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頑張れ!石岡君
石岡君、ボディガードを頼まれる 8 「石岡君、ボディガードを頼まれる」8 優木麥 石岡君、ボディガードを頼まれる 8

   
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「また『花摘み人』さんからよ」
 私が控え室に戻ると、パンジーが白覆面を見せる。そこには『王者戦のリング上に参上! 花摘み人』と筆で大書されていた。間違いなく、今夜のメインエベントの試合を指すのだろう。
「シャワーから出てきたら、机の上に置いてあったの」
「警備を厳重にしてくれと頼んだんですけどね」
 私は複雑な表情で白覆面の予告状を眺めた。もはや、団体内部に協力者がいることは疑いようがない。この文面は、タイトルマッチの最中に『花摘み人』が何らかのアクションを起こすことをほのめかしている。本来なら、試合中のリングに乱入することなど考えにくいが、今までも数々の大胆な所業を成し遂げてきたストーカーなのだから軽視はできない。
「リングの中では私がカズミチャンを守るから、石岡先生はリングの外で、ちゃんと私を守ってね」
 パンジーが冗談めかして言った。かろうじてリングの中で“守られること”には自信があるが、あとは難しい気がする。
「この『花摘み人』の目的は何だろう」
 私は白覆面をしげしげと見つめた。毒入りコーラに、トップロープの金具外し。果ては、試合中に実力行使など、パンジーに危害を加えることに力を傾けている。
「私が気に入らないんでしょう。この人が手紙を送ってきたときに、その『愛』とやらに応じなかったわけだから……」
「手に入らない花なら、いっそのこと散らしてしまえ、ですか」
「だと思うよ。私が傷つけば気が晴れるんじゃない」
「でも、それにしても仕掛けが大掛かりですよね」
 私はパンジーの前の椅子に腰かける。
「だって、この『花摘み人』はパンジーさんの自宅マンションまで知っていて、その日の行動をチェックできるほどストーキングしてるんですよ。本気で傷つけたいなら、もっと上手いやり方があると思うんです」
「怖いこと言わないでよ」
「すみません。ただ気になるんです。あえて危険を犯して控え室に入り、毒入りコーラを置いたり、道場に忍び込んで赤コーナーのトップロープの金具を外したり。そして、今度は試合中に乱入予告なんて……。そこまで派手な仕掛けを続けて目立とうとするのは、何か意図があるのかなあって……」
「認められたいんでしょう。自分には力があるってことを」
 立ち上がったパンジーはストレッチで身体をほぐす。
「私達みたいなリングで力を行使しているレスラーには、自分自身が肉体的にコンプレックスを抱いている男性って、組み敷きたいって思いがあるみたい。レスラーパンジーに対して力を行使できるんだって示したいってわけ」
 パンジーの説明で私は納得したわけではなかった。だが、まずは目の前の懸案事項から片付けなければならない。なにしろ、今夜は記念すべき私の女子プロレスデビュー戦であり、タッグタイトル初挑戦なのだ。


「タイトルマッチ宣言。この試合はヘル&ヘブン女子プロレスが認定し……」
 スーツ姿の笹倉が認定書を読み上げる前から、私の膝はガクガクと震えていた。先週もリングに上がったが、あのときの立場はセコンドであって、今の私は挑戦者チームの一員なのだ。リング上の対角線の先には、ジャンクメイドA・Bが仁王立ちして、こちらを睨みつけていた。その視線には、スポーツで技量を競う闘志だけではなく、もっと感情的なエネルギーが溢れている。
「気持ちで呑まれちゃダメよ、カズミちゃん」
 パンジーが私の両肩に手を置く。この日のために、彼女とおそろいの銀色のスパンコールを散りばめたガウンを羽織っている。この年齢の男性で、こんな派手な衣装を着るのは、コメディアンか、ミスユニバースの司会者ぐらいのものだろう。
「なんか、リングに足が着いてないっていうか」
 入場テーマが鳴って花道を進み出したときから、私は水中を歩いている気分だった。踏みしめる先に確かな感覚はなく、口では酸素を満足に吸えていない。
「もっと堂々としなさい。ほら、こんなにたくさんのお客さんが応援してくれてるんだから」
 場内は試合前からものすごいボルテージが上がっている。ほとんどがパンジーと私を声援し、ジャンクメイドに罵声を浴びせていた。『負けるな、スウィート・ストーンズ!』や『王者への道はカズミ様がひらく!』などの仰々しい横断幕もできている。
「さあ、気合入れていくわよ」
「パ、パンジーさん、実は謝りたいことが……」
 極度の緊張のあまり、私は真実を告げそうになる。だが、リング上のパンジーは普段とは別人だった。
「戦う前から、負けること考えるなんてダメよ」
 バシィッ!!
 鋭い平手打ちが私の左頬に響いた。あまりの痛さに私は頬を押さえてうずくまる。なんと、タイトルマッチで最初に食らった攻撃は、味方からの一撃だった。
 カァァーン!! ゴングが鳴った。私の女子プロレスデビュー戦の開始である。
「石岡せんせー、がんばってー!!」
 里美の声が響いた。私は彼女の位置を確かめようとしたが、不可能だった。ジャンクメイドAの竹刀が、私の背中に振り下ろされる。
「うがぁぁぁ」
 口から涎まで出てしまうほどの痛みだった。でも、それは、まだほんの序曲に過ぎなかった。


 ラリアットを出した瞬間までは記憶にある。  いや、逆に食らわされたのだろうか。とにかく目を開けると、私の前に映画のワンシーンが映った。しばらくは何のシーンだったか思い出せない。ボンヤリしていた意識の焦点が合うにつれ、映像は明確な形になる。映画のタイトルまでは定かではない。だが十分だった。リングでKOされたボクサーやレスラーが、控え室で目を覚ましたことを表す天井の蛍光灯。ただ、それだけのシーンである。
 私の視界に入ったのも蛍光灯だった。リングの上で仰ぎ見た照明とは明るさが違う。そして、次に自分が寝かされているのはソファだと知覚した。「気がついたの?」  控え室にいるのは、パンジー1人だった。彼女はリングコスチュームのままタオルを羽織って、パイプ椅子に座っていた。右足だけリングシューズを脱ぎ、氷を入れた袋を当てて冷やしている。まだシャワーも浴びていないらしい。
「病院に送ってもらおうか?」
 そう尋ねた唇が切れている。右目と頬の間が赤く腫れ、一晩経てばもっとひどくなるだろう。今夜の激闘を物語っていた。彼女には及ばないが、私も“名誉の負傷”を手にした。上半身を起こすだけでも腰が痛むし、殴られた頭はまだジンジン響く。明日になれば、手足のあちこちに青タンが見られるだろう。
「大丈夫……たぶん…」
 私は気を張って、ソファに腰かける。
 今夜のジャンクメイドA・Bの猛攻は、私が見た試合の中で最大出力だった。その主たる原因はタイトルマッチという舞台であり、さらに私に責任の一端がある。なぜ今日の悪役の攻撃が一線を越える凄まじさだったのか。その理由を、今からパンジーに話さなければならない。
「負けちゃったね、試合……」
 先にパンジーが口を開いた。腫れた顔で笑おうとしたがかなわず、そのまま顔を両手で覆う。私が気を失っている間、ずっと泣いていたのだろう。
「ちくしょう。悔しい。ちきしょう」
「すみませんでした。ぼくのせいです」
 私は頭を下げた。パンジーが泣き声で否定する。
「石岡先生のせいじゃない。むしろ、すごかったわ。正直言って、あんなに頑張るなんて思わなかったし……」
「いえ、そういう意味ではなくて……本当にぼくのせいなんです」
「なにが…?」
「笹倉さんが乱入できなかったのは、ぼくが止めたから」
 パンジーの鳴き声が止まった。顔を覆っていた手が外され、ぎらとした目が私に向けられる。愛らしい天使のような表情が、ここまで変化するものかと私の背筋が寒くなる。
「えっ、何の話をしているの? 笹倉さんが乱入するアングルなんて聞いてないんだけど……」
パンジーの表情がいつものそれに戻った。猫の目のように変わるとはこのことだ。だが、私は漕ぎ出した船を停めるわけにはいかない。「全ての真実がわかったんです。パンジーさん」
 次回、いよいよ『花摘み人』の正体が判明する。
つづく つづく
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