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頑張れ!石岡君
石岡君、バーベキューに行く 1 「石岡君、バーベキューに行く」2 優木麥 石岡君、バーベキューに行く 1

   
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 バーベキューは嫌いではない。では、お好きなんですね、と質問を重ねられると、私としては「好きとまではいきませんが……」と答える。どっちなんだと思う方も多いだろうが、私としては正直な受け答えをしているつもりだ。そして、少しだけ処世術を使っている。なにしろ、バーベキューが好きかと問うてくる人には、大概ある種の目論見がある。
 いや、目論見とまで表現しては言葉が過ぎるかもしれないが、とにかく質問者は単純にバーベキューが好きか嫌いかのみを知りたいわけではない。てっきり雑談だと思い、好きですと気軽に答えてヒドイ目に遭ったこともしばしばだ。
 読者諸兄は、さぞかし「ヒドイ目」とはよほどの仕打ちか、虐待を受けたと思われるかもしれないが、要はバーベキューに誘われることである。好きです、と答えると、その後は決まって「今度の日曜日にご一緒しませんか?」とつながる。
 どうも私はバーベキューが苦手である。食べることは好きだ。自然の中で、あるいは都会を眺めながらベランダで、あるいはキャンプ施設などでジュージューと焼いた肉や野菜を頬張れる瞬間は至福である。しかし、問題はそこではない。その食卓ができるまでのプロセスにある。めいめいが自分の担当の食材や、飲み物を用意して、順番に焼いていくだけの形式なら、まだ対応できる。私が困ってしまうのは、竈を作り、川から水を汲んできて、薪まで現地調達する本格的なバーベキューである。そのときほど、自分の無力さを感じさせられる時間はない。何をどうしていいかわからず右往左往し、挙句の果ては、せっかく出来上がってきた準備を台無しにしてしまった経験は数知れず……。
「バーベキューに行きましょう」
 そうなのだ。こんな私に対して、まだ性懲りもなくバーベキューの誘いの声を掛けてくれる人々がいる。もちろん、彼らは私がいかにバーベキューとはミスマッチな人間か知らないのだ。
「我らとバーベキューを共にしたら、もうこの先の人生では他のバーベキューに参加する気は起きなくなるでしょうな」
 総髪の浪人者風の着物姿の向坂が自信ありげに言った。
「味はもちろんのこと。自然と一体になる体験は、忘れられなくなりますよ」
「新たな創作の源泉にしてください」
 7人の男女が口々に私を誘う。彼らは「バーベキュー侍」という男女7人のグループだ。志をもって定期的にバーベキューを開いているが、多くが雨に見舞われるため、いわゆる「雨男(雨女?)」を捜して欲しいと私に依頼してきた。私は気象予報士でもなければ、名探偵でもない。そんなことはできないと断ったが、ではバーベキューには参加して欲しいと言われている最中だ。
「お誘いは嬉しいんですが……ダメなんです」
 私はうつむき加減のまま、そう言った。
「なぜです?」
「野外での免疫が極端にないものですから……」
 ウソではない。気温や湿度の変化、悪天候のコンディション、そしてさまざまな動物に対して、私の肉体も精神もひ弱な存在である。
「免疫なんて、そんな大げさな……」
「いえ、真面目な話です。虫もダメですし、ヘビも怖いですし……。草むらの中には何かが潜んでいそうで……」
「石岡先生、何かカン違いをなさってませんか」
 果てしなく不安を口にする私は若い男にたしなめられた。彼は赤いバンダナを頭に巻き、迷彩服を身にまとっている。
「自然を怖がっても何も始まりません」
 迷彩服の男は直立不動で立っている。
「我々はレインジャー部隊ではないんです」
 扮装だけなら、十分にレインジャー部隊に見える。
「野山を駆け回って暮らすわけではない。石岡先生が不安に感じることは、実際にバーベキューの場面では問題にならない。バーベキューは単なるレジャーです。レインジャーではなく、レジャー部隊ですよ」
 たぶんギャグなんだろうが、私は笑える気分ではない。
「では、日曜日に。またお会いしましょう」
 なし崩し的に決まってしまったようだ。私はバーベキューに参加する。「バーベキュー侍」の一人としてだ。


「やっぱり雨に祟られている」
 向坂は忌々しそうに外を見つめていた。バーベキューの当日。あいにく朝から大雨だった。激しく降りしきり、その勢いは衰えそうにない。午前8時に集合した私達は、やむなく最寄駅前の喫茶店に一時避難していた。
「マネージャーの方ですか?」
 注文を取りに来たウェイトレスが笑顔で私に尋ねる。
「えっ、マネージャー?」
 私には問いの意味がわからない。
「皆さん、これからロケなんですよね」
 ウェイトレスが「バーベキュー侍」の面々を見回して確認する。
「あ、なるほど……」
 彼女が誤解するのも無理はない。バーベキュー侍は、それぞれが時代劇に出てきそうな扮装をしているため、とてもカタギには見えないのだ。武蔵坊弁慶もいれば、弁天様もいる。総髪に着物姿の浪人もいるし、迷彩服姿の男もいるのだ。その異形の集団の中で、私一人がスーツ姿のため、劇団か何かのマネージャーに見えたのだろう。
「いいえ、ぼく達は役者とかそういうわけではありません。これからバーベキューに行くんです」
 私の説明にウェイトレスは一瞬、怪訝そうな顔を見せたが、すぐに笑顔になって立ち去った。深く質問することを辞めたようだ。
「石岡先生の正装はスーツなのですね」
「まあ、一般人ですから」
 バーベキューに正装していくのは、外資系企業の外国人上司の家の庭先で行なわれる場合のみだろう。しかし、私にとって正装といえば、スーツ以外ない。考えようによっては、こんな軽装で山の中に入らなくて済んだので、恵みの雨かもしれない。もちろん、バーベキュー侍にとっては、許容範囲外だ。
「やっぱり誰かが雨を呼んでるのよ。ハッキリしたじゃん」
 弁天姿の奈美が叫ぶ。リーダー格の向坂が同意した。
「石岡先生、雨男ないしは雨女を見つけなければ、我らは疑心暗鬼でお互いを疑わなければならん。その果てには、内紛にまで発展しかねない」
「いや、それはちょっと……」
「重要な問題なのです。やはり、石岡先生に犯人を見つけてもらうしかありません。お願いします」
「いえいえ、待ってください」
 私はその要請に対して答えられるように準備をしていた。
「雨が降る原理をご存知ですか」
 私は昨夜、暗記したことを並べる。
「地上の水蒸気が上昇して雲になります。その水蒸気の塊の雲から滴が滴り落ちるのが雨なんです。つまり、純粋な自然現象ですから……」
「山の神に疎まれている人間がいる」
 弁慶姿の男性が野太い声で言った。その迫力に私は説明を中断する。
「そうとしか考えられん。なあ向坂さん」
「これだけ雨が続くと、そこを疑うべきだな」
 向坂も重々しくうなずいた。
「山の神を怒らせた者がいるとすれば、雨だけで済む話ではない。この先、さまざまな不具合が生じるはずだ。これは、もう雨男うんぬんで片付けられないんです」
「で、でも……山の神様といわれましても……」
 私にはピンとこない。
「象徴としての存在です。姿かたちが見えるわけではありません」
「はあ……」
「“守り火の神託”をやろう」
 弁慶の姿の男が言った。もちろん私には意味がわからない。
「いいかもしれない。“守り火の神託”とは、この山の中腹にあるお堂からロウソクに火をもらって帰って来る儀式です」
「山の神に嫌われている者の火は必ず消えてしまうそうです。これを一人ずつやれば、判明するかもしれません」
 おかしな流れになってきた。私はどう口を挟んでいいか悩んでいる。
「では、石岡先生。審査役としてお堂で待っていてください」
「えっ…この雨の中をそのお堂で一人で待ってるんですか?」
「恐れることはありません。山の神様がご覧になっていてくださいます」
 そういう問題ではないのだ。

つづく つづく
…
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