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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第96回
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11−28(水)、ミステリー・チャンネル。
護国寺の光文社に行き、「ミステリー・チャンネル」なるテレビに出演する。といってもこれはCS放送、業界の人だけが見るケーブルTVである。このテレビに、光文社が提供している「ミステリー・チャンネル」という番組があり、ここでぼくが責任編集をした書き下ろしアンソロジー、「21世紀本格」の企画意図について、説明をするというものだった。
収録の場所は、新装なった光文社の応接間で、行ってみると床をシールドが這い、テレビ・カメラがいた。そしてインタヴュー役の可愛いタレントさんもすでに来ていて、待っていてくれた。
「21世紀本格」のアンソロジーは、12月13日発売と決定になった。そしてこの番組の趣旨は、「島田荘司先生、直撃インタヴュー」ということだったが、あまりインタヴュアーをわずらわせても悪いので、問いは待たず、こちらから積極的にいろいろと話した。この内容は、「Hot Stuff」という書店配布用の小冊子に紹介されているので、以下で引用しておく。

責任編集・島田荘司氏、『21世紀本格』を語る!

●本格ミステリーとはなにか。
「『本格』というのは、要するに論理的な小説のことだと思うんですね。『モルグ街の殺人』を例に挙げれば、幻想小説でありながら科学論文でもある。極端に言えば、ですが……。それが本格のミステリーだと考えるんです。ミステリー現象が起こっているが、同時に科学の発想を持ち込んだ、論文のように理路整然とした、その論理自体が美しい小説、という意味あいに、私はとらえているし、この考え方で正しいという自信があるんですね」

●アンソロジー『21世紀本格』のコンセプトは。
「簡単に言うと、その『モルグ街』の原点に戻れ、ということなんですが、『モルグ街』の根本の精神は、当時の最新科学の達成というものと、それまでの欧米文学によく現れていた幽霊現象、神秘現象というものとを出遭わせたことにあると考えるんですね。幻想小説やフェアリーテイルにおいては、幽霊がやったこととしてすましていたものを、ポーという人が、当時の最新科学の方法で、冷静な論理を用いて、その原因を解明した。そういったことが画期的であったと思うわけです。これに欧米の陪審員制度の精神が結びついて、本格ミステリーの歴史になっていった。
その流れを踏まえた時、今までの本格ミステリーは、今申し上げたような科学や、冷徹な論理思考の材料というものが、19世紀の『モルグ街』の時点で止まっているんですね。血液型とか指紋とか、そういったあたりで止まっている。ところが21世紀が明けた今、科学を、あるいは法医学を俯瞰してみると、もうそういう場所にはいないんです。遺伝子の解読や、脳の科学、PCのヴァーチャル、AIやロボットというところまで来ている。こういった最新の科学と幽霊現象とをもう一度出遭わせて、新たなモルグ街を演出してみたらどうだろうかというのが、このアンソロジーのコンセプトです。今回集まった作品は、それぞれの作品のテーマが見事に分散し、しかも網羅されて、ほとんどダブることがなかった。特に意図することなく現れたこの結果を見て、私は、このアンソロジーの意義と成功を確信しましたよ」

これが終ると別の応接間に導かれ、今度はご近所のお隣組、「週刊現代」のインタヴューだった。こちらもインタヴュアーは若い女性だったが、彼女はミステリーにも造詣があるとみえ、質問が的確だったので、話すことが楽だった。話した内容は、むろん似たようなことだ。

続いて会議室に案内された。すると大テーブルに、光文社文庫の吉敷シリーズの新装丁がずらりと並んでいて、壮観だった。何度かの打ち合わせを経たものなので、納得できる出来だ。しかしこれはまだ途中段階で、何種類かの紙を使い、いわば試し印刷になっている。どの紙への印刷がよいかを今判断し、使用する紙を決定する。
これはもともと、「涙、流れるままに」が文庫に降りることを契機に発想されたもので、だからまず「涙、流れるままに」の表紙だけを見せられていた。これを見る限りでは、つるつるのPP加工に、ちょっとブルーがかった純白という、ごく常識的な線を考えていた。しかしこうしてできあがった一群をいちどきに俯瞰すると、錆びが渋く浮く、セピアがかったアンティークの小宇宙が現れていたので、この考え方はあきらかに修正の必要を感じた。
詩集のようなこの瀟洒な手触りを生かすには、ブルーイッシュより、黄ばんだ紙の方が馴染む。そこでちょっと型破りだが、ヴァンヌーボという、黄色寄りで少し凹凸のある紙を選び、PPでなくニス引きという、これもいささか危険な方法を選択することにした。ヴァンヌーボは紙が薄く、これにニス引きというと、さらに薄いままという方向に行ってしまう。下が透ける危険があるのだ。しかしこの方が、手に取る人に、手作りめいた肌触りを伝えてくれるだろうと考えた。編集長は苦笑という面持ちだったが、ぼくの説明に頷いてくれた。

選択の仕事を終えると、ロビーに降りて講談社の秋元さんと落ち合い、銀座に出て「唐井筒」という店ですっぽん料理を食べた。仕事も多かったし、ちょっと精をつけようということだった。
すっぽん料理は子供の時に広島で食べて以来だったが、なかなかおいしいものだった。刺身が多かった。途中、小さなガラスのコップにすっぽんの生き血が出てきて、色といいちょっと気味が悪かったのだが、りんごジュースが混ぜられていたようで、飲んでみたら甘く、まったく抵抗感がなかった。
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