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頑張れ!石岡君
石岡君、ボディガードを頼まれる 5 「石岡君、ボディガードを頼まれる」5 優木麥 石岡君、ボディガードを頼まれる 5

   
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「リングで笑いそうになったじゃない」
 首にタオルをかけたジャンクメイドAが言う。メインエベントは無事に終了した。その後の打ち上げを、パンジーの控え室で行なっているのだ。
「私もさあ、緊張する場面なのに吹き出しそうになっちゃってさ。そっちが突っかかってきてくれなかったら危なかったわ」
 パンジーはコーラをラッパ飲みしている。
「あの流れでマイクを渡されたらさ。『絶対に負けないぞ』とか『オマエ達なんてやっつけてやる』とか威勢のいい言葉を言ってくれないと」
 パンジーのパートナーであるしのぶがドライヤーで髪を乾かしている。何と言われようと私は弁解するつもりはない。千人以上の観客の前で、リングに上がるだけでも、私にとっては清水の舞台から飛び降りることに等しい。そのうえ即興で気の効いたセリフまで言えと要求されても、とても応えられない。
「まあ、よかったわ。お客さんが喜んでいたしね」
 ジャンクメイドBが話をまとめたところで、私は非常に気になっていることを尋ねる事にした。
「ところで、どうして皆さんが一緒にいるの?」
 これは本質的であり、部外者の誰もが疑問に思うであろう問いだ。
 つい30分前まで、リングの上で親の仇に相対したように罵り合い、激しく戦っていた4人である。パンジー沙菜江とローズマリーしのぶの『スウィート・メイツ』。かたや泣く子も黙る悪役軍団ジャンクメイドA・B。彼女達が目を血走らせて、お互いを殴り、蹴り、そして投げ、締め付けていたのを、セコンドの私は目の前で見ていた。
 だからこそ、試合を終えて、シャワーを浴びた後の選手達が、次々とパンジーの控え室を訪れたことに最初は戸惑ったのだ。正直に言えば、最初にドアをノックした相手の顔がジャンクメイドAと知ったときは、ひっくり返りそうになった。試合の意趣返しに来たのかと心臓が止まる寸前だった。
 言葉を失う私に対して、ジャンクメイドAの第一声は「お疲れ様でした」と笑顔のひと言。その後も続々現れる選手たちは、興奮も冷めて、仕事が終わったOLのような淡々とした態度。リング上のキャラクターは、プロとしての演出だとはわかっていたが、ここまで切り替えが早いとは思わなかった。
 女子プロレスの善玉と悪役が試合後にすがすがしく、一緒に飲み物を飲んで談笑している様子は、まだ興奮冷めやらぬ私には違和感がある。
「だって、私達、相手が憎くて戦ってるわけじゃないから」
 まずパンジーが代表して、私の質問に答えてくれた。
「もちろん、リングに上がれば、敵味方のケジメはキッチリつけるし、試合だって手は抜かないわ。でも、だからといって、私生活でいがみ合うことは意味がないと思う。それじゃあ逆にいい試合ができない。どうしたらお客さんが喜んでくれる興行になるのかは、一緒に考えてこそレベルが上がるのよ」
 しのぶがあとに続ける。
「プロレスは、相手を本当に痛めつけたり、怪我をさせてしまったら、商売にならないの。誤解しないでね。本気でやってないというニュアンスではないから。お客さんにスリリングな攻防を見せてナンボでしょう」
「うん。なんかわかります」
「その意味では、単に相手を倒せばいい競技スポーツとは違うわね。私達の場合は、お客さんが湧く試合がいい試合だから。自分達がどんなにレベルが高いと思って試合をしてても、お客さんがウンともスンとも言わなかったら、ダメな試合ってわけ」
 その理屈はわかる。あくまでも私見だが、感情を揺さぶられるプロレスの試合は、悪役にやられ放題やられていた善玉が、一発逆転を決める試合だったり、弱いレスラーが何度倒されても立ち向かっていく姿だからだ。難易度の高いワザをキレイに決めあうだけの試合は拍手を送りたくなっても、心の底からのめり込めない。
「だから、まあ石岡先生の質問の答えとしては、意思の疎通をちゃんとしておかないと、いい試合ができないから、かな」
「まあ、わかりました」 私は話題を変えることにした。
「それにしても、意外だったなあ。ジャンクメイドさん達のほうが、スポーツ飲料を飲んで、パンジーさんがコーラを飲むなんてね」
 一般的なイメージでも私と同じ印象を持つだろう。ビシッと絞った体型を保っているパンジーが食事に気を使い、悪役でヘビー級の体重を必要とするジャンクメイド達が暴飲暴食。ところが、目の前の現実は違うのだ。
「試合の後のコーラは、私のレスラー人生のささやかな楽しみなのよ」
 パンジーが手にしているコーラは、すでに2本目である。
「うらやましいのよね。沙菜江は太らない体質でいいわあ。私なんか水を飲んでも太る感じだから、夏場は意識的に体重減らすのよ。だけど、たまには……」
 しのぶはスポーツ飲料を飲みきると、クーラーボックスに残っているコーラを手にした。
「ねえ、1本もらってもいい?」
「いいけど、大丈夫なの。ウエイトオーバーして、動きを鈍くしないでよ」
「心配ご無用。夕飯では炭水化物をとらないから。たまには、好きな物ぐらい飲まないと、やってられないもの」
 しのぶはコーラを美味しそうに飲む。我慢した果てに飲む一本の味は、格別だろう。
「ところで、来週のタイトルマッチまでの流れは、どうしようか?」
 ジャンクメイドBが真面目な話を切り出す。ややもすると忘れてしまいそうになるが、この場にいる4人の女性は、プロレスラーで、あと1週間後にタッグタイトルを争う予定なのだ。
「笹ビーは何かアイデアがありそうなの?」
 たぶん、興行マネージャーの笹倉のあだ名だろう。
「当てにならないわね。あの人はグッズを売ることばっかりに興味がいっちゃってるから。この『鬼作家』Tシャツでブレイクを考えてるんじゃない」
 パンジーの言葉で、一同の目が私の着ているTシャツに集まる。
「じゃあ、また皆で練っていかないとね。せっかく今日の石岡先生の登場で、お客さんの反応もよかったからさ」
「とりあえず、どこかのタイミングで、石岡先生がボコられる必要があるわね」
 さすがはレスラーと言うべきか。恐ろしい提案をジャンクメイドBはサラッと口にする。しかし、私にとってはサラッでは済まない。パンジーまでが「そうよねえ」と同意しかけたので、あわてて口を挟んだ。
「そんな必要はないでしょう」
 私は立ち上がって、手を大きく横に振る。
「でも、タイトルマッチの前にいろんな起伏がないとメリハリが利かないのよ。因縁を深めるためには、石岡先生が血まみれになるとか」
「おい、勘弁してよ」
 女子レスラーは、一般人の身体をなんだと思っているのか。
「血まみれと言っても心配しないで。私は、そういうの上手いのよ。ね、しのぶ?」
 ジャンクメイドAがしのぶに話を振った。先ほど禁欲を破ってコーラを飲んでから、彼女が発言していなかったからだ。その理由が誰の目にも明らかになる。
 しのぶは床に倒れて泡を吹いていたのだ。


「やっぱり、あのコーラに毒が入ってたんですか」
 パンジーの顔が蒼白になっている。幸い、混入されていた毒物は劇毒ではなく、しのぶの命に別状はないらしい。とはいえ、救急車で運ばれた彼女は入院先で治療を受けている。
 自分の相方が倒れた衝撃は、もちろん大きいだろうが、パンジーからすれば、もうひとつのショックがある。控え室に設置されているクーラーボックスの飲み物は、中堅以上の選手なら誰が飲んでも構わない。しかし、それぞれの好みや、序列などがあり、実態は飲み物の種類によって、かなり飲む選手が限定される。ましてや、フリー選手で個室を与えられているパンジー沙菜江の部屋のコーラは、ほとんど彼女しか飲まないと断言してもいいぐらいだ。実際、今日、しのぶがコーラを飲んだのは、特別なケースで、偶然の賜物である。
 つまり、毒物を混入した犯人が本当に狙っていたのは、かなりの高確率でパンジーだったといえよう。
「警察が持っていったから、検査の結果を知らせてくれるだろうけど、状況から見てコーラに入っていた可能性が一番高いな」
 興行マネージャーの笹倉の表情も暗い。心配なければならない種は、いくつもある。  誰かが控え室の選手用の飲み物に毒を盛った事実。
 来週の興行の目玉であるタッグタイトルの挑戦者、スウィート・メイツのパートナーが出場困難になった事実。
 そして、危惧していたパンジーのストーカー『花摘み人』は、本気で彼女に危害を加える意図があるという事実。
 どれひとつをとっても頭が痛い。腕組みをして熟考していた笹倉が、ようやく顔を上げた。思案がまとまったらしい。
「よし、石岡先生とパンジーのチーム名は『スウィート・ストーンズ』でいこう」
つづく つづく
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