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頑張れ!石岡君
石岡君、ボディガードを頼まれる 3 「石岡君、ボディガードを頼まれる」3 優木麥 石岡君、ボディガードを頼まれる 3

   
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「ストーカーへの協力者?」
 私は眉をひそめる。笹倉が疑念を抱くのも無理はない。悪質なストーカー『花摘み人』とやらが、いかに執念深くパンジー沙菜江を追い回しているとはいえ、秘密裏に引っ越したマンションの位置や、彼女の行動予定などを迅速に把握するのは困難であろう。だが、団体内にストーカーへの協力者がいるとすれば可能だ。いや、むしろそう考えるほうが腑に落ちる。
「もちろん、怪しい者はいません。ただ、先ほど申し上げたように、女子プロレスの世界は裏に回ればドロドロの情念が渦巻く修羅場ですから……。パンジーの人気を妬んで、嫌がらせをしてやろうと図るふとどきな人間がいないとは断言できないのです」
 笹倉は苦悩の表情を浮かべる。ヘル&ヘブン所属のレスラーではないとしても、興行の看板選手に変わりはなく、パンジーの商品価値に傷がつくことを恐れるのは当たり前だ。
「なるほど。笹倉さんの事情は理解しました」
 しかし、その先が私には理解できない。
「おお、さすがは石岡先生。察していただけて助かります」
「ええ、フリーでありながら、人気選手であるパンジー沙菜江さんを悪質なストーカーから守るために、信頼できる部外者を傍に置いておきたい。笹倉さんの願いはそういうことですよね」
「過不足なく、そういうことです」
「でも、その役目をぼくに依頼するのは、まったく見込み違いです」
 私はキッパリと断った。
 場外乱闘で危険を顧みずに、隣の席の女性客を守ったなどの誤解から、私にボディガード依頼とは、悪い冗談である。能力的にも、精神的にもまったくその任を果たせないのは火を見るよりも明らかだ。ましてや私が恥をかくだけでは済まず、パンジーの身に取り返しのつかない事件が起こったら、後悔しても遅い。
「然るべきプロフェッショナルのボディガードを立てることをお勧めします」
 あえて少し冷たい言い方になるように意識した。多少なりと引き受ける可能性を残しておいては、お互いのためにならない。
「どうあっても引き受けていただけないのですか」
 気落ちした表情をありありと見せながら、笹倉が尋ねた。
「ええ、残念ですけど……」
「パンジーに恥をかけとおっしゃる」
「えっ…?」
 予想外の言葉に私は戸惑う。笹倉は視線をそらすと、うつむきながら低い声で話した。
「石岡先生の案を受け入れるなら、必然的にそうなります」
「どういうことでしょう」
「パンジーは女子プロレスラー。戦ってナンボの商売ですよ。強さを売り物にしてお客さんからオアシをいただいてる人間ですよ」
「ええ、わかります……」
「それだけ強いイメージを買われているレスラーが、たかがストーカー1人に怯えてボディガードを雇ったと知れたら、どう思われるか?  まあ、間違いなく、幻滅されますわな」
「でも、笹倉さん……」
 私は反撃を試みようとするが、笹倉は口調を強めてそれを許さない。
「一度キズがついた看板は、そう簡単には回復しません。この人気商売は、それがハッキリでますからね。怖いですよ」
「笹倉さん、なんと言われようと、ぼくみたいに弱い男がボディガードについても、役に立たずじゃないですか。意味がないでしょう」
 私は声を張り上げた。主張すべきことは通さねばならない。しかし、その言葉を聞いた笹倉はニヤリと笑った。
「それがいいんです」
「何ですって?」
 思わず私は聞き返す。
「役に立たずでいい。意味がないからこそ、いいと言ったのです」
「どういうことですか」
 笹倉の発言の真意ががわからない。不快な気持ちも湧いた。ボディガードをやれと依頼しておきながら、役立たずの無意味な存在でいいとはどういう言い草か。
「いや、少し言い過ぎました。暴言をお許しください」
 私の表情にむらと立ち上った憤りを察したのか、笹倉は頭を下げた。
「言い直しましょう。正確には、役に立たない、意味がないと他人から思われることが、好都合なのです」
 笹倉の説明は次の通りだ。
 女子レスラーである以上、ボディガードとして、いかにもプロの風体のむくつけき男が守るのは、強いイメージを損なう。リング上では勇ましく振舞って見せても、いざとなれば男性の力を借りるのかとの嘲りを受けかねない。
 そこで、私のような暴力とはほど遠い優男を「ボディガード」と称してパンジーの傍に置けば、単に話題づくりのひとつと見られるだけで済むという。
「もちろん、それはいわばカモフラージュ。柔弱と見せかけながら、ところがどっこい内側に熱いものを秘める石岡先生は、ストーカーの襲撃などものともしない。十分対応できる。これこそが、パンジーの名誉も、肉体も同時に守ることができる方法なんです」
 笹倉は自信満々だが、私には突っ込んで訂正したい部分が多々ある。柔弱と見せかけて、その内実はもっと柔弱なのが私という人間だ。つまり、根本的に人を守るより、守られることのほうが得意といえよう。
「しかも、敵は外の『花摘み人』だけとは限らない。先ほど申し上げたように、内部に共犯者がいる可能性も否定できません。となると、犯人探しを同時にやらにゃならんわけです。これまた好都合なことに、石岡先生といえば、頭脳明晰、推理力バツグン、五臓六腑に知恵と勇気が詰まっている。まさに攻防一体で、パンジーを守れますわな」
 また笹倉は勘違いをしている。いや、すでに誤解していたので、誤解の上に勘違いを重ねて、もはや私の実像は見えない。
「承諾していただけませんか」
「うーん、なんとも言えないんですよね」
 煮え切らない態度と思わないでほしい。たしかに、女子レスラーの警護には、弱そうな男のほうがうってつけという論理はわかった。でも、それは人気商売ゆえに世を欺くためのかりそめの姿で、実際に非常事態が生ずれば、プロの任務をこなせる人物であって初めて成り立つはずだ。
 私には全く筋違いの話である。ライオンの雄は、狩りも子育ても雌ライオン任せで、一見グータラ亭主に見える。しかし、ファミリーにあだなす外敵が現れたときは、命を懸けて戦うという。たぶん、パンジーのボディガードに求められるのは、この資質だと思う。私に関して言えば、グータラ亭主のライオンではなく、雄ライオンの着ぐるみを被っているのと同様だ。外敵に対して、カラスに対する案山子ほどの撃退効果も期待できまい。
「では、こうしましょう」
 色よい返事をしない私に痺れを切らしたのか、笹倉のほうから折れた。
「パンジーと直接話してみてください。すでに、ボディガードを石岡先生にお願いするという話は、あいつにもしてあります。それで、納得できなければ、この話はなかったことで結構です」
 このまま笹倉と向き合っていても帰してもらえそうにない。私はパンジー沙菜江と話をすることにした。


 パンジーは、まだ後楽園ホールのリングの上にいた。
 興行は終了し、観客は退場して、彼女だけが残っていた。リングの中に厚いマットを敷いて、トップロープからその上に何度も跳んでいる。思わず私は見とれていた。コーナーの最上段から踏み切り、体操競技でいう前方伸身宙返りをする。体操ならそのまま着地だが、これはプロレスの技なので、倒れている相手にパンジーの身体が覆いかぶさるようにぶつかる形。
 美しい動きだった。パンジーは丁寧に、流れるような動作で、同じワザを反復していた。必死に練習を繰り返す姿をしばらく見守っていたが、勇気を出して声をかけてみる
「あ、あの……」
 無人の場内では私の声も響く。パンジーがこちらを振り向いた。その瞬間は厳しい表情だったが、私が誰だかわかったらしく、愛らしい笑顔を見せた。
「石岡先生ですよね。すみません、私のために」
 パンジーはリングを降りると、私の側に駆けてきた。試合のコスチュームの上にTシャツを羽織っている。汗で濡れていたが、私には柑橘系の香水の香りがした。リングに上がる女性としての嗜みなのだろう。
「怪我は大丈夫でした?」
 パンジーの質問の意味がわからなかった。
「さっき、場外でお客さんを助けたときの?」
「ああ、大丈夫」
 やはりパンジーも誤解している。私は場外乱闘に、不本意ながら巻き込まれただけだ。だが、いちいち訂正するのも面倒くさい。嫌というほど笹倉に話したばかりである。私は当たり障りのない質問をする。
「試合の後なのに、練習してるんですね」
「はい。さっきの試合で飛びワザを失敗してしまって……。カンを思い出さないとヤバイですから。それに、私は団体に所属していないから、リングを使って練習できる機会も少ないし」
 近くで見ると、あらためてパンジーがプロレスラーであることを確認できる。しなやかに鍛えた感じの筋肉が、腕に詰まっていた。こんな格闘アスリートが、私の助けを必要とするわけがない。
「ところで、ボディガードの件なんですが、笹倉さんにも話したんだけど、ぼくにはとてもそんな……」
「石岡先生のせいですよ」
 突然の責任追及に、私は言葉を遮られた。
「さっきの試合に負けたのは、石岡先生のせいです」
「えっ……」
「場外であんな事故を起こすから、それに気を取られて、パンジージャンプを失敗したの」
「パ、パンジージャンプ…?」
  私は、彼女が急に話題を変えたのかと感じた。プロレスの試合の話ではなく、遊園地の話だったのだろうか。
「パンジージャンプは、私の必殺技です」
「あ、そうなんだ。それはどうも……」
「あのね、私は怒ってますよ。石岡先生が試合の最中に騒動を起こすから、必殺技を失敗して負けたと言ってるの」
 不可抗力とはいえ、試合の勝敗に悪影響を及ぼしたとなると、私も肩身が狭い。 「じゃあ、どうすれば……」
「私のボディガードをしてください」
 パンジーは試合中と違い、笑顔を連発する。私はうなずく自分を制御できなかった。人気女子プロレスラーのボディガード、やれることだけやってみよう。
つづく つづく
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