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頑張れ!石岡君
石岡君、早朝番組のコメンテーターに
なる 6 「石岡君、早朝番組のコメンテーターに なる」6 優木麥 石岡君、早朝番組のコメンテーターに
なる 6

   
…
 「クスリを使いましょう」
 横河が衝撃的な提案をしてきた。私は“クスリ”という単語に過剰なまでの抵抗感を示す。
「いや、できればそれは避けたいなあ」
「そんなことを言ってられる事態じゃないでしょう」
 スリープカウンセラーの横河は声を荒げた。
「明日の朝、チャンスは1回きりです。もう最後なんですよ」
 早朝のラジオ番組でコメンテーターをする依頼を受け、今日まで4日間、一度として立派に勤めを果たせていない。いや、たとえベストコンディションで臨めたとしても、それほど成果を挙げられるとは思わないが……。
「このままでは石岡先生は満足に睡眠も取れない。引き受けた仕事もろくにこなせないという最悪の結果で終わります」
「まあ、それは……」
「最後のチャンスに賭けましょう」
 横河は私の目の前に黄色い錠剤の詰まった瓶を置いた。
「今度こそグッスリを約束します」
「しかし……できればナチュラルに眠りたいんだけど……」
「それが可能なら、こんなに悪化してませんよ」
 横河の言葉は、私は電撃に打たれような気分になる。確かに彼の言葉には何も言い返せない。思えば今週のラジオ番組でのコメンテーターぶりは目を覆うばかりの醜態だった。1日目は、徹夜明けの意識朦朧とした状態で、司会者の質問と答えが全部ズレてしまった。2日目は、あらかじめ録音したコメントで対応したため、またもや質問と答えがズレて、物議をかもしたほどだ。3日目は、番組のドッキリに対して気を失い、洒落にならない状態にしてしまった。そして今日、4日目は完璧なコンディションで臨もうと努力したにも関わらず、直前まで眠気が催さなかった上、肝心の本番前に眠りこけてしまって、実質的には出演不能だった。
「明日は与党の雁沢幹事長がいらっしゃるのです。もう外したり、失敗したりはできませんよ」
「そう言われれば確かに……」
「さあ、科学の力を借りてしっかりと睡眠を取ってください」
 横河の言葉をこれ以上拒むことはできない。私は睡眠薬の錠剤を手に取った。
「それを3錠、口にしたらそのままベッドに横になってください」
「眠りすぎる危険性は……?」
「大丈夫ですよ。いま何時ですか?」
 時計は午後2時を指している。
「ゆっくりお休みなさい。仮に12時間眠りつづけたとしても、目覚めるのは午前2時じゃないですか」
 私の内心の不安は消え去ってはいなかったが、何も言わずに自分の部屋に入った。ドアを閉めるとき、横河の言葉が飛んでくる。
「おやすみなさい」
 午後2時に聞く挨拶ではない。


「バンジー万次の『朝からシャンデリア』。さあ、今日もお待ちかねのコーナーの始まりだ」
 万次の言葉を聞きながら、私は緊張して両手を握り締めている。
「あれだけ物議をかもしたこのコーナーも、今日で最後かと思うと、少し感慨深いねえ。まあ、始まる前からセンチメンタルになっても仕方ない。さあ、行くよ。ゲストが時事問題にズバリと斬りこむ『私が一刀両断』。皆さん御存知、暴れん坊コメンテーターの石岡和己先生だ。石岡先生、おはようございます」
「おはようございます」
 受話器の向こうから声がする。自分が返事をしているのを聞くなんて妙な気分である。
「あれ、声がおかしいなあ。どうかされましたか?」
「いえ、ちょっと風邪で咽をやられただけです」
「そうですか。季節の変わり目ですから、お気をつけください。いよいよ今日が最後のご登場ですよ」
「お世話になりました」
「こちらこそです。ところで、石岡先生。今日のゲストは、超大物なので、きっとビックリされると思いますよ」
「そ、そうですか」
 受話器の向こうの声が心なしか震えている。
「では、ご紹介します。今日のゲストは、ミステリー作家の石岡和己先生です」
 目の前の万次がこちらに話せと合図を送る。私はマイクに顔を近づけた。
「どうも。石岡です」
「えっ、あっ……」
 受話器の向こうの声は明らかに動揺していた。それはそうだろう。私が太平洋ラジオのスタジオにいるなどとは、予想しなかったに違いない。
「ど、どうして……」
「飲まなかったんです。あの強力な睡眠薬…あ、いや……」
 私は言い直すことにした。
「いまは入眠薬とか、睡眠導入薬と呼ぶんですね」
「石岡先生、あ、もちろん目の前にいらっしゃる石岡先生に話しかけています。リスナーのみんなが混乱しないようにハッキリしておきましょう。本物の石岡和己先生は、このスタジオにいらっしゃいます」
「横河さん、聞こえていますか?」
 私はマイクで呼びかけた。そうなのだ。私の名を騙って、ラジオ番組に代理出演しようとしていたのは、スリープカウンセラーの横河だった。
「どうもおかしいと感じたのは、昨日、雁沢幹事長が政務次官の汚職発覚によって出演が延期になったと言ったことです」
「そ、それは……」
「雁沢先生は大臣ではありません。政務次官の汚職が発覚したからと言って、その対応に追われるなんて事態は考えにくいんです」
 私は横河の存在だけを意識する。マイクの向こうに何万人ものリスナーがいると考えたら、とても冷静に話せない。
「その前日の水曜日の朝、ドッキリを仕掛けられましたからね。もしかしたらと思って、太平洋ラジオに確認の電話を入れてみたんです。そしたら、万次さん」
「ええ、雁沢幹事長がゲストで来ると言うのも、実はドッキリだったんです。もちろん、昨日の朝、番組内で明らかにしています」
「つまり、雁沢先生の話はドッキリだったにもかかわらず、ぼくはその事実を知りませんでした。まあ、恥ずかしながら眠ってしまったからですが……。謎が生まれます。では、木曜日の朝、ラジオ番組に出演して、コメントしたり、会話をしたのは誰ですか。いや、ハッキリ言えばその『石岡和己』は誰でしょうか」
 私は確信をもって言った。
「横河さん。あなたしかいません。家にラジオ局から電話があって対応できるのはあなただけだ。そう考えると、何度もぼくを不眠から救おうとしているにも関わらず、いつも肝心なところでは眠ってしまう失態は不自然すぎました。ぼくは間違いないと思っています。あなたは、ぼくをあえて不眠にして、ラジオ番組出演を妨げてきた。その目的は何か?」
 受話器の向こうは沈黙している。
「ぼくの評判を意図的に落とそうとしていたんですね」
「どうして、そんなマネを…」
 万次が驚いている。私も同様だ。
「私のデビュー作と、石岡先生の出版スケジュールがかちあったから……。少しでもライバルの作品の評判を落としたくて……」
 横河が血を吐くような声で言った。
「あなたはデビューなのに、ライバルって……」
 万次は絶句している。
「横河さん。あなたが持っていたクスリは、違法ドラッグだそうです。ドアの前には警察の方が待っています。どうかご自愛ください」
 私の言葉に横河の返事はなかった。ただひとつ確実なことは、ようやく私に安眠できる日々が戻ってきたということだ。
つづく おしまい
…
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