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頑張れ!石岡君
石岡君、アームレスリング大会に出る 3 「石岡君、アームレスリング大会に出る」3 優木麥 石岡君、アームレスリング大会に出る 3
   

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「ウイナー、石岡選手。文化人・タレントの部で優勝!!」  私の手が高々と挙げられた。あれよあれよの間に次々と勝利の山を築き、私は優勝してしまった。世の中では、これを「出来レース」と呼ぶだろう。なにしろ、対戦相手が主催者に因果を含められていて、勝手に負けてくれるのだ。腕相撲という勝敗がハッキリしている競技では、まるで私が連戦連勝の勇者に見えるかもしれないが、その実、気分は判然としない。真剣勝負をしたいと格好をつけるわけではないが、人前で「戦い」と「勝利」を演じることに違和感を覚えるのだ。
「やったね、石岡せんせー!」
 抵抗感を覚えるもうひとつの理由が、このリナの存在である。私のセコンドに付いてくれているが、本来なら彼女の兄の西城ワタルの汗を拭くべきだ。
「まあ、ね」
「さすがは、お兄ちゃんの弟子ね」
「まあ、う、うん…」
 せっかくリナに誉めてもらっても、嬉しさは半分といったところか。とにかく、腕相撲大会に参加して優勝するという、奇天烈な依頼は果たしたわけだ。これで、私の肩の荷をドサッと下ろせる。
「石岡せんせと、お兄ちゃんが対戦したらどっちを応援すればいいのかなあ」
 リナが文字通りの小首を傾げる。子供らしい設問に、私は笑顔を見せた。
「そんなことにはならないから悩まなくても大丈夫だよ」
 ところがリナの表情は明るくならない。
「でも、次の無差別級トーナメントで勝ち進んでいけば、当たる可能性があるでしょう」
「はっ……」
 私は難解な専門用語を耳にした顔をしていただろう。リナは何を言っているのだろうか。「次の」とか「無差別級トーナメント」とか、いちいち意味がわからない。
「石岡せんせって、うっかりしてるのね。各部門の優勝者は、本戦の『無差別級トーナメント』に参加するのよ。真の優勝者を決めるのはこれからじゃない」
 さも当然という感じでリナが言う。私は何かを言おうと口をパクパクと動かした。しかし、しばらく言葉らしい声は出せなかった。
            
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「ぼくを騙したと考えていいのでしょうか」
 私は激昂していた。忙しそうに歩き回る越川をつかまえて、事情を問いただすと、彼は不思議そうな顔で答える。
「無差別級トーナメントに出場するのは、各部門の優勝者の義務です」
「聞いてません」
「それは、事前にルールやシステムを確認しなかった石岡先生の責任ではないですか」
「うっ…?」
「どうせ一回戦負けだからとか、出ればいいんだという意識でいたのではないでしょうか。その結果、この『カイナ−1』の目玉のトーナメントをいま知って『騙した』などと不穏当な発言をなさるのですか」
「いや、それは……」
 思いのほか、越川が正論を言うため、私のほうが戸惑う。
「文化人・タレントの部が出来レースだとわかったとき、石岡先生は『八百長で勝っていくのは抵抗がある』とおっしゃいましたね?」
「ま、まああのときは、そういう気分で……」
「さあ、遠慮は要りません。今度はガチガチの真剣勝負です。存分に戦ってください」
「ちょっと待ってください。その無差別級トーナメントには、西城君が出場するのでしょう。それなら、ぼくが出る意味はないじゃないですか。優勝賞金は、彼が獲得してくれますよ」
 私はせめてもの反撃を試みる。越川が大きく首を横に振った。
「準優勝者にも賞金が500万円出ることになっています。私の希望としては、決勝戦のカードが西城君と石岡先生の組み合わせになることです」
「なんで、そんなに大盤振る舞いな賞金トーナメントなんですか」
 私は頭を抱えてしまう。
「スポンサーがついていれば何の問題もなかったんですけどね。今さらそんなことを嘆いても仕方ありません。石岡先生、簡単なことです。勝てばいい。それだけなんですよ」
 それが一番難しいのである。ドアがノックされ、スタッフが入ってきた。
「越川さん、無差別級トーナメントの組み合わせが出来ました」
 手渡された紙を見つめた越川が私に笑いかけた。
「ご覧ください石岡先生。この一回戦の組み合わせを」
 私が目をやると「石岡和己」の隣の名前は「シャンティ鈴美」となっている。
「どういう選手なんですか?」
「成人女子の部の優勝者です」

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「エントリーナンバー4番、石岡和己選手」
 レフェリーに呼ばれて私は競技台の前に行く。いよいよ無差別級トーナメントの始まりである。対戦相手の「シャンティ鈴美」選手が目の前に現れた。第一印象は意外のひと言だ。なにしろ、成人女子の部の優勝者である。美容よりプロテイン摂取、体脂肪率の数字に一喜一憂する筋肉質な女性をイメージしていた。ところが、ペコリと頭を下げた女性は、長い黒髪が印象的で、たおやかで風が吹いたらよろめきそうな体つきである。
「では両者、前に…」
「レフェリー、少し準備をしていいですか?」
 鈴美がタイムをかける。
「何ですか。準備といいますと……」
「試合前の儀式、身だしなみを整えたいのです」
 鈴美はハンドバッグから手鏡を取り出している。
「お化粧ですか?」
「そのようなものですわ」
「対戦相手が待っています。なるべく急いでください」
 渋々といった感じでレフェリーは許可した。鈴美はハンドバッグから次々と小道具を取り出していた。
「楽勝っぽいね。石岡せんせ」
 リナの感想は無理もない。私が「文化人・タレントの部」で快進撃をくり広げたのは、本当の実力だと信じているからだ。その「優勝者、石岡和己」の力なら、試合前に化粧をしている女性の細腕に負けるとは思えまい。ただ私自身、ほんの少しだけ、もしかしたら、という気持ちが芽生えたことも事実だ。筋力には男女差があると聞いている。もちろん、仮にも鈴美は成人女子の部で優勝したのだから、おとなしそうに見えて、いざ試合となれば別人のように強い可能性は高い。だが、それでも丁寧に白粉をはたく彼女の姿には、私でももしやというイメージが湧いてしまう。
「シャンティ選手、まだですか」
 シビレを切らしたレフェリーが催促する。鈴美は立ち上がった。化粧というよりドーランに近いほど白塗りした顔には、赤いアイシャドーが濃く引かれている。まるで京劇の役者のようだ。
「お待たせしてゴメンなさいね。準備は出来たわ」
「それでは、両者…」
「石岡さん、さっきの時間にお祈りは済ませたかしら?」
「へ、お祈り…?」
 鈴美のしゃべり方や漂う雰囲気がまるで変わっている。底冷えのする恐怖が私の背筋を貫いた。
「唯一の時間でしたのよ。怪我は最小限で済ませて欲しいと神様にはお祈りするにはね」
「何のことでしょうか」
「不思議でしょう。こんなナヨナヨっとした私が、なぜ女子の部で優勝できたのか」
「いや、でもそれは……」
「お見せしましょう。口寄せの術を」
「口寄せ…?」
 聞いたことがある。いわゆる憑依という現象だ。亡くなった人物の霊を、巫女が自らの肉体に一時的に宿らせる。恐山のイタコが有名である。
「私は、その口寄せが出来るの。初めて対戦相手の前でやってお見せするわね」
 鈴美が盃に注いだ神酒を一息に呷る。
「まさか……」
 鈴美がニイーッと笑った。私は競技台から一歩、あとずさってしまう。
「覚悟はいいわね。さあ出でよ、雷電為右衛門!!」
 目を閉じた鈴美が天に手をかざした。雷電為右衛門とは、江戸時代に活躍した伝説の力士で、勝率9割6分という驚異的な強さを誇りながらも、横綱になれなかった男である。そんな怪物と一心同体になられたら、私は勝ち目があるかないか以前に、競技台から生還できるかを心配しなければならなくなる。鈴美がゆっくりと目を開けた。
「ワシが、雷電為右衛門である!」
つづく つづく
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