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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、コンビニ店長になる」4 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

   
…

 まるで金縛りに遭ったかのように私たち二人の全身が硬直する。
「もしもーし、リンリンミント飴はありますかー」
「いしお…か先生」
 勝一の声が震えている。私は腰を抜かしそうになった。自動ドアが開閉すれば、この部屋のチャイムが鳴るはずなのに気が付かなかったのか。私は工業用ロボットを思わせるスピードで首を動かすと、卓上のモニターに目をやった。カメラには誰も映っていなかった。店内は無人である。
「ひっ!」
「もしもーし」
 女の声が段々大きくなる。私は生きた心地がしなかった。しかし、放っておくわけにはいかない。勝一の話では、彼女は乳飲み子を育てていることになる。私がアメを渡さなければ、その子がひもじい思いをするのだ。散々怖がらせたり、分析していた当の本人の勝一は彫像のように椅子に座っている。使命感によってかろうじて椅子から立ち上がった私はリンリンミント飴のダンボール箱を抱えた。へっぴり腰でオフィスから出ると、ふらふらしながら店内に出る。件の女性がレジの前に立っていた。背が高く、黒髪を肩の位置で切り揃えている。赤いトレーナーに、白いジーパン姿だ。
「いら…いらっしゃいませ」
 完全に震えた声で言いながら、私はダンボール箱をカウンターに置いた。それでも、これだけは伝えようと決めた。
「あの…その、差し出がましいとは存じますが…」
「はい、何でしょう?」
 女性はクリクリとした瞳で私を見つめる。
「飴だけでお育てになるのは問題…ですよ。ミルクとか、他にも今の時代は栄養価の高い乳児用の食品があると聞きますし…」
「何のお話をなさっているんですか?」
「ですから、あなたがお亡くなりになったときにお産みになった赤ちゃんのことで…」
「先生、訳がわからない話をしてるよー」
 私の中で時間が止まった気がした。声の方角を見ると、そこには里美がいる。
「佳苗はまだ独身よー。誰と勘違いしているわけ?」
「里美ちゃん、その…」
 ニコニコしながら里美が、幽霊疑惑の女性の隣に立った。
「先生、紹介するね。彼女は深堀佳苗さん。昼間来た時、近所に友達がいると言ったでしょう。それが彼女なの」
「じゃあ、バイクのヘルメットを貸してくれた友達って…」
「ハイ、私です。はじめまして石岡先生。というか、昼間もお会いしてますよね」
 佳苗の笑顔を見て、私は両肩に載っていた見えない何かがフッと消えた気分だった。
「こちらこそ。そうか、里美ちゃんの友達かあ」
「そうよー。ところで、さっきの『死んだ』とか『赤ちゃんを産んだ』とか何の話なの?」
 私は勝一から聞いた”子育て幽霊疑惑”の話を聞かせた。里美と佳苗は途中から笑い転げる。
「笑わないでよ。芯から怖かったんだから」
「さっき先生が真っ青な顔してフラフラしながら飴のダンボール箱を持ってきたからおかしいと思ったら…キャッハハハ」
「ひどいなあ」
 では、なぜあんなに大量の飴を買っていたのだろうか?
「佳苗、言ってもいいよね?」
 里美の言葉に佳苗はうなずいた。
「先生、佳苗はねー。バイトをしているの」
「バイトって、飴を買うバイト?」
「そーいうこと」
 佳苗の説明によると事情はこうだった。コンビニでの売上が生命線である製菓メーカーは、店舗の棚の確保に必死である。1日毎に売上がダイレクトに出るコンビニの店舗は、売れない商品をすぐに撤去する。とくに新商品の旬は発売から一週間が重要。この時期に売れなければその新商品はいわば不合格の烙印を押されてしまうのだ。そこで、リンリンミント飴を企画した開発会社は一計を案じた。大量のバイトを動員して、首都圏の主要なコンビニ店舗にある新発売のリンリンミント飴を買い漁ったのだ。さすがに一度に何十と買えば記録が不自然になるので、一日に何回も十袋単位で購入する。その結果、一週間後の売上は大ヒット商品並みの数字になるという算段だ。
「だから、なるべく防犯カメラに映らないように意識していたんです。でも、まったく映らないことは不可能ですから、たまたまその人たちが覗いたときには映ってなかったんでしょうね」
「そうだったんだあ。いろいろ大変なんだね」
 私は感心してしまう。
「コンビニの棚を確保する競争は激烈なんです。とくに製菓業界は顕著ですね。たとえば、これを見てください」
 佳苗は突然、拳銃を構えて私に向けた。
「ちょっ…ちょっと」
「ごめんなさい。でも、良く出来ているでしょう」
「えっ、それオモチャ?」
「ええ。『ガムガムガン』といって、中にガムが入ってるんです。これで三百円ですから」
 とてもそんな安いオモチャには見えない。私の目には驚くほど精巧に出来ている。里美が言っていた食玩という物なのだろう。
「佳苗の動きもそれっぽかったでしょ? 彼女はアクション女優志望なの」
「そうなんだ。へえー…あっ」
 私は大事なことを忘れていた。
「じゃあ、リンリンミント飴を買うんだよね」
「それもだけど、これもお願い」
 里美がカウンターにカゴを置く。中には卵パックやハム、加熱用ライスなどが入っていた。
「オフィスってさー。簡単な調理ぐらいできるでしょ? 夜中まで頑張っている石岡店長のために炒飯をつくってあげるー」
「本当かい。それは嬉しいなあ」
 里美が見ている前で失敗したら格好がつかない。商品に必死にバーコードスキャナを当てて、加熱用ライスを電子レンジに入れる。自動ドアが開く音がした。と同時にフルフェイスヘルメットの人物が荒々しく入ってきた。
「おい、カネを出せ」
 まっすぐレジにやってきたヘルメット男は拳銃を構えている。私はあまりに非現実的な映像に対して、即座には思考回路が働かなかった。
「里美ちゃん、念のために聞くけど、またぼくを騙そうとしてるんじゃないよね」
「だとよかったんだけど、残念ながら本当のコンビニ強盗みたい」
「ガタガタしゃべるな。カネを出せっていってるんだ!」
 ヘルメット男は銃口を里美に向ける。その危機感がかろうじて私の理性をつなぎとめていた。ふと視野の隅に勝一が入った。彼はまだオフィスの入り口にいる。店内とつながる扉が暴漢の視線を遮る盾の役割を果たしてくれている。私はなんとか勝一にこちらの異状を伝えてオフィスから通報してほしいと思った。彼と私の目が合う。その瞬間、私は左右の手を直角に曲げて例の『NO』のポーズを取った。勝一に意図を悟って欲しいと必死に訴えかける。
「そこまでよ。強盗さん」
 佳苗が銃をヘルメット男に向けて構えていた。いや、私たちにはその”銃”がガムガムガンであることはわかる。
「銃を捨てなさい」
「こンのやロウ! 舐めたことしてくれるじゃねえか」
 ヘルメット男は完全に私たちに背を向けた。オフィスの方角を見ると、そこにはもう勝一がいない。何とか外に通報してくれただろうか。
「こんなところに運良くチャカを持った人間がいるなんてありえねえ」
 ヘルメット男はレジに背を向けたまま佳苗に近づいていく。彼女を救わなければならない。しかし、どうすればいいのだろう。あまり近づかれれば、佳苗の手にある銃がオモチャだと感づかれる。何とか一瞬でも犯人の気を引くことが出来れば…。
「私は私服の刑事よ。抵抗すれば撃つわ」
 佳苗は必死の演技を続けている。
「やってみろよ。撃てるわけなんか…」
 バーン! そのとき奇跡が起こった。電子レンジの中で加熱された卵パックが弾けたのだ。私はまたライスと間違えて卵パックを温めてしまった。しかし、その音はこの極限状況では銃声にしか聞こえない。ヘルメット男はのけぞって尻餅をついてしまった。すかさず飛びかかった佳苗は犯人の銃を蹴り上げる。
 そのとき、オフィスから勝一が顔を出した。
「大丈夫ですか?」
「通報した?」
 勝一と私はほとんど同時に問いを発した。そして、二人同時に答えた。
「OK!」
 当然、両手で丸をつくってKのポーズによってである。

                   ※  

 駆けつけた警官に犯人を引き渡し、事情を説明してコンビニに戻ってきたとき、もうすっかり朝になっていた。店番をしていた勝一や、待機していたオーナーの大友夫婦が出迎えてくれる。
「石岡先生、本当にありがとうございました。あなたは恩人ですよ」
「いえいえ、そんな…」
 私は本心から恐縮していた。実際のコンビニの仕事をこなしたのは勝一だし、コンビに強盗をつかまえた最大の功労者は佳苗である。
「先生に御礼をしたい。なにを差し上げたらよろしいですかい」
 大友のありがたい申し出だったが、私には荷が重過ぎる。
「では、オム焼きそばをください。その…賞味期限切れの商品で結構ですから」
 今日一日で私が店長としての職責を果たしたとは、どうしても思えなかったのだ。

つづく おしまい
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