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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、コンビニ店長になる」3 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
…

「お願いします先生。いきますよ、オッケー」
 勝一の動きに合わせて、ぎこちないながらも私はポーズをつくった。それを見た彼が笑顔になる。
「次は、ノー」
 私も左右の手を互い違いに直角に曲げる。
「石岡先生、完璧じゃないですか。ありがとうございます」
「そうかなあ」
 実際にやってみた私は恥ずかしさよりも、二人の一体感によるちょっとした爽快感を味わえたのだ。もちろん、他に店内には誰もいない状況という条件付だからである。
「では仕事に戻りましょう。コミュニケーションはさっきの合図でお願いしますね」
「う…うん…」
 自身なくうなずいた私はカップ麺コーナーに行くと商品の棚出しを行なった。こういう対人ではない仕事は緊張せずにやれるので私向きかもしれない。ここでコンビニの仕入れについて少し触れておこう。ほとんどのコンビニチェーンは、共同配送センターを持っている。だから、食料品、文具、雑誌、日用品などをそれぞれの問屋から直接仕入れているわけではない。コンビニに商品を卸しているメーカーは、各コンビニの共同配送センターに卸せば、あとはトラックが各配送ルートに従って店舗を回るそうだ。毎日の納品時間は決まっている。しかし、納品されるペースはそれぞれのチェーン店によって違う。多い店舗では一日に六回商品が納品されるそうだが、想像もつかない世界である。
 私には考え事に耽ると周りが見えなくなる面もあるようだ。これは多分に以前の同居人の悪癖に影響されたと思っているのだが、いずれにせよこのときがそうだった。私は納品されたばかりのカップ麺をダンボールから出しては積み、積んではまた出すという作業を延々と繰り返した。マニュアルに従うならばカップ麺を積むのは二個ずつまでと決まっている。店頭に出し切れないダンボールの中の残りの商品は店内在庫として店舗裏に収納されるのだ。しかし、私は棚出しの仕事に専心するあまり、三段四段そして五段と、まるでピラミッドを建造する如くにひたすらカップ麺を積み続けてしまった。
「石岡せ〜んせ〜」
 私の足元から勝一の声がした。なぜ足元から聞こえるのかというと、天井に届かんとする”カップ麺の塔”を築くため、いつのまにか私は清掃作業用の脚立の上に載っていたから。
「そんなに積んだら、上の商品を取れないじゃないですか」
 言われてみれば確かにそうだ。私は自分の目の前にうずたかく積まれたカップ麺の塔に気づき、呆然とした。
「まずゆっくり降りてください。あとは僕がやりますよ」
 脚立を押えながら勝一が優しく言う。
「すみません」
私は本当に心苦しい。またひとつ彼に余計な仕事を増やしてしまった。
「そういうことは言いっこなしと約束したじゃないですか。何があっても、オッケー」
 この瞬間、身体は正直だと私は痛感した。勝一の「オッケー」の言葉に合わせなければと反射的に思ったらしい。脚立に載ったままの私は両手で頭上に大きな丸をつくり、左手と左足をKの字のように突き出す。アッと思ったときはもう遅かった。 ガラガラガラッガラガラーン!
 店内に突如生まれたオブジェの”カップ麺の塔”はむざんなまでに崩壊した。
「だ、…大丈夫?」
 私が載る脚立の周囲にはカップ麺が散乱している。その中央で勝一が、まるでアクション映画のカーチェイスの巻き添えを食った屋台の店主のように立っていた。

                  *

 店内に併設する形でオフィスがある。この部屋で店員たちは休憩したり、店長がパソコンで発注をしたり、電話の応対などをしている。深夜の一時を過ぎて、客足も途絶え、私たちは落ち着いた食事をとることができた。昼間はどうしても簡単に栄養補給するだけになりがちだ。といっても、そんなに忙しかったかと訊かれると肯定する自信はない。
「オム焼きそばですね」
 食事代わりに好きなお弁当を取っていいといわれたとき、私は迷わずオム焼きそばを選んだ。
「実は、ぼくは毎週一回はこれを食べていて…」
「美味しいですよね」
 勝一と私はしばらくとりとめもない会話をした。
「えっ、オカルト研究会に入ってるの?」
「ハイ」
「へえ、ぼくはよくわからないけど、理系でそういう方面に興味がある人って珍しいね」
「意外と多いですよ。科学や物理学を研究すればするほど、どうしても辻褄の合わない領域が出てきて、超自然的なものに意識がいっちゃうんですね」
 勝一の話を聞いた私は、ふと北欧に旅立った友人のことを思い出す。
「それに実はこの店にも幽霊が出るんです」
「幽霊とは、24時間営業のコンビニに似合わないね」
 私はわざと茶化した言い方をした。勝一の言葉にふざけた雰囲気がないことが、逆に真実味を帯びていて嫌だったのだ。
「石岡先生もその幽霊と出会ってるんです」
 勝一の表情に緩みはない。
「変な冗談はやめようよ」
「気が付きませんでした? あのリンリンミントを買う女性」
「あ、あのアメ…」
 私には覚えがあった。確かお昼に私がレジを稼動させたとき、一番先頭で会計をした女性だ。そういえば、フルフェイスのヘルメットを被った里美が入店してきたときも、その女性はリンリンミント飴を買っていた。
「印象に残ってるでしょう。彼女は一度にあの飴を十袋ずつも買っていくんですよ」
「そうだとしても…」
「しかも今日だけでもう三回なんです」
 勝一の話では、私が今日来る前の午前中の早い時間にも彼女は来店していたという。
「昨日も、前日も同じくらい買ってました」
「単に彼女は飴が好きなだけだよ。何の法律にも違反してないしね。ハハハ」
 冗談で済ませたかったが、室内に響いたのは私の笑いだけだった。
「もちろんです。でもよく考えると普通じゃない」
「きっと甘いものが手放せない性質じゃないかな。不思議ではないよ」
「本当にそう信じてますか?」
「う、うん。ぼくの知り合いにはカルピスを作っては飲んで、一日に二ビン空けてしまう女性もいるし…。甘いものは別腹だから…」
「冷静に考えてください」
 勝一は引き下がらなかった。
「カルピスのような飲み物なら理解できます。僕にもコーヒー牛乳の一リットル入り紙パックを一日に三本飲む親戚がいますからね。チョコレートやスナック菓子を一日に何袋か空にする人もいるでしょう。でも、アメは一日に大量に食べるのは無理です。一定の時間は口の中に入れておかなければならないし、いわゆる”イッキ食い”が難しい嗜好品ですよ」
「だったら食べないんだよ」
 意地でも私は怪奇現象にはしたくなかった。
「食べないのに、なぜあんなに大量に買ってるんですか?」
「食玩というコレクションの世界…かな」
 つい最近、里美から聞いたのだ。チョコやキャンディーなどのお菓子に付いているオマケを大人がコレクションしているらしい。漫画のキャラクターや、恐竜の人形で何種類もあるので、お目当てが全部そろうまでいくつもお菓子を買うとか。
「あのリンリンミント飴は先週発売されたばかりですが、オマケなんか一切ついてませんよ」
 勝一は冷たく否定した。
「そうだとしても…やはり自分では食べないんだよ、きっと」
「自分では? 他の人にあげているという意味ですか?」
 勝一の質問に私はうなずく。
「つまり、保育園の保母さんとか、ハウスシッターのような何人もの子供たちを預かる仕事をしている。それで一日のオヤツの時間のために一定数以上の飴玉が必要で…」
「そこなんですよ、石岡先生」
 一言の下に否定されると予想していたのに、案に反して勝一は我が意を得たりとばかりに身を乗り出してきた。反射的に身を避けようとした私はズルズルと椅子から落ちる。
「店長は『子育て幽霊』という昔話をご存知ですか?」
「怖そうな話だね。知らないけど…」
 私は首を横に振った。すると勝一が目を輝かせてその昔話を語って聞かせる。怪談だった。この手の話に弱い私は何度も耳を手でふさぎたくなったが、我慢した。
 それは福井県に伝わる次のような話である。ある女が子を身ごもったまま死んでしまった。昔は土葬なので、そのまま母子ともに寺に埋葬される。それからしばらくして、夕方になると飴屋に飴を買いに来る不審な女が現れるようになった。毎日同じ時刻に現れるその女を怪しく思った店の者がある日、女の跡をつけてみる。彼女が帰った先は、なんと寺の墓地。そして、どこからか赤子の泣く声が聞こえてきた。人を集めて泣き声のする墓を掘ってみると、赤子がいて飴をしゃぶっていたという。土の中で生まれた我が子のために、死んだはずの母親が幽霊となって毎夜、飴を買いに現れていたのだ。
「…ということで、つまりこの店に現れて、リンリンミント飴を大量購入している彼女も、あのアメで子育てをしている幽霊だと思うんです」
 私は必死で反論を探していた。探さずにはいられなかった。そんな非科学的な話を認めるわけにはいかない。第一、認めてしまったら今夜怖くて仕方がない。
「証拠は…証拠がないよ」
「幽霊だという証拠ですか?」
「そ、そう…」
「ありますよ」
 勝一はあっさり、それも自信満々に請合った。なんだか彼にも不気味さを感じてしまう。
「あの女性は防犯カメラに決して映らないんです」
「そんなバカな…」
 私は言葉を失いそうになる。
「本当ですよ。何度も試したことがあるんです。防犯カメラは店内のすべてをフォローしているわけではないけど、レジ前は必ず映るじゃないですか。だから、僕は彼女が清算している時に何度かこのオフィスに駆け込んで、そこのモニター画面を覗いてみたんです。そしたら、なんと…」
「も、もうやめよう」
 さすがに私は耐えられなくなった。そのときである。
「もしもーし」
突然、店内から女性の呼ぶ声が聞こえた。

つづく つづく
…
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