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頑張れ!石岡君
石岡君、早朝番組のコメンテーターに
なる 2 「石岡君、早朝番組のコメンテーターに なる」3 優木麥 石岡君、早朝番組のコメンテーターに
なる 2

   
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 「ちょっとでも問題があったらすぐに起こしてくださいよ」
 私は何度も念を押した。確かに眠い。睡眠不足は大敵だと心の底から思う。
「わかってます。安心してぐっすりと眠りなさい」
 横河は胸を叩いて請合った。スリープカウンセラーの彼とすれば、睡眠こそが至上の位置にくるのは仕方がない。とはいえ、私はラジオ番組のコメンテーターを引き受けながら、あらかじめ録音したメッセージを使うことに後ろめたさを感じていた。しかし、命に関わると脅された以上、自分を納得させるしかない。
「このICレコーダーには、6種類のメッセージを録音でき、すぐに対応させられます。テープよりも頭出しが簡単なんですよ」
「そうですか」
 罪の意識から私は、あまり説明を聞きたくない。ところが横河は、丁寧に先ほど録音したメッセージを順に聞かせてくれた。
「まずは心和む話題のときは、Aを使います」
A『私は経験があります。やってみると意外に楽しい気分でした』
「お祝い事なら、このBで」
B『すなおにおめでとうのひと言ですね』
「事態がハッキリしない話題の場合はCで対応します」
C『今後も成り行きを見守っていくつもりです』
「失敗、悲しい事件に関してはD」
D『残念です。二度とこんな悲劇が生まれないように願っています』
「国家レベルの問題であればE」
E『政府の政策に問題があります。善処を期待します』
「もしAからEまでのコメントで対応できない問題なら、Fでいきます」
F『わかりません。その件に関しては興味の対象外です』
 コメントは終了した。すべてが私の声で録音されているが、何だか木で鼻をくくったような言い方に聞こえる。
「いいんですよ。コメントはこれぐらい当り障りがなくて十分。むしろ変に知識を披露したり、長話するよりも好感を持たれますよ」
「そうですかねえ」
 半信半疑だったが、もはや横河に託すしかない。私は寝室に入っていった。


 以下は、翌朝7時に起きた私が聞いた録音テープの内容である。
「バンジー万次の『朝からシャンデリア』。さあ、今日もお待ちかねのコーナーの始まりだ。ゲストが時事問題にズバリと斬りこむ『私が一刀両断』。今週のゲストは昨日、毒舌と辛口の限りを尽くした暴走ハリケーン、人気ミステリー作家の石岡和己先生です。石岡先生、おはようございまーす」
 万次は間を置くが、返事がない。当然、受話器の向こう側で待機する横河が挨拶するわけにはいかなかった。私は「おはようございます」や「よろしくお願いします」などの挨拶コメントを入れておくべきだったと後悔した。しかし、その程度のミスは問題にならないくらいのド級のやりとりが続いてしまう。
「あれー、石岡先生。ご機嫌ナナメですか。先生のファンだというアイドルの笹岡ニシキちゃんは、ちょっとスタジオ入りが遅れてるみたいで、すみません。とりあえず、番組を進行させていただきます。えー、まずは……あっ…」
 ガサゴソと紙を繰る音。
「いま緊急のニュースが入ってきました。本日午前4時40分頃、渋谷の路上で友人である鈴木英治さんをナイフのようなもので刺し、無職24歳の藤川成行容疑者が逃走中とのニュースが入ってきました。現在、捜査員が大規模に捜索を続けているとのことです。石岡先生、なんか心配だね」
「今後も成り行きを見守っていくつもりです」
 私のコメントはCだった。確かに事態がハッキリしない事件ではあるが、犯人の名前がマズかった。
「えっ、容疑者の成行と、成り行きを掛けたの? 先生、ちょっと笑えないなあ。いまそんなジョークを言う場合じゃないって」
 DJの万次がたしなめるのも無理はない。私は赤面していた。
「さあ、気を取り直して、明るい話題をいこう。まずはトキの赤ちゃんが生まれたニュース。やったねー、おめでとう。日本が注目する天然記念物の次世代がまた生まれたらしいよー、石岡先生」
「残念です」
 私がのけぞってしまう。Cの次はDを流してしまったようだ。
「えっ、そりゃないよ。残念なんてコメントはさ」
「二度とこんな悲劇が生まれないように願っています」
「こんな悲劇って? 生まれないように、なんてそれは言い過ぎじゃないかい。オレだって今の世の中が明るい希望に溢れてるとは言わないけどさ。それでも、光を求めて生きようよ、というのが公共の電波にメッセージを載せる人間の使命じゃないかなあ」
 万次の言葉に賛同である。しかし、これは2時間近く前に録音されたやりとり。私は自分が寝てしまったことを一生の不覚と感じている。
「次は暗い事件だよ。石岡先生、オレオレ詐欺って知ってるよね」
「私は経験があります」
 そのメッセージが流れた瞬間、受話器の向こうのスタジオの中が凍りついたのが、こちらにも伝わってきた。
「あの、石岡先生。もちろん被害者になった経験……だよね?」
「やってみると意外に楽しい気分でした」
 さらに二呼吸ほどの間が空いた後、慌てた万次が取り繕う。
「まさか、石岡先生……いやいや、ありえないよ。そんなブラックジョークはやめて。朝から心臓にキツいから……」
 私の心臓もキリキリと痛くなってきた。生放送中なのに万次の言葉に被ってスタジオはザワザワと騒がしい。
「あ、ここで地獄に仏だ。いや、天使かな。石岡先生、お待ちかねのアイドル、笹岡ニシキちゃんが到着したよー」
「石岡先生、送れてすみませーん。笹岡ニシキと申します」
 重苦しい雰囲気を吹き飛ばすような陽気な女性の声だった。もちろん、私が新人アイドルとして注目している一人である。笹岡ニシキと会話ができるのなら、無理してでも起きていればよかったと悔しい気分だ。
「石岡せんせー、聞いてますか。私、先生の作品の大ファンなんですよ」
「わかりません」
 最悪の選択はまだ終わりを告げそうにない。せっかく必死にテンションを上げてくれているニシキやスタッフに冷や水をかけるようなコメントだった。しかも、それを言っているのは……ああ、私は永遠に眠りたい。
「ゴメンなさい。初対面なのに馴れ馴れしくしてしまって。でも、私は石岡先生の大ファンで……」
「その件に関しては興味の対象外です」
「ひ、ひどーい……」
 おどけた様子ではなく、心から悲しみが伝わってくるニシキの言葉だった。さもありなんである。
「石岡先生、ちょっと待ってください。確かにニシキちゃんは遅刻をしてきましたけど、だからといって、そんな言い方は可哀想ですよ。いま彼女は涙ぐんでますよ」
「すなおにおめでとうのひと言ですね」
 私は横河に対して殺意さえ覚えかねなかった。間違えるにしても限度がある。これはもう言葉の破壊兵器といえよう。
「泣いてる少女におめでとう、ですか。石岡先生って、普段はずいぶんネコを被ってらっしゃるんですね。一体、何が問題なんです。ハッキリおっしゃってください」
「政府の政策に問題があります」
 ついに私は椅子からズリ落ちてしまった。
「善処を期待します」
 私は明日からの3日間、コメンテーターができるだろうか。いや、許してもらえるとは思えない。もし、私が万次やラジオのスタッフだったら、許すはずがないだろう。また眠れない夜が続きそうである。
つづく つづく
…
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