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頑張れ!石岡君
石岡君、野球監督になる 2 「石岡君、野球監督になる」2 優木麥 石岡君、野球監督になる 2

   
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  私の切なる願いに反して優勝戦の当日は快晴だった。監督を引き受けはしたが、私の思いは複雑である。駅まで迎えに来た今永と共に会場である「マカオスタジアム」に向かう。
「よくお似合いですよ」
 今永は私のユニフォーム姿を見て褒めてくれた。こんな格好をするのは初めてである。
「ハッキリ申し上げておきますよ」
 タクシーのカーラジオでは、国会中継が流れていた。いま世間を騒がせている代議士の剣持真可夫(けんもち まかお)の疑惑追及である。
「これがマカオ流、あれもマカオ流ですよ。それを個々人がどう受け取られたかまで責任を持てません」
 この真可夫ほど豪胆であれば良いのだが、小心者の私は不安を口に出してしまう。
「ぼくは、本当に何の指示も出せないですよ」
 隣に座る今永に念を押す。
「ご心配なく。僕が先生の…いえ監督の指示だと言って全部伝えますから。笹木さんのときも同じようにやっているので問題ないですよ」
「そうなんだ。それならいいけど……」
 言うまでもないが私は野球の監督などやったことがない。ましてや大事な優勝を左右する大一番に迷惑をかけたら、選手の皆さんに詫びても詫びきれないだろう。
「僕は伊佐鎌倉大学野球部で、富山県飛鳥市出身者では一番、戦略が優れていると折り紙つきなんです」
 今永は自慢そうに言った。よく考えてみると、かなり限定されたエリアでのトップを誇っている気もするが、とにかく私は彼を頼るしかないのだ。
 試合会場にはプレイボール一時間前の正午に到着した。マカオスタジアムは市民球場で、観客席にの半分ほどが埋まっている。相手チームは来ていないようだ。正直に言って私はあの土手のグラウンドのような場所でやるのかと思っていたため、予想以上に本格的な球場に緊張が増してくる。
「本当によろしくお願いしますね」
 ベンチで細細とした準備を進めている今永は、私の声に「大丈夫です」とうなずいた。
「監督ですか?」
 突然の大声に私は心臓が止まりそうだ。傍らに「青葉ハタラキバチ」のユニフォームを着た青年が立っていた。
「自分は背番号9、ファーストの古賀です。今日は精一杯頑張ります」
 まるで開会宣言でもするかのような大声だった。直立不動で叫んだ後、帽子を脱いで一礼する。私は「どうも、監督代理の石岡です」と小声で答える。
「監督、自分にノックをお願いします」
「えっ……?」
 思わず目が点になってしまうが、私が監督である以上、別に古賀はおかしなことを頼んでいるわけではない。救いを求めて今永を見る。彼はスコアブックを難しい顔で眺めながらノートパソコンのキーボードを叩いていた。私の視線に気付いた彼は、笑顔で言う。
「今はウチのチームの練習時間ですから大丈夫ですよ」
 いや、私がノックをすることは全然大丈夫ではないのである。しかし、逃れられない役目のようだ。選手からノックを望まれて、断る監督などいないだろう。 「石岡監督は、現役時代に相当鳴らしたと伺いました。自分はまだまだ足元にも及びませんが、是非とも喝を入れてください」
 真摯な表情で頭を下げる古賀を無下にするわけにもいかない。私は仕方なくバットを手に取る。古賀がボールの入ったカゴを運んでくれ、私はバッターボックスに立つ。途端に歓声が沸いた。別に私自身に対して送られているのではなく、観客はようやく選手が練習を始めるので反応しただけだろう。そうだとしても、私は緊張で手が震えだす。これだけの観客の前でボールをバットで打つなど、何年ぶり……いや、やったことがない。
「おっしゃー、お願いしまーす!」
 腰を落として構える古賀が気合の入った声を出した。私は第一球をバットで打とうとするが空を切った。観客から失笑が漏れる。確かにノッカーが空振りするシーンは、あまりお目にかからない。顔を真っ赤にした私が再びバットを振るが、当たるのは空気ばかり。何度かくり返しても、私の技術が突然上がるわけもない。
「よっしゃ、こーい! こいこーい!」
 私の醜態に構わず、古賀は声を張り上げてくれる。
「もう一丁、もう一丁もう一丁!」
 腹から声を出す古賀。空振りを量産する私。一球も飛ばないボール。この構図は、まるで私が古賀にしごかれているように見える。
「かーっっつ!!」
 古賀の声とは別種の裂帛の気合に、私はボールとバットを取り落としてしまう。声の主は剃髪した体格のいい選手だった。
「石岡監督とお見受けしたが…」
「は、はい」
 ねめつけるような坊主の視線に私はすくみあがっている。
「御坊、おはようございます」
 駆け寄ってきた古賀が帽子を取って挨拶をした。
「お初にお目にかかる。ワシはキャッチャーを勤める仁円土乱(ひとえんどらん)と申す。同じ勝利をめざす仲間として出会ったのは、前世からの因縁か。はたまた大いなる方からのお導きか。愚昧なる身には図りかねるが、よろしくお引き回しのほどを」
「こ、こちらこそ……」
 まるで仁王像のように迫力のあるキャッチャーである。
「ところで、七尾はまだ来ておらんのか」
 仁円土乱が古賀に尋ねる。
「ええ…」
 古賀の表情が曇った。
「今日の足りない分の助っ人を一人連れてくることになってるんですけど…。例によって、昨夜も飲んだくれたのかなあ。大事な試合前だってのに」
 古賀が吐き捨てるように言った。
「しょうがないじゃん。仕事なんだから、古賀ちゃんもカタブツだよね」
 またもやグラウンドに新しい選手が登場した。古賀や仁円土乱も個性的だが、今度の人物は野球にそぐわない金色の長髪にピアス、サングラスをしている。その傍らで腕を組んでいるのは、いかにも夜の蝶というファッションの女性だ。
「監督さん? オレ様がこのチームのエース、黄金の左腕、横浜『ミノタウロス』では指名ナンバーワン、ピッチャーの七尾だぜ、よろしく」
 サングラスを外した七尾の素顔は筋の通ったハンサムだった。
「かーっ! 貴様、ホストなどという職業をいまだ続けておるのか」
「へっ、あんたこそボーズなんて辛気臭い商売をまだ辞めてないの?」
「辛気臭い? 商売じゃと? 貴様、今日という今日は我慢ならん。そこに直れ!」
 いがみ合い始めた仁円土乱と七尾の間に私は割って入る。
「まあまあ、大事な試合の前なんですから…」
 考えてみれば、僧侶である仁円土乱がキャッチャーで、ホストクラブに勤める七尾がピッチャーというのも興味深い。まるで両極端に感じる二人だが、事実としてバッテリーを組んで勝ち進んでいるのだから相性はいいのかもしれない。 「それで七尾さん。助っ人のほうは?」
 古賀の言葉に、七尾は片目をつぶる。
「目の前にいるじゃん。すぐ目の前に」
「えっ、まさか…」
 私達は同時に声をあげていた。
「その通り。このルミちゃんが強力な助っ人」
 七尾はケバケバしい化粧の女性を指差した。ルミと呼ばれた女性は、スマイルで「楽しもうぜ、イェーイ」と微笑む。
「ぬう。七尾、本気じゃあるまいな」
「本気も本気、大本気だよ。オレ様が投げるんだぜ。三球三振の山を築くんだから、守備なんて誰でも同じ」
「七尾さん、それは野球への侮辱ですよ」
「おまけに貴様ら、酒臭いではないか」
 仁円土乱と古賀は怒りで顔が真っ赤である。
「これでもアフターを断って体調を整えてきたんだぜ」
「何をほざく。……アフターって何じゃい?」
「店が終わった後に、お客さんと違う店に飲みに行くこと」
「そんなもん、断るのは当たり前じゃ。今日は何の試合の日か知っておるのだろうな」
「もちろん知ってるぜ。オレ様、天才ピッチャー七尾がマカオリーグ優勝戦でノーヒットノーランを達成する日さ」
「イェーイ、ノーヒット、ノーラーン!」
 ルミはろれつが回っていない。まだアルコールが残っているのは明白だ。七尾たちのやりとりを聞いていて私は頭を抱えていた。こんなにまとまりのないチームで果たして勝てるのだろうか。
「寄るな。貴様らと話していても埒があかん。石岡監督にご判断を仰ごうではないか」
「望むところさ」
 仁円土乱と七尾が私の方に寄ってきた。
「一晩中飲んでいたようなホステスを、よもや試合に起用するなどとはおっしゃいますまいな。退場をお命じあれ」
「草野球は誰でも参加できて楽しめるのが醍醐味。試合は、このオレ様の左腕一本で完璧に抑えて見せますよ」
 私は何と答えたらいいのか迷っていた。
「監督さーん。私も試合させてー」
 ルミが私の腕にしなだれかかってくる。試合当日にメンバーが足りなくて、外部に助っ人を要請することは、草野球では日常的な風景らしい。どうしようもないときには、対戦相手のチームの空いている選手が守備に回ることさえあるという。しかし、仁円土乱の言葉も一理あるのだ。酔っ払ったルミが入ることで致命的なミスを犯さないだろうか。
「ショートを守ってもらうというのは、いいアイデアですね」
 いつのまにか今永がノートパソコンを小脇に抱えて立っている。困惑していた私は、安堵した。
「何じゃ、今永」
「いえ、石岡監督がさっきおっしゃってたんですけど、ウチのエースの七尾選手のコントロールはバツグンだから、ショートに打球が飛ぶケースは一試合に二、三回。それにサードの僕もフォローしますから、ルミさんにはショートを守ってもらいたいと。ね、監督?」
 私は激しく頭を縦に振る。
「そうです。是非ショートを守ってください」
「イェーイ、監督大好き!」
 ルミに抱きつかれるが、酒臭い息に私は思わず顔を背けてしまう。
「どうよ。さすがに名監督はお心も、野球観も違うぜ」
 七尾は得意満面だ。仁円土乱は苦りきった表情で渋々引き下がる。
「監督がそうおっしゃるのなら、ワシらに異存はあり申さぬ」
 試合開始まで、あと三十分を切っていた…。
つづく つづく
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