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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、ミステリーシネマに出演」4 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

   
…

「新しい原稿では、ずいぶんジュリエットの印象が薄くなっているわね」
 里美は当事者ではないので暢気なことを言っていられるが、セリフが十倍以上になった私は他の登場人物のセリフなど気にしていられない。
「まあご覧あれ、一大魔術をお目にかけよう!」
 懸命にセリフを頭に暗記させていく。さゆりが登場するという&S々百合なるキャラクターとの絡みが多い。セリフを忘れるなどという失態をしたら、素人だからという言い訳が通用しそうにない。それにしてもポールも急いで準備した脚本らしく、あちこち=ヲ百々百合とか<Pサ百々百合など略語で書き込みがしてある。
「原作者の強権発動って問答無用ね。これじゃあ完全に石岡先生が名探偵役になっちゃってるわ」
 里美の声など何のその、このときばかりはセリフ覚えに全身全霊を傾けていたのだった。
 休憩時間に入ってから五時間後。ようやくスタッフが私を呼びにきた。といっても、あまりにセリフが多かったため、それぐらいの時間があって助かったことも事実だ。スタジオに入る前、私は監督やポールの言葉を思い出した。
「スタジオではつねに自分の役のキャラクターでいることが大事」
 今日は、朝からスタッフに迷惑をかけ通しだった。もう夜も更けてきた。急な変更にスタッフはみんなクタクタになりながら準備に追われたのだろう。今度はバッチリとセリフを決めて、せめて私のパートは完璧にこなそうと決意した。
「ああ、石岡さん。いいところへ。実は大変なことが起きたんです」
 スタジオ入りした途端に、助監督が青い顔をして私に駆け寄ってきた。私にはピーンとくるものがあった。彼のセリフは脚本に書いてあった最初の相手のセリフとほぼ同じである。スタジオ入りしたときから役に入れという心積もりを早くも試されているのだろうか。
「百々先生の姿が見えなくなりまして…」
 やはり脚本と同じだ。もちろん、固有名詞は多少違うが、現場では微修正のくり返しだろうから、それは大した問題ではない。そういえば、前回の最後にさゆりは「スタッフみんなが出演すればいい」という意味のことを言っていた。それはこういう算段だったのか。難しい顔をしていた私を助監督は怪訝そうに見つめている。こうなったら覚えてきたセリフの通りに役を演じるしかない。いずれにせよ、私が話す番だ。
「落ち着きなさい。私が来たからにはもう大丈夫です」
「本当ですか?」
 助監督の顔に安堵の表情が浮かぶ。私は唖然とした。もうすでにシナリオが違っている。たしか相手は私のセリフの後に「警察を呼ぼうと思っています」と言うはずだ。だが、私は覚えてきたセリフの通りにしか話せない。
「およしなさい。警察なんか頼りになりません。頼りになるのは、魔術師と呼ばれたこの私ですよ」
 恥ずかしくなる言い回しだ。こんなシチュエーションでもなければ、私は一生口にすることがないだろう。
「あの…石岡さん、大丈夫ですか?」
 助監督の私を見る目に次第に困惑の色が強くなってきている。さすがにプロはリアルな演技をするものだと感心してしまう。まるで、私の方が本当に奇怪な言動を取っているように感じてしまいそうだ。
「まあ、ご覧あれ。一大魔術をお目にかけよう」
 私はセットの中央に歩んでいく。焼肉店のセットから、ラストシーンのための大聖堂の一角をイメージしたそれに変わっている。私のただならぬ様子に、まだ準備をしていたスタッフたちも道を開ける。
「ジュリエット」
 私の呼びかけに誰も答えない。妙な間が生じた。私はドギマギしていた。セリフを間違えただろうか。いや、「一大魔術をお目にかけよう」の後は「ジュリエット」を呼ぶので間違いがない。
「ジュリエット」
 今度は威厳を込めて呼んでみた。またしても反応はゼロだ。
「あのぅ…ルウさんでしたら、まだメイクが終わってません」
 助監督の言葉に私は内心動揺する。ルウがスタンバイもできていないのに、なんで私にだけ演技をスタートさせたのか。まさか、これはまだリハーサルなのだろうか。また憂鬱な気分がよみがえってきた。そうだとしたら、本番をもう一回やらなければならないからだ。
「石岡さん、それで…百々先生はどちらなのでしょうか?」
 またしても助監督がシナリオと違うセリフをぶつけてきた。こうなったら一通りやってしまった方がいいだろう。
「真理とは何か?」
 本来なら私のこの問いかけにジュリエットが答えるはずなのだが、ルウがいない以上、答える相手はいない。スタッフたちはひそひそと私を見て内緒話をしている。私が素人だからかもしれないが、やりにくいことこのうえない。
「自然界の真理は理解しやすい。たとえばこの炎…」
 私は手にしたライターに着火した。シナリオに沿うなら、この後、ジュリエットにライターを手渡して、浴槽の水の中に入れてもらうのだが…。ルウがいない以上、自分でやるしかない。
「水に入れれば必ず打ち消される」
 私は一方の壁に向けて設置されていた浴槽に近づいた。覆い被さっている布を取り除くと、浴槽内には液体が充満している。
「万物の理(ことわり)を見よ!」
 私は点火したままのライターを浴槽の液体の中に放り込んだ。シナリオによれば、水中に火が没し、代わりに&S々百合ことさゆりが出てくるはず…なのだが、種火は消えるどころか浴槽内で瞬時に大輪の火炎の花を咲かせた。周囲には悲鳴と怒号が飛び交う。
「火事よ」
「消火器を持ってこい」などと喧騒が逆巻く中、一番驚いていたのは、私自身だった。
 また手違いがあったのだろうか。肝が冷えたとはまさにあのときだ。幸い、燃え移るものが周りにない浴槽内の火災だったからすぐに鎮火したものの、一歩間違えればスタジオを巻き込む大惨事である。
 ホッと胸をなでおろしてスタッフを見ると、今度は明らかに異形の者を見る目に囲まれていた。これも演出の範疇だとすれば、あまりにも生々しい。すぐにも頭を下げて立ち去りたくなるほどだ。しかし、こんな長台詞をまた一からやり直させられるのはたまったものではない。ここはやり通そう。それが唯一の誠意だと信じるしかない。
「心の目を開け。凡庸なる者たちよ。真実はすぐそこにある」
 私は浴槽と反対側に安置されている棺に近づいた。シナリオによれば…もはやこう書くことも空しくなってくるのだが、浴槽の中に一瞬姿を見せた&S々百合が水中に沈むと同時に棺の中に移動している、という魔術を見せることになっている。私は脚注に指示されていたように、ギャラリーたちの方向を向いて一礼した。
「信じられないものをお見せしよう」
 お願いだ。一つくらい、シナリオに忠実に行なおうではないか。出演者である私ばかりビックリしても意味がないはずだ。せっかく覚えたセリフと動きが無駄になるのは耐えられない。私は芸術の神に祈りながら、棺の蓋を重々しく開けた。
 中に横たわっている&S々百合に対して、私が指をパチンと鳴らせば彼女は目覚め…なければならないのだが、そもそも棺の中に彼女がいなければ論外である。中にはさゆりの代わりにギッシリと白い粒が詰まっていた。よく見てみると、米である。ものすごい量の米が棺の中に詰め込まれているのだ。これは一体、何のストーリーなのだろう。ここまでシナリオを変更するのなら、最初から書くなと言いたい。
「石岡さん、あなたには今日、慣れないことをお願いしてストレスをかけすぎました。反省しております」
 棺に向かってうなだれている私の背後から助監督の声がした。
「だから、もうバカなことはやめてください。私たちはあなたに何も強要しませんから」
 妙な調子の猫なで声を不審に思った私が振り返ると、助監督とほか三人の屈強なガードマンが私の近くに忍び寄っていた。みな変質者を取り押さえようとでもするかのようにいきり立っている。一方、現実をとらえきれない私の自我は、もう崩壊する一歩手前まできていた。かろうじて理性を持って踏みとどまるには、丸暗記したセリフを口に出し、お芝居を続けるしかなかった。
「見るがいい。これが私の最後の秘蹟だ!」
 本来ならこれは最大の見せ場だったはずだ。見得を切る私に後ろから&S々百合が抱きつく予定だった。ところが、その肝心の彼女がいない。それどころか私が右手を突き出すのを合図に、一斉に四人の男が飛びかかろうとした。その瞬間、白い影がサッと私の手に矢のように飛んできた。機先を制せられた四人の男の動きが止まる。私の腕に止まって米粒をついばんでいるのは、一羽の白いハトだった。
 私を含めた一同が目の前の事態を飲み込む前に、次なる展開の方が先に起きた。
「キャーッ、助けて。早く誰か。助けに来てーッ!」
 声の方向を見上げると、さゆりがシャンデリアにぶら下がって、足をばたばたさせている。私に飛びかかろうとしていたガードマンたちがすばやく階段を上っていく。
「もう私たちには何がなにやら、わかりません。これは石岡さんにはすべておわかりだったのでしょうか?」
 助監督の言葉に、私は劇中の最後の言葉を発するだけだった。
「私の魔術の一環です。ただし、二度見せろとはおっしゃるな。ハッハハハ」
 後日談を簡単に記しておく。「名探偵ダイエット・ジュリエットの事件簿3 失恋はコチジャンの味事件」のラストシーン撮影が混迷を極めたのは、いくつかの誤解と、手違いが複雑にからみあった結果である。
 まず百々さゆりは当日の急な出演と、魔術的演出に伴い、上下可動できるシャンデリアに載って登場することを目論んだ。まだみんなが準備にいそしんでいる中、一人でシャンデリアに載りに行ったのは、自分のドラマに初出演する浮かれた気分によるものだろう。見事に彼女はシャンデリアに載ることはできたのだが、そこで彼女は禍禍しい生き物と遭遇する。もうおわかりだろう。ハトである。世の中にはネコや熱帯魚のような愛くるしい動物を鳥肌が立つほど嫌いだというタイプの人がいる。さゆりの場合は、ハトだったのだ。高所における緊張感と、突然の天敵との出会いにより、彼女は一種の気死状態ともいうべき硬直に陥った。声も出せず、指一本動かせないまま時間が過ぎる。
 さて、そこで視点を私の側に移してみよう。読者の皆さんはおわかりかもしれないが、私にポールが持ってきた脚本は全然別の作品のものだった。「魔術師ロミオの冒険」は百々さゆり作の別作品の脚本なのだ。どういう手違いで私たちにその脚本が渡ったのかは不明だが、&S々百合なるキャラクターがこちらにも登場していたため、問題をより複雑化してしまった。そのため、私が必死に覚えたセリフを言うキャラクターは、魔術師ロミオなのである。丸印がしてあったことと、まさか別の脚本を渡されたとは疑わなかったため、後の誤解が持ちあがった。 さらにADのポールが外国人ゆえに漢字の知識に弱かったことも混乱の一因である。基本的に彼は&S々と書いて≠ヌどと読むことを知らなかった。そのためシナリオ上は浴槽の中にいたはずの<Pサ百々百合はキャラクター名を指すとは思わず、&Sが三つに合う、つまり℃O百合(約五十四リットル)と判断した。では、何が三百合なのか。単語の頭についている<Pサがクローズアップされる。本来書き込んだときには、純粋に″。朝書き込んだの意のケサだったのだが、三百合という単位とともに考えなければならなかったポールは、別の読み方をしてしまう。いわゆる業界用語の単語の前後入れ替えである。∴みがミーノになり、メシがシーメになるルールを適用すれば、ケサはまさしくサケになる。そのため、めでたく浴槽は五十四リットルの酒で満たされることになったのだ。そんなアルコール度数の高い液体の中へ、点火したライターを放り込んだら、ビッグファイアになるのもやむなしである。  さて、そうなればもうひとつの=ヲ百々百合もおわかりだろう。すなわち、コメ三百合と解釈したのである。※印は文字通りの強調する意味の記号だったのだが、三百合という単位から推理すればコメと判断する方がはるかに結びつきやすい。  これらの要素が組み合わさって、あのラストシーンのてんやわんやになってしまったのだが…。
「でもさ、あのときの石岡先生、メチャメチャかっこよかったなあ」
「お芝居だとばっかり思っていたから」
「そうだよね。あれだけみんなをシビれさせたのに、先生ったらいきなり≠れ、なんでカメラが回ってないんですかだもんね。ガックンて感じ」
「後で真相を聞いて、顔面蒼白になったもんなあ」
「次の出演依頼は近いわね、絶対」
「それより早くご飯を食べに行きたい」
「そうね。私、美味しいチャンジャを出す店知ってるんだけど」
「勘弁してくれよ。宇宙一美味しいチャンジャでも今日は食べたくない」
 大笑いする里美につられて、私も今日初めて声を出して笑った。

つづく おしまい
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