島田荘司 on line
on line top Weekly Shimada Soji top
頑張れ!石岡君
石岡君、早朝番組のコメンテーターに
なる 2 「石岡君、早朝番組のコメンテーターに なる」4 優木麥 石岡君、早朝番組のコメンテーターに
なる 2

   
…
 「メラトニンが足りないんですよ」
 横河は顔を真っ赤にして叫んだ。私は今まで根性が足りないとか、積極性が足りないなどと指摘されてきたことはあったが、メラトニンが足りないといわれたのは初めてだ。
「何ですか、そのメラトニンというのは…?」
「脳から出るホルモンで睡眠のサイクルをコントロールしています。朝起きて太陽光線を浴びた後、9時間後から作り始める睡眠物質ですよ」
 横河の説明は正しいのかもしれないが、私には意味がわからない。
「それで……」
「だから、太陽光線を浴びない生活をしていると、人の身体はだんだん睡眠物質であるメラトニンを作らなくなるんです」
「は…はい…」
「メラトニンは、海外旅行の時差ボケを修正する機能もあります。快眠を促してくれるありがたいホルモンなんです。石岡先生のように睡眠のリズムが狂ってしまった方に対して、正常に調整することも……」
「横川さん、何かごまかしていませんか」
 私はたまらずに彼の説明を遮った。
「な、何を石岡先生……」
「今朝のラジオの一件は大失敗じゃないですか」
 私は人の失態を責めることは好きではない。いや、めったにしたくない。自分自身が失敗の連続で生きている人間だからだ。しかし、あそこまでひどい結果が出ると、ひと言いわねば気が済まない。睡眠が第一、という横河のアドバイスに従って、私は早朝のラジオ番組への電話出演の間も眠りこけていた。実際の出演は、あらかじめ録音した私の音声によって滞りなく行なわれるはずだったのだ。
「いくら何でも、あれではぼくの人格が疑われます」
 あらゆる質問に関して、180度反対の返事を送ったため、私はかなり冷酷な毒舌家の印象を抱かれてしまった。
「落ち着いてください。石岡先生。明日の朝は大丈夫です」
「いえ、もう結構です。お帰りください」
 私は自分の睡眠は自分で何とかするつもりだった。


「バンジー万次の『朝からシャンデリア』。さて、物議をかもしているあのコーナーの始まりだ」
 水曜日の午前5時過ぎ、また私のラジオ出演の時間がやってきた。
「何たって、昨日の言葉の暴れっぷりは、暴言の大型台風上陸って感じだったしね。さて、ではお待ちかねの『私が一刀両断』。ゲストが時事問題にズバリと斬りこむわけだけど、今週のゲストは、違うところを切りまくっている。さあご紹介しましょう。人気ミステリー作家の石岡和己先生です。石岡先生、おはようございまーす」
「おはようございます」
 私はできる限り、さわやかに答える。今までの失点をすべて取り返していかなければならない。
「今朝の機嫌はいかがですか」
「最高です」
「その言葉を信じたいねえ。では、最初のニュースだけど……」
 万次の進行にしたがって、私はいろいろな問題に答えていく気が満々だった。もうどんな話題を振られても明るく、希望を抱けるコメントをしようと思っていた。私がそこまで前向きにひとつのことを考えるのは珍しい。
「ちょっと待ってください」
 スタジオから第三者の声がする。
「石岡先生、はじめまして。拙僧は伊香川寺(いかがわじ)の住職で、敗軒(はいけん)と申します」
「あ、こちらこそはじめまして」
 私は展開がわからずに、とにかく挨拶だけは済ませる。
「実は拙僧は、除霊の類にも天性のものがありましてな。石岡先生の声からただならぬ妖気を感じて、お声をかけたのでござる」
「は、はあ……」
 野太い声で迫力満点にそう言われたら、私は阿呆のような答えしかできない。
「そうしますと敗軒先生。石岡先生が何らかの霊にとりつかれている可能性があるというわけですか?」
 司会者らしく万次が話を進行する。
「可能性がある、などと生易しい問題ではござらぬ。ハッキリととりつかれていると断言いたそう」
「そ、そんな……」
 縁起でもないことを断言されるのは御免蒙る。
「勘弁してくださいよ」
「まあまあ、石岡先生。これは重大な問題なんですから、お気を確かに」
「見えますぞ。石岡先生にとりついている邪霊は、ヘビでござる」
「えっ、ええー!」
 私は電話にも関わらず大声を上げてしまった。
「へ、へび……」
「いかにも、石岡先生の身体にまとわりついておるのが、ハッキリと霊視できる」
「や、やめてください」
 私は急に自分の身体がもぞもぞとかゆくなってきた気がする。
「なぜ、そのような邪霊にとりつかれたのでしょう」
「欲望ですな」
「ほう…」
「人の欲には限りがない。しかし、それを抑える術をもたなければ、やがては心のツボから溢れ出て、邪霊を呼び込む餌となるのです」
「それは、くわばらくわばら」
「ところで、石岡先生? あれ、聞いてますか?」
 私は不眠と恐怖から失神してしまったようだ。


「ドッキリだなんて、ひどいじゃないですか」
 私は松浦に文句を言っていた。彼は太平洋ラジオのアシスタントディレクターで「朝からシャンデリア」を担当している。
「すみません。気を失われるなんて思わなかったものですから」
 松浦は平身低頭である。あとから判明したのだが、ラジオで私に「邪霊がついている」と敗軒住職が脅したのは、番組の「仕掛け」だった。
「あの、ここ2日間での石岡先生のコメントが、あまりにも毒舌が過ぎたものですから、少しへこむ場面があったほうが、番組的にバランスがとれるかなあと……」
「最悪ですよ。ぼくはああいうのはダメなんですから…」
 怖がりの私には最悪のドッキリである。
「とにかく今までぼくはちゃんとコメントしたことがないんですよね」
 あらためて自分の不誠実な仕事ぶりに赤面する。5日間のゲストを勤めるはずが、この3回はまったくコメンテーターとして成立していない。
「ただ反響はすごいんです」
 松浦が目を輝かせる。
「聴取率はグングン伸びています」
「そ、それは……ぼくの…」
「ええ、一般論に終始しない石岡先生のコメントは、リスナーに新鮮な印象を与えているんでしょうね」
「それは、ぼくの本意ではないですけど……」
 さまざまな誤解やアクシデントが起きただけだ。
「もちろん、クレームや批判の声もありますが、でも、番組としては手応えを感じているんです」
「はあ、なんか出にくくなりましたね」
「石岡先生、明日の朝は大物ゲストと対談していただきます」
「えっ…?」
「与党の大物、雁沢幹事長に出演をいただく予定なんです」
 私の心臓は凍りつきそうである。
つづく つづく
…
TOPへ ページトップへ

Copyright 2000-2004 Hara Shobo All Rights Reserved