島田荘司 on line
on line top Weekly Shimada Soji top
頑張れ!石岡君
石岡君、アームレスリング大会に出る 2 「石岡君、アームレスリング大会に出る」2 優木麥 石岡君、アームレスリング大会に出る 2
   

…
「ここに、アームレスリングトーナメント第一回『カイナ−1』の開催を宣言します」
 壇上の越川がマイクの前で叫んでいる。ついに、腕相撲大会の幕が開く。固辞すべきだった私だが、越川や西城の熱意にほだされて、出場を押し切られてしまった。だが、会場に来て、後悔の念がムクムクと沸いてくる。なにしろ、私の視界に入るのは、丸太のような腕や、鍋カマを胸に詰めたような体格の持ち主ばかり。貧弱な肉体の自分が、あまりにも場違いである。
「石岡先生、楽しみましょうね」
 隣の西城が声をかけてくれた。彼の体つきもゴツくはない。しかし、西城は海外のアームレスリング大会で上位入賞経験があるのだ。この世界では有名らしく、会場入りすると共に何人もの選手からサインや記念撮影をねだられていた。
「カタくなっちゃダメです。筋肉をやわらかく、リラックスさせて」
 西城は私の肩にタオルをかけて効果的なマッサージを施している。
「石岡センセー、頑張ってね」
 ポニーテールの少女が私の額の汗を拭ってくれた。彼女は小学四年生でリナ。西城の妹であり、彼と私のセコンドである。
「うん。やるだけやってくるよ」
 私はリナにうなずいた。越川は「タレント・文化人の部」で私に優勝を託す理由として、アームレスリングの世界で無名の人物が勝って欲しいと言っていた。芸能界でも体力や運動能力によって出演できる番組が増えているらしく、誰か特定の人間に注力しようにもバランスが働いて難しいらしい。いずれにせよ、私が優勝して賞金を発生させない作戦がうまくいくかどうかは、結局は私自身の腕相撲力にかかっている。そう考えると不安というより、絶望的な気分に陥る。
「長期戦は不利です。最初の瞬発力で一気に持っていくんです」
 直前までの一時間、私は西城の指導の下、瞬間的に力を発生させるトレーニングを積まされた。彼の合図と共に腕、ヒジ、上腕、手首を連動させて力を出すのだ。口で簡単に言っているが、その通りにできたら苦労はない。また私は緊張しがちな本番に弱いタイプなので、トレーニングの成果が出る自信はスズメの涙ほどだ。
「エントリーナンバー7番、石岡和己選手」
 私の名前が審判に呼ばれた。壇上に向かう私はすでに打ちのめされた敗者のような歩き方である。
「エントリーナンバー8番、ディック・ピルマン」
 対戦相手の名前を聞いて私は顔が引きつった。ディック・ピルマンとは、白人のテレビタレントで、本業はボディビルのインストラクター。全身が筋肉の塊に見えるパワー溢れる巨漢である。
「カモン、イシオーカ、カモーン!」
 壇上のディックは早くも私を挑発している。顔が真っ赤で、赤鬼のようだ。なぜ、私はこんなハメになったのだろう。彼と腕相撲で勝たなければならないなんて、これが悪夢なら早く目が覚めてくれ。
「壇上では、私語は謹んで」
 スキンヘッドのレフェリーが鋭く注意する。
「では、ルールを説明します。私の合図で同時にエルボーカップにヒジをついてください。さらに相手と手を組み、ドントムーブと言ったら、もう動かしてはダメです。さらにレディ、ゴーで力を入れてください。相手の手の甲を競技台に着けた方が勝ちです。もし、手の甲が競技台に着かなくても、レフェリーの権限で優勢な方を勝ちにするケースもあります。よろしいですか」
「はい……」
 あまりレフェリーの声が頭には入っていなかったが、私は蒼白な顔でそう答えた。ディックは今にも食いつきそうな顔で私を見ている。
「早くゴングを鳴らしてくれヨ。ボディが火照ってタマラナイんだ」
「私語は謹んで。注意点を挙げます。試合中にエルボーパットからヒジを外すことは反則です。また故意に握り手を離したり、気合以外の言葉を発したりする場合は、失格になることがあります。また、あらゆる状況において、レフェリーが危険とみなせば、即座にストップをかけるので、覚えておいてください」
「はい……」
 もう、すでに私とディックの取り組み自体が危険なのだ。この段階でストップをかけてもらっても、私に異議はない。
「何か質問はありますか?」
「アクシデントは仕方ナイよね?」
 ディックが舌なめずりをしながら訊いた。
「アクシデントとは?」
「こっちにはその気がないけど、相手の腕が脆すぎてブレイクしてしまう。そんな場合のアクシデントさ」
 なんとディックは、試合中に私の腕を折っても文句はないかと確認しているのだ。急に膝がガクガクと震え出した。彼がまっすぐ私の目を見つめている。私はこの場から逃げるか、卒倒したい気分で一杯だ。
「アクシデントは100%は避けられません。各選手もそれぞれに覚悟をしてエントリーしているはずですから」
 レフェリーの言葉が私には死刑宣告に等しい。私の腕はあと数十秒後に折られてしまうのか。一ヶ月ぐらいはギブスの生活になりそうだ。そうなると、今後の原稿の締め切りはどうすればいい。口述筆記を頼むしかないのか。いや、そんな悠長なことを心配している場合ではない。骨折の痛みを想像すると恐怖に叫びたくなる。
「では両者。ヒジを付いて」
 いよいよ始まるのだ。私は泣きたくなってきた。
「頑張ってー。石岡せんせー」
 後ろからリナの声援が聞こえた。私は振り返ってうなずく余裕もない。彼女の期待には応えてやれないが、逃げずに対戦することで精一杯だと理解して欲しい。
「手を組んで」
 ついにディックの腕と触れ合った。太い腕は起重機か何かのレバーを握った感覚だ。
「カモーン、イシオーカ!」
 怖い顔でディックが威嚇する。私は半泣き状態だ。誰か、この運命をなり替わってくれるという奇特な人物はいないものか。
「ドントムーブ、レディー、ゴー!」
 レフェリーの宣言に私は必死で力を込めた。西城に教わったトレーニングの成果をほんの一瞬でも出したかったのだ。たとえ、私が120%の力を発揮したとしても、とてもディックに勝てるとは思わなかった。だが、事実はおうおうにして人間の予想の範ちゅうを超えてしまう。このときがそうだった。私はディックの腕を倒していたのだ。
「ウィナー、石岡選手!」
 レフェリーが自分の右腕を高く上げているときも、まるで白昼夢の出来事のように私の脳内では事態が把握できていなかった。

                                   ●

「あんなに石岡先生の顔が引きつるとは思いませんでした」
 控え室で越川はお腹を抱えて笑っていた。対照的に私の表情は憮然としている。
「アイムソーリー、イシオーカさん」
 ディックが人の良さそうな顔で何度も頭を下げた。私は釈然としなかった。つまり、すべてが事前に仕組まれていたのである。ディックは私に負けることを了承して、最初から勝つ気などなかった。ましてや、アクシデントで腕を折るなんてパフォーマンスは、場を盛り上げるための演出だったのだ。
「石岡先生には優勝していただかなければなりませんからね。話のわかるタレントさんには敗北をお願いをしてあります」
「ひどいじゃないですか」
 ようやく私は不満を口にした。あの瞬間は、口から心臓が飛び出そうなほど緊張して、覚悟を決めたのである。その思いを侮辱された気分だ。
「まあまあ、石岡先生に事前に勝利を教えていたら、あれほどのリアリティは出ませんからね」
「それにしても、八百長で勝っていくのは抵抗があるんですけど…」
 腹立ち紛れに私はそう言う。アームレスリングは確立されたひとつの競技である。それを主催者の都合で、演出された勝負を見せるなんて冒涜ではないか。神聖なる試合に臨む選手達に対して礼を失していると思う。
「お怒りはごもっともです。でも、この『タレント・文化人の部』は、言ってみれば花相撲というか、初っ切りといいますか。参加している皆さんもなにがしかのギャラを支払って来てもらっているわけですから、そんなに青筋を立てる問題ではないですよ。成人男子の部に関しては、勝敗をイジルことなく、ガチンコで西城君が勝ちあがっていますしね」
「ああ、そうですか」
 自分にトレーニングを施してくれた恩もあり、好青年の西城には是非優勝して欲しいと願っている。
「さあ、石岡先生。快進撃で優勝してしまいましょう」
 越川の能天気な言葉に私の顔がほころぶ。この時点では、まだ後に起こる悲劇について、誰も想像していなかった。
つづく つづく
…
TOPへ ページトップへ

Copyright 2000 Hara Shobo All Rights Reserved