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頑張れ!石岡君
石岡君、ボディガードを頼まれる 6 「石岡君、ボディガードを頼まれる」6 優木麥 石岡君、ボディガードを頼まれる 6

   
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「スウィート・ストーンズ?」
 私は、ついに笹倉の思考能力が停止したのかと疑う。確かに、現実逃避したくなる気持ちはわかる。これだけのマイナス材料が並んでしまっては、ヘル&ヘブン女子プロレスの興行を仕切るマネージャーとして、笹倉の精神的負担は計り知れない。
 とはいえ、もう少し意味のある言葉を口にして欲しかった。
 なにしろ「石岡先生とパンジーのチーム名」である。これは単なる言葉の羅列だろう。石岡先生、の部分をアルファ・ケンタウロス星に変えても問題ない。
「プロレスのキャッチフレーズってのは、相反する意味のワードをくっつけるとインパクトが出るんです。たとえば『小さな巨人』とか『破壊王』とかね。だから『スウィート・ストーンズ』って“甘い石”って意味が反するでしょう。なにしろ、石は食べられないんですからね」 目の前では、笹倉が熱弁を振るっている。結局、彼は耐え切れずに、自ら崩壊する道を選んだのかもしれない。
「ローリング・ストーンズとか、パワー・ストーンは、名前を聞いたとき激しく力強いイメージが伝わってくるでしょう。でも、スウィート・ストーンズは、静かで内に闘志を秘めた感じがお二人にピッタリかなって」
 今の笹倉に必要なのは、こんな妄想ではない。張り詰めた神経をゆったりと休ませる時間である。
「男性が試合に出ることに抵抗感をお持ちでしたら、問題ありません。プロレス界には昔から『ミックスドマッチ』という試合形式があるんです。日本語で言えば、男女混合試合ですね。文字どおり、男女がペアを組んで同じチームで戦うんです。まあ、通常なら当然、相手側も男女ペアの必要があるんですが、まあ、今回は特例ということで」
 誰がここまで笹倉を追い込んだのか。あらためて言うまでもない。パンジーにつきまとう悪質なストーカー『花摘み人』である。まさに許されざる者だ。
「石岡先生……」
 私は、断固として『花摘み人』を許すことは……。
「石岡先生ったら。どうしたんですか。思考停止してますよ」
 肩を強く揺さぶられて、私はパンジーの顔を見る。そうなのか。思考を停止してしまったのは、私のほうなのだ。
「大丈夫ですか?」
 優しくパンジーに聞かれて、私は泣きそうになる。自分の心の底からの言葉を、私は口にすることにした。
「リングで試合をするなんて嫌です!!」


「石岡先生、パンジー選手とガッツポーズをお願いします」
「目線をくださーい。もっと怖い顔で睨んで」
 カメラマンが構えるレンズの放列が次々とフラッシュを浴びせる。この年になってTシャツにスパッツ姿になるとは思ってもみなかった。私の懸命の抵抗もむなしく、強引に押し切られる形で、私はパンジーと共にタイトルマッチに臨むことになった。
 今でも全く納得はしていないが、パンジーの「誰かが私の隣に立たなければならないのなら、それは石岡先生でいてほしい。たとえリングの中でも」という言葉に心を揺り動かされたことは事実だ。実際問題として、控え室に侵入して飲み物に毒物を混入できるストーカーに狙われているパンジーのパートナーに名乗り出ようという選手もいなかった。
 100mを走る体力さえ持ち合わせていない私など、リング上で何一つ助けにはならないだろうが、パンジーの希望をかなえるという一点のみで役立つこともあろう。
 そして、今日の公開練習の日を迎えた。場所はヘル&ヘブン女子プロレスの道場。マスコミに対して、パンジー沙菜江と石岡和己の『スウィート・ストーンズ』のお披露目である。
「パンジー選手、あらためて石岡和己先生をタッグパートナーに抜擢した理由を聞かせてください」
 撮影が終わり、スポーツ紙の記者から質問が飛ぶ。
「ジャンクメイドにリベンジするのに、これ以上のパートナーはいないと思ったからよ。あ、それから、石岡先生は、リングの上では『ストーン・カズミ』だから、そこは間違えないでね」
 記者会見慣れしているパンジーは淀みなく答える。ちなみにストーン・カズミなるリングネームを考えたのは、笹倉だ。彼らしい理屈で「石岡ですからストーン、それにカズミという名前は女性の名前にも聞こえますからね」と安易な命名理由を説明していた。
「ストーン・カズミ選手のコメントもお願いします」
 質問の矛先が私に向けられた。心臓が早鐘のように鳴る。一堂の視線がこちらに集中し、フラッシュの瞬きが一段と激しくなった。記者会見なのだから、私も発言しなければならないことは頭ではわかっていたが、いざその瞬間になると心身ともに硬直してしまう。
「カズミ選手、お願いします」
 不自然な間が空いたので、質問した記者が私に促す。
「ほら、一発かましてあげなさいよ」
 隣のパンジーが私の背中をバンバンと叩いた。私は唾を飲み込むと、マイクに向かって顔を近づける。
「あ、足手まといにならないようにします」
「そんな謙虚なこと言われても困るわよ、カズミちゃん」
 間髪入れず、パンジーが口を挟む。確かにプロレスのタイトルマッチ前の記者会見で、甲子園球児のような発言では盛り上がらないだろう。しかし、私に多くを望まれても困る。女子プロレスの試合に出ることさえ、人生で異例中の異例なのだ。
「いしおか……いえ、カズミ選手とジャンクメイドとは因縁がありますよね」
 記者の質問を聞いた瞬間は、その意味が把握できなかった。少し考えてようやく、観客席にいたとき、場外乱闘に巻き込まれたことを思い出す。はるか昔の出来事のような気がする。
「えっええ、まあ……」
 因縁と言われても、加害者のジャンクメイドAからは謝罪を受けているし、何度も顔を合わせて仲良しになったので、今の私にはピンとこない。
「カズミちゃん、ダメよ。もっと闘志を全面に出さないと、マスコミの人も試合の煽りようがないでしょう」
 パンジーがたしなめる。指摘どおりとしか言いようがない。
「ジャンクメイド達は許せません。これまでも悪辣なプレイをされてきたし、今回は私のパートナーのしのぶまで、毒を盛って欠場に追い込まれたんです」
「ええー、そうだったんですか?」
 パンジーの説明に、私は声をあげる。コーラに毒を入れたのが、ジャンクメイドの仕業になっていたからだ。
「変な突っ込みを入れないでよ。シラケるでしょ」
 すかさずパンジーが逆水平チョップを私の胸元に叩き込んだ。息が詰まる衝撃に、私は身体をくの字に曲げて苦しむ。
「ちゃんと盛り上げてよ石岡先生」
 私の耳元に顔を寄せて、パンジーがささやいた。声にならない声で私はウンウンとうなずく。これ以上、チョップを食らうのはゴメンだ。
「自信のほどはわかりますが、相手も歴戦のツワモノ、ジャンクメイドです。ストーン・カズミ選手のプロレス経験が浅い点はハンディにはなりませんか」
 別の記者から質問が飛んだ。
「コンビネーションはバッチリです。それに加えて、ツープラトンの連携技を編み出しましたから、タイトルはもらったも同然ですね」
 パンジーが笑顔でガッツポーズを見せる。ちなみに“ツープラトン”とはタッグチームが二人がかりで繰り出す技のことである。
「そのツープラトンを、この場で披露してください」
 記者の要請にパンジーがうなずく。そして、私の肩を叩いて「いいわね、いくわよ」と檄を飛ばした。元々、この記者会見でツープラトンを披露することは、事前に言われていた。もちろん、気が進まないことに変わりはないが、精一杯の努力をしよう。私はリングに上がる。
「カズミちゃん、こっちよ」
 赤コーナーの脇に立ったパンジーが手招きする。私は右手を肩から水平に伸ばしたまま走り出した。プロレス技の“ラリアット”というらしい。この腕が対戦相手の喉元に炸裂して、そのまま仰向けに倒す形だ。
「パンジー・スペシャル・クラッシュ!!」
 パンジーが叫ぶと、赤コーナーの最上段に上る。私がラリアットで倒した相手に、パンジージャンプを決めるのが“パンジー・スペシャル・クラッシュ”だ。私自身、ラリアットはとてもさまになっていなかった。単に右手を上げてドタドタと走っただけに思う。それでも、プロであるパンジーより、私のラリアットの“完成度”のほうが高かった。
 なぜなら、赤コーナーのトップロープ最上段に颯爽と立とうとしたパンジーは、そのまま無様に転落したからだ。トップロープが外れている。見守る女性記者から悲鳴が上がった。
「救急車、早く」
 道場内が騒然となった。私は右足を押さえるパンジーに駆け寄る。
「大丈夫ですか」
「ええ、何とか。骨まではやってない気がするけど……」
「パ、パンジーさん、こんなものが……」
 リング下から女性記者が白い布のようなものをこちらに手渡す。私が受け取ってみると、レスラーが被る白覆面だった。その白い布地には、おどろおどろしい文字が綴ってある。
「われ、必ず実力行使せん。花摘み人」
 やはり、ジャンクメイドの陰謀ではなかった。
つづく つづく
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