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頑張れ!石岡君
石岡君、ボディガードを頼まれる 7 「石岡君、ボディガードを頼まれる」7 優木麥 石岡君、ボディガードを頼まれる 7

   
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「試合はあきらめましょう」
 病院からパンジーの自宅に戻るタクシーの中 で、私がそう口にしたのは、決して自己保身や 現実逃避のためではない。徹頭徹尾、パンジー の安全のためである。将来を慮って、私はタイ トルマッチの欠場を勧めていた。
「控え室の毒入りコーラに続いて、今度は道場 のリングのトップロープに細工。もう疑う余地 はありません。パンジーさんに危害を加えよう とする人間がいるんです。それも……」
 私が口にするのをためらうと、パンジーが後 を続けた。
「ヘル&ヘブン女子プロレスの団体内に協力者 がいる。そういうことね」
「わかってるんだったら、なおのことです」
 私は語気を強めた。ストーカー『花摘み人』 が部外者なら、防衛策はいくつもある。関係者 の通路、控え室などを徹底的に警備することで 排除できよう。だが、団体内に悪事を働く者が いるなら、とても防ぎきれない。
「私は逃げないわ、石岡先生」
 パンジーの言葉は断固たる決意が感じられる 。
「プロレスラーはね。身体が動くのに、欠場な んてしないものよ」
 緩んだトップロープから転落したパンジーだ が、幸い右足の骨に異状はなく、捻挫で済んで いる。明日や明後日の試合は大事をとって欠場 しても、日曜日のタイトルマッチまでには完治 する見込みだった。
「敵は、これだけの仕掛けができる人物です。 タイトルマッチ本番には、何をたくらんでいる か想像もつかない。パンジーさん、リングで戦 う敵に対しては、どんなに意地を張ってもいい ですが、こんなルール無用の犯罪者に立ち向か うのは得策ではありません」
 私は理をもって諭そうとしたが、パンジーの 決意は揺るがなかった。
「何といわれても私はリングに上がる。タイト ルマッチを戦ってみせる。だって、私は“逆風 に咲く花、逆境で輝く星”だから」
「えっ、何ですか」
 聞き返した私に、パンジーは微笑を見せる。
「自分で言うのもおかしいわね。でも、これは 私にとっての理想の女子プロレスラー像なの。 子供のときからずっと同じ」
 パンジーは車窓を見ながら、遠い追憶に浸っ ているようだ。
「中学生のとき、私はクラス中の女の子からイ ジメられたの。きっかけは何だったのか思い出 せないぐらい、ささいな理由よ。教室ではいつ もひとりぼっち。もう死にたいぐらいツラかっ た。そんなとき、女子プロレスを初めてナマで 観戦したの。親戚のオジサンがリングサイドの チケットをくれて。私の目の前で殴られ、蹴ら れ、締め上げられるレスラーの戦いを見てたら 、私は涙が出るぐらい感動した」
 当時の心境を思い出したのだろう。パンジー の声が湿っている。
「逆風に耐えてこそ、花を咲かせる。逆境だか ら輝いてみせる。それがプロレスなんだって思 ったの。だから、次の日から学校でイジメられ ればイジメられるほど、妙な言い方だけど、私 は燃えたわ。負けてたまるもんか。今はやられ てるけど、いつか逆転してカウントスリー奪っ てやる、みたいなね。バリバリに身体も鍛えた わ。女子プロレスに入るっていう目標ができた から。そして、中学卒業と同時に女子プロレス の門を叩いたの」
 真っ赤な目をしたパンジーがこちらを振り向 く。
「だからね、石岡先生。これぐらいの逆境で、 引き下がるわけにはいかないのよ。足を痛めた ? パートナーがいない? ストーカーが狙っ てる? 私の辞書には、それがどうした、コノ ヤローって書いてあるわ」
 私はうかつなことを言えなかった。そこまで パンジーが覚悟を決めている以上、なまなかな 常識論など、何の意味があるだろう。
「ぼくもおつきあいします」
 タクシーを降り るパンジーに、私はそう意思を表明した。
「いいのよ、無理しなくても」
「ぼくはパンジーさんのお役に立てます」
「嬉しいわね」
「だって、パンジーさんが1人で戦うより、ぼ くが一緒に戦うほうが、もっと“逆境”になっ ちゃうと思いますから」
 私の言葉に、車外のパンジーは満面の笑みで 応えてくれた。


 タイトルマッチ当日。横浜文化体育館におい てチャンピオン『ジャンクメイド』対挑戦者チ ーム『スウィート・ストーンズ』のヘル&ヘブ ン女子タッグ選手権が行なわれる。
 いよいよこの日が来てしまったという気持ち と、何とか無事に迎えられたという気持ちが相 半ばしている。あの『トップロープ転落事件』 以降、『花摘み人』は動きを見せなかった。満 を持して、この日を待っていたのかもしれない 。
 控え室に入ったパンジーはジャージ姿でロー ドワークをこなすと、リング上で柔軟体操をし 、私を相手に開場時間ギリギリまで基本的な動 きをくり返した。
「結局、受身は身に付かなかったねカズミちゃ ん」
 試合会場に入ったときから、パンジーは私の ことをリングネームで呼ぶ。こそばゆい思いが あるが、選手としては大先輩なので文句は言え ない。
「ほとんど立ってるだけになりそうで、すみま せん」
 私としては今日の試合は、マトモな形で成立 しない予感がする。通常の試合にはないイレギ ュラーな要素が溢れているからだ。
「まあ、うまくやられるのも、プロレスの大事 な部分だから。ジャンク達がちゃんとやってく れるよ。とにかく、彼女達が『動くな』って言 ったら、本当に動かないでね。下手すると大怪 我するから」
「お、脅かさないでくださいよ」
「脅しでも何でもないわ。リングに上がるって ことは、そういう覚悟が必要なの」
 パンジーは控え室の前まで来ると「じゃあ、 私はメイクして、コスチュームに着替えてるか ら、1時間ぐらいしたら戻ってきて。最終的な 確認をしましょ」と中に入る。彼女から解放さ れたのは好都合だった。
 戦う敵はジャンクメイドだけではない。『花 摘み人』が仕掛けてくるたくらみに、こちらは 防衛手段を講じる必要がある。それが功を奏す かどうかはともかく、ボディガードとしてやら なければならないことがあるのだ。
「おおー、鬼作家ストーン・カズミ選手じゃな いですか」
 大げさな驚きのしぐさをしながら、こちらに 向かってくるのは笹倉だった。私としても、彼 に話しておきたいことがある。
「今日の試合、期待していますよ」
「勘弁してください。やられ役です」
「いやいや、見せ場はきっとありますから」
「それより、笹倉さん。ちょっとお話が……」
 私が切り出そうとしたとき、携帯電話が鳴る 。着信相手は里美だった。
「正規軍の控え室にいるので、用があったら呼 んでください」
 笹倉はそそくさと立ち去った。正規軍とは、 もちろん軍隊とはまったく関係なく、プロレス 団体内に複数のグループがある場合、善玉の所 属選手がもっとも多いグループをこう呼ぶこと が多い。
「もしもし、石岡先生」
「あ、里美ちゃん。急ぎの用? 実は今……」
「えー、まだ忙しいの? 昨夜、電話したとき に今日は関内のほうで仕事だって言ってたじゃ ない」
 横浜文化体育館の最寄り駅は関内である。里 美はスポーツ新聞やプロレス専門誌を読むほど 熱心なファンではない。だから、私の口から伝 えなければ、女子プロレスに出場するなど想像 するべくもないだろう。
「うん、まだもう少し かかりそう」
「残念だなあ。せっかく女子プロレスのチケッ トが手に入ったのに。ほら、先月、石岡先生も 観にいったでしょ? ヘル&ヘブン女子プロレ スの興行。今日はタッグのタイトルマッチなの よ」
「あ、そ、そうなんだ……」
 私は冷や汗が出るのを必死で拭う。
「ねえ、メインエベントだけでも一緒に観られ ない? 今やってる仕事っていつ終わるの?」
「いつって言うか。その……」
「まだ終わる時間が読めないの?」
「というかね。どんなに早く終わっても、その メインエベントを一緒に観ることだけは不可能 だと思うよ」
「なに、その言い方。どういう意味なのよ」
「いや、説明しづらいんだけど……まあ、わか りやすく言えば、そのタッグタイトル戦はぼく も出ることになってるから……」
 携帯電話の向こうの里美が絶句した。想定の 範囲をはるかに超えた回答だったのだろう。
「石岡先生が、女子プロレスに…?」
「う、うん」
「何で? 全く話が見えないんだけど…」
「理由はぼくも聞きたいよ」
 どんなに泣き言をこぼしても、タイトルマッ チのゴングは迫っている。
つづく つづく
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