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頑張れ!石岡君
石岡君、ボディガードを頼まれる 1 「石岡君、ボディガードを頼まれる」1 優木麥 石岡君、ボディガードを頼まれる 1

   
…
「ボディボードですか?」
 私が聞き間違えたのも無理ない話である。
 この世の中に、私にボディガードを依頼するなど、誰が想像しようか。間違いなく、愛玩犬や、人形のほうが防犯の役に立つことを約束する。
「いえ、ボディガードです。パンジー沙菜江の力になってやってください」
「笹倉さん……」
 あまりに非現実的な話に、当惑するよりもむしろ私の頭は冷め切っていた。
「主語をお間違えではないでしょうか。本当におっしゃりたいのは、パンジー沙菜江さんを私のボディガードにつける、でしょう?」
 もちろん、そんな話でも、意味がわからないが、少なくても私がボディガードをするなどという与太話よりは、信憑性が増す。しかし、笹倉は笑わなかった。訂正もしなかった。ひたすら、先ほどからの話を繰り返す。
「石岡先生にボディガードとして、パンジー沙菜江を守って欲しい。それが私どものお願いです。間違いありません」
「無理ですよ」
 断る私を、誰が責められよう。もし、私が誰かのボディガードを勤めるとすれば、確実に私にもボディガードが必要になり、何がなにやらわからなくなる。
「いや、冗談ではありません。先ほど、逃げ遅れた女性客を身を挺して守った姿に感動しました。石岡先生は、真の男です」
 そんな誉められ方をしても全く嬉しくない。第一、完全な誤解である。メインイベントの試合中に、場外乱闘に巻き込まれたのは、身を捨てて人を守ったわけではなく、その女性が私を盾にした結果に過ぎない。いわば不可抗力から生まれた現象であって、私のやられ損に近い。これで怪我をしていたら、文句のひとつも言ってやりたい気分だ。逃げ遅れた非力な女性を守ったなんて美談に仕立てるのは、捏造である。
「笹倉さん、違うんです。実はぼくは……」
「みなまでおっしゃるな」
 笹倉の大きな声が部屋中に響いた。私はビクッと肩を震わせて動きが停止する。小柄なのに、さすがにプロレスラーという荒くれ集団を束ねているマネージャーだけのことはある。
「石岡先生に美学があるのはわかります。いつも当たり前のようになさっていることを、いちいち言うなとおっしゃりたいんでしょう」
「いや、それは……」
 再び否定しようとした私だが、またあの大声を出されるのは嫌なので、とりあえず放置することにした。
「しかし、いまあなたの力を求めている者が、ここにいるんです」
 笹倉は深々と頭を下げた。怒鳴りの次は、泣き落としと、海千山千の興行師らしい駆け引きである。いずれにせよ、依頼内容ぐらいは聞かないと済まない成り行きである。私はあきらめることにした。
「わかりました。お話だけはうかがいましょう」
「ありがとうございます」
 人懐っこい笑顔を見せると笹倉は説明した。
「ウチの看板タッグチームの『スウィート・メイツ』。今日もご覧になっていただいたローズマリーしのぶと、パンジー沙菜江ですが、最近、パンジーに悪質なストーカーがつきまとってるみたいで……」
 アイドルや女優、女性アーティストなど有名人を偏愛し、その行動を規制し、自分の思い通りにしようと悪質な行為を行なう一部のファンがいる。沙菜江は愛らしい顔をしていたので、ストーカーが現れるのも無理はない。
「今までも変態じみた手紙はちょくちょく届いてました。でも、人気者が大なり小なりくぐらなきゃいけない通過儀礼だと思って黙殺していたんです。ところが、1カ月前ほどから、かなり沙菜江のプライベートまで踏み込んだ内容を記した手紙が届くようになりまして……」
 笹倉はバッグから手紙の束を取り出した。封筒の差出人は『花摘み人』と書かれていた。その中の何通かをテーブルの上に広げてみせる。いずれの手紙も書き出しは同じだった。
「『リングの求愛天使へ』……ですか」
「要するに、コイツの論理では、沙菜江がプロレスの試合をしているのは、究極の愛を求めて、さまよっている表れだそうです」
 笹倉が苦笑しながら言った。
「自分は『花摘み人』と名乗っているわけですね」
「パンジー沙菜江のリングネームに引っ掛けてるでしょ」
 私は文面に目を通す。
「えっ、これはひどい」
 私は第一声でそう叫んだ。手紙にはいずれも、沙菜江が何時に帰宅し、何時にスポーツジムに行き、スーパーで何を購入したかを事細かに記してある。
「この内容は事実なんですか」
「はい。残念ながら……」
 笹倉は沈うつな表情だ。どうやら『花摘み人』は沙菜江の行動を監視しているらしい。妙齢の女性からすればとても耐えられない状況だろう。
「お読みになればわかるように、この変態野郎は沙菜江にゾッコンなんです。自分がいかに愛しているかを粘着質な文章で綴ってますよ」
 笹倉の指摘通りだった。手紙はラブレターであり、世界で自分ほど沙菜江を愛している存在はいないとアピールしていた。
「そのリングに愛はないそうです。自分の愛を受け入れることが、沙菜江が幸せになる唯一の道だと切々と語ってやがる」
 怒りが湧き上がってきたのか、笹倉の口調が荒っぽくなった。
「まあ、コイツの思考回路がおかしいのはさておいても、自宅マンションまで知っていて、監視してる事態は我々としても重く見ました。それで、極秘に沙菜江のマンションを引っ越させたんです。なおかつ試合会場からの帰宅も他の選手の車に同乗するなどして、ストーカーの目を断ち切る予定でした」
「効果はありましたか?」
「引っ越してから2週間ほどは大丈夫だったのですが、なんと先週からまた沙菜江の行動を監視した内容の手紙が届き始めまして……」
「すごい執念ですね」
「ええ、そして、最新の手紙が、これです」
 テーブルに広げられた便箋には、今までの内容とは違う、筆者の噴き出した感情がそのまま叩き付けたような悪口雑言の羅列があった。
「怖いなあ。『裏切りの求愛天使へ』になってますよ」
「そうなんです。自分を避けて、引越ししたことに対する怒りがそのまま現れてるでしょう。それにしても、どうやってこんなに早く沙菜江の新しい住所を知ったのか不思議なんですけど……」
「不気味ですね」
「そして、最後に犯行宣言をしてるじゃないですか。『純粋な愛を自ら拒もうとする貴女の臆病さは断罪に値する。近々、実力行使によってわが愛の崇高さを知らしめるつもりです』とね」
 確かに、ここまで沙菜江に対して暗い情熱を燃やす『花摘み人』であれば、実力行使と口にしている以上、何らかの行動に出る可能性は否定できない。
「警察への届けは?」
「一応、しています。しかし、まだ具体的な危害を加えられているわけではないことと、有名人にはありがちな問題ということから、本腰を入れて捜査してないでしょう。そういった状況ですので、我々として自衛するしかないのです」
 沙菜江がストーカーに付け狙われているという事情は理解した。しかし、そのボディガードを私に依頼するという理由は、まったく理解不能だ。
「あの、皆さん、プロレスラーなんですから、団結してお仲間を守ったらいいんじゃないですか」
「もちろん、それが筋なんでしょうけど……」
 笹倉は初めて言いよどんだ。
「実はパンジーのほうはウチの団体の選手じゃないんです」
「えっ、どういうことですか」
「フリーの選手なんですね。今、日本にはウチを含めていくつかの女子プロレス団体があります。そのほとんどの選手は、それぞれの団体に練習生として入門し、厳しい練習を積み重ねてデビューし、現在に至るわけです。しかし、中には育った団体から独立して、自分ひとりだけで活動する選手もいます。それがフリーの選手。どこの団体のリングに上がるのも自由ですが、実際はよほどの実力と人気がなければ成立しませんけどね。パンジーはその中の1人というわけです」
「それが一体……」
「中から見てると、やはり人気商売ゆえに、選手同士の派閥やジェラシーがすごいんですわ。当然、団体内の選手ではないのに人気を集めている沙菜江へのやっかみは正直言ってすさまじいものがあります」
 笹倉は周囲を見回し、声を潜めて言った。
「それに、私はこの『花摘み人』とかいうストーカーには、団体内に協力者がいると思ってるんですけど……」
つづく つづく
…
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