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頑張れ!石岡君
石岡くん披露宴騒動記 1 「石岡君、ミステリーシネマに出演」3 優木麥 石岡くん披露宴騒動記 1

     
…

「なんて素晴らしい役者なの」
 さゆりの驚嘆の声がスタジオ中にこだまする。
「あれだけ胸を打つ演技をして、まだ納得していないなんて。未熟ですって? とんでもない。あなたはダイヤモンドの原石のような人よ。そのお年まで大きな舞台で名が出てこなかったのが不思議なくらいだわ」
 私はしばし呆然とさゆりの声を聞いていた。どこか別の誰かに対する話題に変わったのかと思ったほどだ。
「石岡さん、ご自身では気がついてらっしゃらないかもしれないけど、さきほど見せた演技は十年に一度見られるかどうかの迫真の出来だったわよ」
「は…はい、ありがとうございます」
 誉められるのは嬉しいが、どうにもピンとこない。なにしろ私はただチャンジャを食べていただけなのだから…。
「あのチャンジャを食べる表情は生きていたわね。ああいう演技が出来る役者はめったにいないわ。飛んだりハネたり、芝居がかったセリフを話すなんてことは二流、三流の役者でもカッコがつくの。でも、モノを食べる演技をさせたらメッキが剥がれるわ。そこにはその役者のすべてが浮き彫りになりますからね」
 興奮してしゃべり続けるさゆりに対して、監督がおずおずと口を挟む。
「百々先生、実は石岡先生は生粋の役者ではなくてですね。本業は…」
「お黙りなさい」
 さおりは耳を貸そうとしない。
「彼の人生が舞台なの。生き方が役者なの。本業なんて世俗のかりそめはどうでもいいことです。惚れたわ、石岡さん」
 潤んだ目でさゆりから見つめられ、私は落ち着かない。
「よーし、私は決めたわよ。今回の作品は石岡さんをメインでいきましょう」
 一人はしゃぐさゆりだが、周囲が納得するはずもない。
「百々先生、それはいかがなものでしょうか」
「何ですの。文句があるのですか」
「いいえ、ただ今回の作品に関しては、もう次がラストシーンでクランクアップですから。その…シナリオの大幅な変更は問題がありまして…」
「ノープロブレム!」
 さゆりは力強く宣言する。
「原作者の私が構わないと言っているんですから、どこにも問題はないはずよ。私が決めましたの。石岡さんの出番を増やしますよぉー」
 監督は渋い顔を隠せない。
「まあまあ、百々先生。我々にもご説明ください」
 ついには背広姿のプロデューサーまで登場する。
「現実的に、あとは最後の場面でダイエット・ジュリエットが犯人と対決するシーンしか残っていません。それ以外に新たな撮影をする予算も日程もないのです」
「それでよくってよ」
「ハッ? とおっしゃいますと」
「その最後のシーンに石岡さんを出しましょう」
「ですけど…石岡さんは真犯人の役ではありませんが…」
「しつこいですね。原作者の私がチョイチョイと脚本を直してあげますわ。石岡さんが真犯人で何の問題もないでしょう」
 二人のやり取りはほとんど私の意向を忖度していなかった。
「ですが、もし石岡さんを犯人役にしてしまいますと、それ以前のシーンに出演していないのが不自然です。ラストシーンの直前に出てきた人物が犯人では、ミステリー作品としていかがなものでしょうか」
 作品の内容に関する部分では、さすがに監督は気骨ある態度を崩さない。思い通りに話が進まないさゆりは、苛立ってこめかみをピクピクさせだした。
「百々先生、私の意見を聞いてください」
 プロデューサーが事態の収拾を図る。
「石岡さんを真犯人の役にしてしまったら、この先の作品に出演をお願いすることができないではないのですか」
 この一言は功を奏したようだ。さゆりの表情がわずかに軟らかくなる。
「それもそうね。それなら、石岡さんはダイエット・ジュリエットの強力な助っ人という設定にしましょう」
「なるほど。それはいいお考えですね」
「そうでしょう。ついでに、私も出演するわ」
「エッ!」
 この驚きは特定の誰かのものではなく、その場にいた全員の心の声だった。
「百々先生ご自身がご出演なさる…わけですか?」
 プロデューサーが言葉を選びながら尋ねた。
「そうよ。よくあることでしょう。作者が出演して話題性を増す。スティーブン・キングも、ヒッチコックもやっていましたねえ」
「なるほど。それはいい…かもしれませんね。プレミアムですよ。ハハハ」
 プロデューサーの乾いた笑いには、誰も続かない。監督は苦りきった表情を隠そうともしない。
「さあ、そうと決まったら、バンバン勢いでやってしまいましょう。スタッフの皆さん全員出たって構いませんよ。あー、インスピレーションが湧いてきたわ。魔術を使いましょう。私の役はダイエット・ジュリエットを救う謎の女性、百々百合(どどゆり)よ」
「知らない間に話が急展開しちゃったね」
 控え室に戻り、二人きりになると里美が言った。私の精神的疲労度はほとんど極限状態といってよかった。
「せっかく終了したと思ったのに…」  いつのまにか事態は私の関与できないままに、アンドロメダ星雲のかなたまで進展している。 「それにしても、石岡先生のこと、百々先生がえらくお気に入りよね」
「知らないよ」
 私がそっけなくそう言うと、里美は意地悪な目になる。
「惚れたわ、石岡さん」
「その言葉は聞かなかったことにしてるから」
「あら、満更でもないって顔に見えたけどなあ」
「やめてくれよ。それよりも、セリフだよ。本当に憂鬱だ」
 実際、いまの私の心配事はそこに尽きる。なにしろたった一言のセリフでさえ、満足にこなせなかった私が、セリフを増やされたらどうなるのだろうか。撮影が終わるのは来世紀になりそうだ。
「努力あるのみよ、先生」
「嫌だ。もう帰りたい」
 本心だった。突然体調を崩したと言って、逃げてしまいたい。
「また、先生の悪い弱気の虫が…」
 コンコン。ノックの音に続いて、顔を出したのはADのポールだった。
「脚本ノ修正稿デス。ヨロシクお願いシマス」
 突然の脚本の変更により、すべての準備を整えなければならないポールは目が回るほど忙しいのだろう。
「石岡サン。スタジオでは、キャラクターになってネ」
「あっ、ポールさん、実は僕、お腹の調子が…」
 私が仮病を伝えるより先に、ポールはドアの向こうに消えてしまった。観念するしかないのだろうか。
「結構、早いわね。どんな感じに変わったのかなあ」
 里美はパラパラと脚本を手に取った。
「あれえ、なにこれ。『魔術師ロミオの冒険』だって。タイトル自体も変更しちゃったのかな。すごい力を持ってるのね、原作者って」 「それで、僕の出番はどれくらい?」
 私が知りたいのはそこだけだ。セリフは一言でいい。どうしても入れるのなら「ハイ」とか一言で済むのが理想だ。
「この丸印が付いているのが、石岡先生の役かなあ」
「多分、そうだろう」
「だとしたら…」
「セリフの数はいくつくらいだい?」
 里美は意味深な目で私を見た。
「ラストシーンで石岡先生のセリフが一番多いわ」
 私はその場に卒倒しそうになった。

つづく つづく
…
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