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頑張れ!石岡君
石岡君、アームレスリング大会に出る 4 「石岡君、アームレスリング大会に出る」4 優木麥 石岡君、アームレスリング大会に出る 4
   

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 伝説の力士、雷電が憑依した鈴美は、女性の姿が変わらないのに、何倍もの大きさに変化した錯覚に陥る。
「腕一本で済むと思うな!」
 鈴美の口から野太い声がする。私は生きた心地がしない。足がすくんでしまって、動けなくなった。
「シャンティ鈴美選手、失格!」
 突然、レフェリーの声がした。気が遠くなる寸前の私は、かろうじて最後の理性で現状を把握しようとする。
「どういうことじゃ?」
 白目を剥きながら鈴美がレフェリーに食ってかかる。レフェリーはあくまで冷静だった。
「試合中の酒気帯びは失格の対象です」
「酒気帯び…?」
 レフェリーが、さきほど鈴美が飲んだお神酒の盃を指差した。たしかにアルコールにはちがいない。
「ば、ばかな…」
「ルールはルールです。よってウイナー、石岡選手!」
 私の右手が上げられた。何もしていないのに勝ったようだ。どう考えても勝利よりも、対戦せずに済んだことが嬉しい。
「オーノー、ノー!」
 暴れる鈴美は警備員によって抱えられた。江戸時代の力士の雷電が「NO」と叫ぶのだろうか。まあ、今となってはどうでもいいことである。

                            ●

「えっ、西城君が負けた?」
 衝撃的な事実が私に告げられる。共に主催者の越川の意図を汲み、一週間の師弟となった西城ワタル。海外の大会で入賞経験も有るはずの、アームレスリング界の貴公子が準決勝で負けたという。もし彼が勝っていれば決勝戦は私と西城の激突となっていたが、かなわなかったようだ。
「相手は、相当強いんでしょうね」
 私は越川に尋ねた。いかに無差別級とはいえ、成人男子の部の優勝者が、大本命であることに変わりはない。その西城を破ったとは想像以上の選手が紛れ込んでいたようだ。
「ワンパクボー2…」
 越川の返事に、私は怪訝な表情になる。
「それ、リングネームか何かですか。プロレスラーの…」
「いえ、コードナンバーだそうで…」
「はっ…?」
「私から説明しよう」
 いつのまにか白衣の老人が立っていた。
「はじめまして。私はワンパクボー2の製作者である谷村と申します」
 差し出された名刺には、納戸巻工業大学の理工学部教授とある。
「あの…製作者とおっしゃいましたが…」
「ええ。連れてきて」
 谷村が合図すると、白衣姿の若者達が人間型のロボットを運んでくる。
「まさか、これがワンパクボー2…ですか?」
「そうです。腕相撲など単純な力学計算で成立する運動ですから。わが大学が開発したこのワンパクボー2にかかれば、有機体の腕の運動エネルギーなど、たかが知れています」
 谷村は自慢げにメタルの身体を撫でる。いろいろ言いたいことがあったが、まず私は越川に向き直る。
「どういうことですか。なんでロボットがトーナメントに出てるんです」
「いや、無差別級ですから」
 越川の答えの歯切れも悪い。
「無差別すぎるでしょう。勝てないですよ。相手はロボットなんですから」
「だったら、辞退なさればいい。優勝はこのワンパクボー2。問題ない。まるで問題ない話です」
 谷村は天を仰いで感慨深げに首を振る。私が反論しようとしたとき、後ろから声が飛んだ。
「そんなことが許されるか」
 声の主は、西城だった。右腕には吊ったばかりの真新しい三角巾が見える。私は彼の姿を見た瞬間に言葉を失った。西城はリナに支えられている。
「この『カイナ−1』は鍛えられた者がしのぎを削る栄光のトーナメントだ。機械でつくったロボットなんかに優勝されてたまるか」
 ほとばしるように熱い魂の叫びだった。アームレスリングに打ち込んできた者としてのプライドが伝わってくる。
「その痛々しい姿では、何を言っても負け犬の遠吠えですね」
 谷村があざ笑った。リナが悔しそうな目で彼を見ている。西城の目は死んでいなかった。キッと谷村をにらみ返す。
「たしかにな。オレはこのザマさ。しかし、オレの魂を受け継いでくれている、人間の戦士が、必ずそのポンコツを倒すぜ!」
 そう言って西城は私を見た。この方向に誰か強い人がいるのかと思い、私は周囲をキョロキョロと見回す。しかし、西城は私から目をそらさなかった。
「石岡先生、オレの仇を取ってください」
「えっ…、ぼ、ぼくが…?」
「優勝戦で先生と戦えなくてゴメンなさい。約束を守れなかった。だけど、あんなポンコツメカに『カイナ−1』の優勝は渡せない。お願いします。倒してください、石岡先生の手で」
 いつのまにか西城の目から涙が溢れていた。リナも泣きながら私を見ている。どうすればいいのだろう。
「笑わせる。非合理的な人たちだ。確率で考えて分の悪さがわからないのかね。それでは、客観的な事実を教えてあげよう」
 谷村は悪魔じみた顔で口の端を吊り上げて笑う。
「ワンパクボー2の圧力を上げる調整をするつもりです。瞬間的な圧力は、廃車をプレスする力と同等程度にね。フフフ」

                           ●

 絶体絶命を絵に描いたようだった。私はアームレスリングの無差別級トーナメント決勝戦に挑まなければならない。相手は、腕相撲専用ロボット、ワンパクボー2。定点における瞬間的圧力は、1平方センチ当たり0.5トン。
「石岡先生、ガッツで負けないで」
 無責任な声援が後ろから飛んでいる。私は恐怖も不安も通り越し、わけのわからない達観の境地に達していた。なにしろブルドーザーと相撲を取ったり、フォークリフトとバーベル挙げを競うようなものである。私の腕はヒジごと使い物にならなくなる可能性が大だ。とても先のことを考えられる心境にはない。
「では、両者前へ」
 レフェリーの指示によって、私が競技台に近寄る。反対側には、白衣の学生達がワンパクボー2をセットした。
「覚悟はできましたかな、石岡さん」
 谷村が意地悪い笑みを浮かべている。私は答える気力もない。あとは、なすがまま。
「では、エルボーカップにヒジを付いてください」
 レフェリーの指示に従う。そのときだ。バキッ! ものすごい音がして、ヒジの下の安定がなくなった。ガクンとよろめいてしまう。腕相撲をするためにヒジを付いていた競技台が破壊されたのだ。
「谷村先生、調整で圧力の強度を上げすぎましたよ」
 学生達が倒れたワンパクボー2をなんとか抱き上げようとしている。 「人間用の競技台だからな。もう少し加減が必要だったか」
 谷村は渋い表情でデータ表に目をやる。私はゾッとした。あんなパワーの腕と組み合っていたら、どんな目に遭わされたのだろう。
「競技台の破壊による反則で、ワンパクボー2選手、失格」
「えっ…」
「よって、ウイナー石岡選手。無差別級優勝は決定!!」
 レフェリーの宣言により、私は宙に浮かんだ。腕相撲の選手たちが私を抱きかかえてくれたのだ。口々に祝福の言葉を浴びせてくれる。
「やりましたね、石岡先生」
 その中に西城ワタルがいた。リナも泣いている。
「さすがは黄金の右腕です」
「いや、でももう原稿を書くときだけに使うよ」
 私は本心からそう言った。結局、一度も真剣勝負をしなかった。腕相撲の実力はまったくわからない。いや、この先も知る必要はないだろう。今夜は勝利の美酒には酔えそうにない。
おしまい 「石岡君、アームレスリング大会に出る」おしまい
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