる雰囲気ではない。
「誕生日プレゼントとおっしゃるのは、竹中島へのですか?」
「その通りです」
「竹中島の誕生日は昨日でしたが」
「ええ、すみません。一日遅れになりまして……」
 説明する私はしどろもどろになっていく。自分でもよく飲み込めていないのだから、他人に上手く伝わるわけがない。
「プレゼントは、そのバラの花束ですか?」
「ええ、まあ……」
「では、受付でお預かりいたします」
「それはですね。少々、事情がありまして……」
 ここで受付嬢にプレゼントを預けてしまったら、私がここまで来た意味が、またわからなくなる。怒り出す美加の顔が目に浮かんできた。
「事情とおっしゃいますと?」
「実は、お渡ししたいのは、この花束だけではなくて…その……本もお渡ししたいんです」
「本…ですか。それが、何か?」
「ぼくが書いた本なんです」
 もはや初めて知る驚きが薄れようとやむなしだ。礼次郎本人と会って手渡すことに意味があるのだと理解してもらわなければならない。
「ああ、そうだったんですか。最初にそうおっしゃってくださらないから」
 ようやく合点がいったのか受付嬢が笑顔でうなずいて、内線の受話器を取った。
つづく つづく
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