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頑張れ!石岡君
石岡君、早朝番組のコメンテーターに
なる 1 「石岡君、早朝番組のコメンテーターに なる」1 優木麥 石岡君、早朝番組のコメンテーターに
なる 1

   
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 徹夜なんてするもんじゃない。最近は 体力的にも精神的にも負担が大きい。昔 は、夜を徹して仕事をすることに、何の 苦痛も感じなかった。むしろ、昼間より もペースがはかどったぐらいだ。だが、 年齢を重ねる事に、徹夜した翌朝がひど い有様になった。仮眠を取らなければと ても活動できない。なるべく徹夜しなく て済むようなスケジュールで仕事を組ん でいるが、それでも年に数回は夜通し仕 事をするはめになる。昨夜もそのひとつ だった。急ぎのエッセイを無理に頼まれ て、テーマに沿った内容がまったく浮か ばず、締め切りの寸前にようやく書き上 げた。一睡もしていない。
 現在の時刻は、午前4時20分。本来な ら、すぐに横になりたいところだが、今 日はそんな贅沢は許されない。実は、早 朝のラジオ番組に電話でコメントする仕 事が残っている。いわゆる生出演という やつだ。それも、今日から金曜日までの 5日間、毎朝である。私としては決して 本意ではない。午前5時なんて時間は、 私にとっては熟睡以外の行為をしたくな い時間帯だ。しかし、引き受けてしまっ た。魔が差したとしか言いようがない。 一度了承した以上、やりとげなければな らないのだ。私の出演は、5時10分ぐら いかららしい。仮眠を取る時間もないよ うだ。眠気覚ましに普段は飲まないコー ヒーでもいれようかと考えていると、電 話が鳴った。
「おはようございます。石岡先生ですか 」
「あ、はい……」
「私、太平洋ラジオのアシスタントディ レクターで松浦と申します。これからよ ろしくお願いします」
「こちらこそ……」
 私は胸の中では密かに出演中止になっ たことを願っていた。
「昨日の事件やトピックスから、いくつ かコメントをしていただきます」
「あ、はい……ぼくにできますでしょう か」
 自分でも今さらながらの質問をする。 コメンテーターというのは、時事的な問 題に対して、私見を披露しなければなら ないらしい。TVでもよくウンチクを語 ったり、厳しい表情で課題を指摘したり する姿が映っている。だが、私には最も 向いていない役割のひとつだ。ああいっ た言動は、普段から世間の事柄に強い関 心を抱いている人でなければ勤まらない 。私は基本的に、時事的な問題に対して 興味を示すとすれば、アイドル歌手の結 婚ぐらいである。
「大丈夫です」
 私の不安をぶちまけると、松浦は励ま すように言った。
「本日のテーマは、石岡先生のためにあ るようなネタばかりですから」
「えっ、そうなんですか」
 私はメモ帳とペンを手に取る。
「今日のトピックスはですね………」
 松浦が挙げたテーマは、確かに私には 比較的話しやすいネタばかりだった。た とえば、アイドルの同棲発覚や、人気女 性グループのライブ中の事故、さらには 、ミステリー映画のキャンペーンでハリ ウッド女優の来日といったラインナップ だ。
「政治的、社会的な事件は昨日はなかっ たんですか」
「そうです。芸能色が強いですね」
 私は胸を撫で下ろした。年金問題や、 教育問題、外交についてなどコメントを 求められても何と答えていいかわからな い。
「では、5時10分ぐらいに、またお電話 しますので、本番よろしくお願いします 」
 松浦が電話を切ると、面接試験を受け る就職活動中の学生のように必死で想定 問答を繰り返した。それにしても、事前 に問題を教わって助かった。いかに芸能 ネタとはいえ、本番の緊張感の中、いき なり質問を振られてまともに答える自信 などかけらもない。松浦は、そんなに気 負わなくていいと言っていた。
「石岡先生が、すべての問題の権威者で ある必要はないんです。あくまでも、リ スナーの代表として、世間が思っている ことを代弁するようなイメージで考えて ください」
「面白いことを言わなくてもいいんです か」
「ウケを狙ったり、大上段に構えたりし たら、かえって反感を買います。むしろ 、素朴な感想で構いません。疑問に思う ことを口にしてくださっても結構です」
「ずいぶん気が楽になりました」
 私は紙に答えを書いて、本番の時間を 待った。


「グッモーニング、エブリバディ! 月 曜の朝、みんなはどんな状況かな。出勤 前に一息ついて、コーヒーブレイク。情 報番組『朝からシャンデリア』が始まる よ。私は、御存知司会進行を努めるバン ジー万次です。今日から一週間、張り切 ってしゅっぱつ進行―。ブルーになって る時間なんてないよ」
 ラジオからは、とても早朝とは思えな い万次のハイテンションな声が響いてく る。私の出番が刻々と迫っている。しか し、なぜか緊張すればするほど、眠気も また強く襲ってくる気がした。現実逃避 の表れかもしれない。
「さて、CMに行こうか」
 万次がそう言うと、私の電話が鳴った 。いよいよである。
「もしもし石岡先生ですか。CM明けか ら行きますので、よろしくお願いします 」
「は、はい……」
 段々と生きた心地がしなくなる。やは り、生出演なんてするべきではなかった 。どんなに後悔してももう遅い。
「バンジー万次の『朝からシャンデリア 』。お待ちかねのコーナーの始まりだ。 毎週、気骨あふれるゲストによって時事 問題にズバリと斬りこむ『私が一刀両断 』。今週のゲストは、人気ミステリー作 家の石岡和己先生です。石岡先生、おは ようございまーす」
 ラジオのスピーカーと、受話器の向こ うから同時に万次の声がした。
「あ、どうも……イシオカです」
「朝早くからすみません。今週1週間、 よろしくお願いしますね」
「ええ……」
 私の額から汗が吹き出ている。受話器 を握る手も濡れてきた。答えを書いた紙 を必死で見つめる。早く質問して欲しい 。
「ところで、石岡先生はいつも朝は何時 に起きてるの?」
 やっと質問が飛んできた。もはや質問 内容を吟味する余裕など、こちらにはな い。私は必死で答えを読み上げる。松浦 に事前に教わっていた第一問は「人気ア イドルグループのメンバーがライブ中に 事故をした件」に関するものだ。
「起きてはいけないですね」
「はっ…?」
 万次から、いかにもキョトンという返 事が戻ってくる。だが、そんなリアクシ ョンに一喜一憂するヒマはない。私はプ ロではないのだ。いちいち面白おかしい 対応を求められても無理というモノであ る。
「二度と起こさないように関係者には注 意を促したいです」
「起こさない…? 石岡先生、それはウ チのスタッフに皮肉を込めてるわけ?  早起きさせられて、だいぶオカンムリな んだなあ」
 どうも万次の答えがちぐはぐな気がす るが、アドリブで何かを言えるほど器用 ではない。
「ぼく自身も応援しているので、悲劇は 避けたいです」
「番組自体は応援してくれる? いきな りフォローが入りましたね」
 受話器の向こう側の反応は戸惑うばか りだ。
「まあ、いいや。では、世相をバチッと 斬ってちょうだい。まずは、昨日、人気 アイドルグループのシックスブリッヂの メンバー2人が、舞台から落ちてケガを する事件があったんだけど、石岡先生は どう思う?」
 ついに2問目だ。たしか、アイドル歌 手の同棲発覚の事件のはずだ。私は早速 用意した答えに目を移す。
「微笑ましいですね」
「え、ええ……?」
「若いお二人にとっては、かけがえのな い時間といえるのではないでしょうか」
「いやあ、まあ……なんか厳しいご意見 だなあ」
「基本的にお二人の個人的な問題ですか ら、第三者が口を挟むのはこれぐらいで 差し控えたいと思います」
「衆人環視の中で起きた事故だから、個 人的な問題と談ずるのはどうかと思いま すがね。まあ、それはそれで卓見かもし れませんけど……。とりあえず、1回C Mを入れようか」
 なぜか万次は慌てているようだ。私と のやりとりが弾まないせいかもしれない が、精一杯やっているので、勘弁しても らいたい。
「石岡先生は、うわさに聞いていたより も辛口コメントなんですね」
 CMの最中、万次が話しかけてくる。 意外な感想である。いや、私にとっては 心外と言っていいかもしれない。
「ぼくとしては、できるだけ当り障りの ないことを言っているつもりなんですけ ど……」
「いや、それが結構クレームの電話がか かってきているようなんです。もちろん 、石岡先生のご見識ですから構いません けどね」
 何か歯車が狂い始めた気がした。
つづく つづく
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