島田荘司 on line
on line top Weekly Shimada Soji top
頑張れ!石岡君
石岡君、自転車の宅配ライダーになる 2 「石岡君、自転車の宅配ライダーになる」2 優木麥 石岡君、自転車の宅配ライダーになる 2

   
…

「フィットネスジムにいい思い出がないのはわかったけど、それなら他の方法でいいから健康管理をするべきだと思うの」
 里美は私の私設トレーナーとなったマッチョさんの話でひとしきり笑った後、真剣な表情で言った。
「ウーン、まあ、そのうちね」
 私が乗り気でないのは、面倒くさい習慣を増やしたくないからだ。だが、その日の里美は容易なことでは引き下がらない。
「健康のことを安易に考えてはダメよ。私は先生の体が心配で言っているの」
「わかったよ」
 実際に私と同年齢で生活習慣病を抱えている人間は少なくない。
「でも、あまり大仰なものは嫌なんでしょう。長続きもしないだろうし。それなら、足ツボマッサージを試してみたら、どう?」
 里美が提案する。世俗に疎い私も「足ツボマッサージ」は聞いたことがあった。だが、いいイメージはない。よくテレビ番組でタレントが足ツボマッサージを受けているが、いずれも「痛い」と叫びながら苦悶の表情を浮かべていた。
「なんか怖いなあ」
「大丈夫よ。私も疲れてくると行ってるんだけど、マッサージしてもらった後、すーごくスッキリした感じになるわよ」
 里美にそこまで勧められると、私も断りきれない。それに、ジョギングや水泳などを代案として提案されるのも困る。渋々ながら、私は足ツボマッサージを受けることを同意した。

                              ●

「押尾フットケア」
 里美が紹介してくれた行きつけの足ツボマッサージの店では、すでに私の名前で予約がされていた。店長である押尾が直々に私の担当になってくれる。
「犬坊さんにはよくご利用いただいています」
「あ、そうですか」
 リクライニングチェアに私が腰かけると、足元にフットバスが置かれた。
「さあ、リラックスして、こちらに足を入れてください」
 フットバスに足を入れるとお湯のぬくぬく感が心地よかった。しかし、完全なリラックスにはならない。今の私は例えるなら、歯医者に連れてこられた子供に似ている。自分にとって良いことをされるのは承知しているが、痛みを伴なうことに不安を抱いているのだ。
「実は、身体の各器官のツボのほとんどが足の裏に集中しているんです」
 白衣を着た押尾が私の膝に足の裏のイラストが描かれたフリップを置いた。
「ああ、目や鼻や脳や、内臓の各器官まで…」
 イラストには足の裏の各部位が、身体のどこにつながっているツボなのかを図解してある。
「言ってみれば足というのは身体全体の、いわば縮図のようなものです。東洋医学では、そのイラストの通り、足の裏は各器官がそれぞれつながっていると考えられています。膝まで合わせるとそのツボの数は60以上といわれています。そのため足の裏を診ることで、現在の身体の健康状態や、異状を把握することができるのです」
「はあ……」
 ふだんは足の裏のことなど思考の対象にならない。そんな私でも散歩が好きなので、足の裏への刺激はそんなに少なくないつもりだ。
「これからマッサージを施していきますが、もし痛みを感じる部分があったり、あるいはコリコリとしているところがあれば、それはその器官が弱っていたり、疲れている証拠なんです。この足ツボのマッサージは、血液の循環を活発にしてくれます。血行が良くなれば新陳代謝が促進されます。その結果、体力を増強させて身体の悪い部分の治癒力を高めてくれるのです」
「ハイ、よろしくお願いします」
「とくに、ここが弱っているかもと思われる箇所はありますか?」
 押尾の質問に私は自分の仕事を説明して、長期間モノを書いているので、肩や目を疲労しているかもしれないと答えた。
「わかりました。では、足ツボマッサージで、弱った身体を元気にしましょう。足の裏を刺激することで血液循環が良くなり、その結果、老廃物は体外に排泄されます。そして、内臓や脳が活性化して、体の抵抗力があがります」
 フットバスで十分に温まった私の足をタオルで拭いてくれた後、ついに足ツボマッサージは始まった。
「いっ、痛い。痛いです。ああ、痛い!」
 最初の刺激から、すでに私は激しい痛みを感じていた。事前に押尾は「痛みがあったら遠慮なくおっしゃってください」と言っていたが、念を押されるまでもなく、飛び上がりそうに痛い。
「ああ、肝臓が弱まってますね」
「いや、先生。痛い。痛いです」
「お酒は嗜まれますか?」
「それほどでも。いや、痛いです」
「肝臓は沈黙の臓器と呼ばれていましてね。相当、ひどいことにならないと自覚症状を教えてくれないのです」
「あの、ぼくは訴えています。痛いです。痛い!」
「最近、疲れやすいということはないですか?」
「いえ、とくに……は、痛い。痛いです」
「睡眠不足も悪影響がありますよ」
「ああ、それなら……痛い。ああ、痛い!」
「やはり、お仕事柄、規則正しい生活は難しいんでしょうね」
「ハイ、ハイ。ああ、痛いです」
 私と押尾とは会話が成立していなかった。予想はしていたが、本当に脂汗が流れそうなほど痛い。情けない悲鳴で、少々加える力を弱めてくれたが、それでも私はソファからずり落ちそうになるほど痛みを感じている。
「ここが目のツボです」
「うっわ。痛い。うっうっ」
 足の指の先をマッサージされたのだが、ほとんど足指を切り取られたような痛みだった。             

                             ●

「お疲れ様でした」
 60分のコースが終了し、押尾から声をかけられたとき、私は放心状態に近かった。足のツボマッサージは、両足分ある。そのため、左足が終わったときに私が感じたのは、あともう一本あるという恐怖だった。絶叫と悲鳴をくり返していた私だが、終盤になったときは最初のときほどの痛みを感じなかった。
「そういうものなのです。石岡先生の身体がじょじょにツボの師激で、血行がよくなり、新陳代謝が活発になったんです。足は柔らかい方がいい。定期的にいらっしゃれば、あんなに痛くはなりませんよ」
「そうですか。ええ、まあ……」
 押尾の言葉は本当なのだろうが、私としては今日の痛みをまた味わうのかと思うと気安く承諾はしにくい。
「いまは石岡先生の身体は老廃物を外に出したがってますから、白湯を二杯ほど飲んでいってください」
「わかりました。どうもありがとうございます」
 私は靴下を履き、靴を履いた。たしかに足がスッキリした感覚はある。待合ロビーに出て、浄水器に紙コップをセットした。お湯と冷水が選べるようになっていたため、私はまずお湯を半分ほど入れると、その後で冷水を注ぎ足した。
「ふーっ」
 ソファに座ると思わずため息が出る。だが、身体にいいことは間違いあるまい。
「先生、いるかー!」  ドアが開けられ、いきなり大男が入ってきた。私は「先生」とは自分のことかと思ったが、考えてみればここは「押尾フットケア」なのだ。しかし、そんなことよりも、私は大男の顔を見た瞬間の驚きのほうが大きい。
「マッチョさん……」
 突然入ってきた男は、私が以前フィットネスジムで個人的に指導を受けたことがある通称マッチョさんだった。

つづく つづく
…
TOPへ ページトップへ

Copyright 2000-2002 Hara Shobo All Rights Reserved