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頑張れ!石岡君
石岡君、野球監督になる 4 「石岡君、野球監督になる」4 優木麥 石岡君、野球監督になる 4

   
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 試合は一進一退の攻防を見せながら最終回である七回に突入した。ここまでの点差はイーブンの3対3。私が監督をする「青葉ハタラキバチ」が健闘している。やはり、サインプレイを一切なくしたことで、伸び伸びとしたプレイが随所に見られ、ここぞという場面での思いも寄らない一打が飛び出した。その反面、選手の自主性に任せすぎたため、肝心なところでキメ細やかなプレイが実を結ばずに失点につながったケースもあった。しかし、泣いても笑っても、この回の裏表が終われば、優勝が決まる。
「最後の攻撃を前に石岡監督からメッセージがあります」
 今永がナインに激を飛ばしてくれるように私に促した。だが、私にはそんな資格もないし、またできるわけもない。
「皆さん、ここまでナイスプレイをありがとう」
 キャッチャーの仁円土乱が、ピッチャーの七尾が、ファーストの古賀が、サードの今永が、ショートのルミが、センターの笠田が、そしてその他の選手たちも私を見つめていた。
「私はここに座っているだけで、何もできませんでした。最後のイニングスも同じです。だから、皆さんも今までの回と同様、好きなようにプレイしてください」
「よっしゃ、行くぞー」
 古賀が口火を切って叫ぶ。この最後の回は、九番バッターのルミから始まる。しかし、過剰な期待はやはり禁物だ。ルミは見逃しの三振。一番バッターの古賀が二塁打を打つ。二番の七尾は一塁ゴロに倒れるが、古賀を三塁に進塁させた。そして、最強の3番バッター、仁円土乱の登場。
「ここが最後のチャンスですよね」
 ツーアウト、ランナーは三塁。この大事な場面で、私にできることは声を限りの応援をすること。私は力の限り、叫んでいた。
「ヒット、エンド、ラーン!」
 次の瞬間、私の目の前でまるで映画のようなシーンが見えた。なぜか急に極端な前肢守備になった相手チームの頭上を仁円土乱の打球が飛び越えていく。三塁の古賀はホームベースを踏み、欲しかった貴重な一点を加えた。
「やったー!」
 逆転の一点である。ナインは総出で古賀を出迎えた。
「石岡監督のおかげですよ」
「えっ、何が…?」
 今永の言葉が私には理解できない。
「ヒット・エンド・ランなんて、あからさまに叫んだじゃないですか」
「彼の名前でしょ」
「ああ、仁円土乱は僧としての名前で、彼の俗名は孝之なんです」

                                  ●

 最終回の七回表の攻撃を青葉ハタラキバチは一点リードのまま終えた。最後の七回裏の相手の攻撃をしのげば優勝である。勢いに乗るチームは相手の先頭打者、次の打者とゴロに討ち取り、ついにあとワンアウト。白熱した試合が進行していたため、SPに囲まれたスーツ姿の人物が相手チームのベンチに姿を現したとき、怒声が響くまで気がついた人物は少なかった。
「なんだ、このザマは。もう最終回の攻撃で、ツーアウトだと? 話にならん」
「落ち着いてください。私も精一杯やりまして…」
「それは職を賭して言っているのか!」
 球場全体が静まり返る。
「更迭してやるぞ。オマエは監督にふさわしくない」
 その声は、私の耳に聞き覚えがある。緊張を漂わせながら、今永が私に言った。
「国会議員の剣持真可夫先生です」
「何で、ここに?」
 豪胆にして、最後の叩き上げといわれる政治家。その影響力は、大臣をも凌ぐ彼がなぜこの球場に来たのか。
「そういえば……」
 私はいま気が付いた。「マカオリーグ」「マカオスタジアム」、そして「玉虫マカオビートル」。すべてマカオの名を冠している。
「えーい、ふがいなーい。ワシが出る。代打、ワシだ」
 真可夫の怒声は、静まった球場に響いた。なんと代議士であり、玉虫マカオビートルのオーナーである剣持真可夫が代打として、最後のバッターを勤めると言うのだ。一同が困惑する中、一度ベンチ裏に引っ込んだ真可夫が本当にユニフォームを着て出てきた。
「監督、タイムをお願いします」
 ピッチャーの七尾に促され、私は選手を集めた。今日、もっとも真剣な面持ちで七尾が私を含めた全員に話し始める。
「オレ様は夜の世界の住人だから、剣持先生にはずいぶんお世話になっている。足を向けて寝られない立場さ」
 逆転に沸いていたチームが急転直下で重苦しい雰囲気に包まれている。
「オレ様だって人間だ。手を抜くつもりは毛頭ないけど、本当に剣持先生と対峙したら、どこか魂が入らない球を投げちまう可能性は否定しない。だから、もし自分が投げたいってヤツがいるなら、今回はオレ様のマウンドを譲る。名乗り出てくれ」
 七尾の事情はわかったが、私達の危機は切実である。一点リードの二死三塁。エースである彼の替わりを勤められる選手などいるだろうか。集まったナインは、互いに顔を見合わせるばかりだ。何となく彼らの胸のうちはわかる気がする。真可夫相手に投げてKOすることは難しくはない。しかし、あとあと、この国の政界の実力者のひとりに目をつけられるような厄介事は抱え込みたくないのだろう。全員がうつむいて、誰かが任意で生贄に差し出されるのを待っている。
「じゃあ……ぼくが投げましょうか」
 自分自身で言っておきながら信じられない言葉だった。
「いや、もちろんその…誰か投げる人がいるなら替わりますけど…」
 一同は黙りこくっている。
「相手チームの剣持先生も正規メンバーではないので、ぼくが投げるのがちょうどいいのかもしれません。それに、ぼくはただのモノ書きですから、もし先生の不興を買ったとしても生活に影響はないでしょう。憎まれ役になりますよ」
 足を引っ張るばかりの監督だった私だが、最後にチームに貢献できることを見つけたつもりだ。
「石岡監督、オレ様のマウンドをあなたに託しますぜ」
 チームの総意を伝える形で、七尾が私にボールを渡した。

                               ●

 私は審判に投球練習は要らないと伝えた。言うまでもないが自信があるからではない。私の肩など何球もの投球には耐えられない。そこで、一球でも多く本番に残しておきたいのだ。
「クローザーのつもりか。小癪な」
 バッターボックスに真可夫が立つ。
「プレイボール!」
 審判の声で、私は第一球を放る。そうだ。投げるというより、放るという表現が正しいほどの緩い球速だった。バッターに届かない球は、地面に着いてゴロゴロと転がる。
「ボール!」
 私自身は予想していた通りの結果であった。次の球も同様にボールだ。観客席からため息が漏れる。ここで私は吹っ切れた。どこかコントロールや、打たれたらどうしようなどの不安を抱いて投げていたのだ。どうせテクニックも、球種もない私ではないか。思いきり投げる以外の選択肢などない。覚悟を決めた私は三球目を力一杯投げる。
 カキーン。今度はバッターに届く球だったが、真可夫はバットを出して打ち上げた。三塁線を越えた完全なファールである。ただし、サードの今永なら捕れる。瞬間的に私は勝った気がした。ところが、今永はボールの下でウロウロした結果、なんとボールを見送ってしまった。
「ファール!」
 私は目を疑った。だが、すぐに悟った。そして「タイム」をかけて、みんなを呼び集める。
「今永君、さっきのプレイはわざとだよね」
「いいえ、ちょっと距離を見誤って…」
「いいんです。その気持ちはわかるから。でも、みんな少し考えて欲しい。何のために野球をしているんですか? 自分の仕事の点数を稼ぐためですか? 違うでしょう。日常のいろんなしがらみや、嫌なことなどに関係なく、このグラウンドで全力を尽くせるから。楽しいからではないんですか?」
 私は自分でも止めようがないほど雄弁になっていた。みんなは黙ってうつむいている。
「全力でプレイして負けるのなら、ぼくは何も言いません。でも、誰かの顔色をうかがって負けるなんて、野球の神様から一生嫌われるはずです」
 しばらく沈黙があった。最初に口を開いたのは、七尾だった。
「野球の神様ってのは、女神かな。だったら嫌われるわけにはいかないぜ」
 古賀も声を出した。
「他の選手は知りません。でも、自分のところに来た球は、自分の持つ最大限のプレイで止めると誓います。監督にじゃない。野球の神様に誓います」
「ワシもじゃ。その方の名前は恐れ多いので出せないが、その方に誓うぞ」
 古賀と仁円土乱に続いて、みんなが全力プレイを誓う。
「おーぇ、何をモタモタしとるんじゃ。ワシの時間を奪うな」
 真可夫の怒声が響く。各選手が散って守備位置に着いた。ワンストライク・ツーボールのカウントから、私は投げる。みんなの気合が私の手にも込められた気分だった。それが裏目に出たのか、勢いがつき過ぎたボールはすっぽ抜けた形になり、真可夫のわき腹に命中する。私は顔面が蒼白になった。
「デッドボー…」
「待てーい!」
 左わき腹を押さえながら、真可夫が叫ぶ。
「ストライクじゃ!」
「えっ、いや、でもボールが剣持先生の体に…」
「ワシがストライクゾーンにカラダを乗り出してしまったんじゃ」
 思いもかけない真可夫の言葉である。
「よいな! 審判。ワシのストライクでよいな」
 まるで恫喝である。しかし、私は不思議と心地よい興奮に包まれていた。
「わかりました。ストライーク!」
 ツーストライク・ツーボール。真可夫は不敵に笑った。
「おまえたちのチームのためではない。ワシ自身が誰よりも勝利を味わうためだ」
 私に新たなプレッシャーがかかる。だが、一球入魂。私は深呼吸して自分の気持ちを落ち着かせる。大きく振りかぶって、五球目を投げる。
「もらったわ!」
 真可夫はフルスイングする。だが、引っ掛ける形になった打球は私の目の前に飛んできた。ワンバウンドして取ったボールをすぐに一塁に投げる。
「監督、バックホームですよ」
 今永の悲鳴のような言葉が届いたときは、私の手からボールを離れていた。だが、真可夫の足の遅さに救われた。一塁手の古賀は、私の送球を見事に受けてベースを踏む。
「アウト!」
 塁審の声に私の目頭に熱いものがこみ上げてきた。仁円土乱が、古賀が、今永が、七尾が私に向かって飛びついてきた。
「やりましたよー。石岡監督、優勝ですよー」
 仁円土乱が私を抱き上げる。古賀も今永も泣いていた。
「さあ、並ぼう。礼を尽くさないと…」
 お互いにチームメイトが並び、一礼をする。
「ゲームセット!」
 真可夫が私に近づいてきた。私の身が不安に固まる。真可夫は微笑んでいた。
「おぬしのような投手を優勝戦の最後のイニングまで温存しておくとは…。その勝負魂に負けたわい」
「いえいえ、そんな……」
 握手して真可夫が去る。大きな勘違いをしていたが、訂正の必要はないだろう。汗まみれの肌を心地よい風が撫でていた。目的もなく河原の土手に寝転んでいるのもいいが、今の気分も悪くなかった。
「さあ、監督」
 私の周りに選手が集まっていた。
「えっ、どうしたの?」
「優勝監督は胴上げに決まっているでしょう」
 今永の言葉が終わらないうちに、私の体は宙に舞っていた。
おしまい おしまい
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