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島田荘司のデジカメ日記
第95回
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11−27(火)、紅葉の井の頭公園。
秋の井の頭公園も美しい。この日記はこれで、井の頭公園の四季を紹介し終っただろうか。雨の井の頭公園、雪の井の頭公園、桜の季節に、紅葉の季節。近くに住んでいなくては、こういう季節の表情は、忙しさでつい見逃してしまう。
花をつける樹木の不思議は、盛りの時以外、周囲の自然にまぎれてしまって目立たないということだ。春の満開のシーズンになると、この樹も、おや、あの樹も桜だったのかと、池の周囲を埋める桜花の大群を見て毎年驚く。桜の樹は、春には別の存在になる。
理由を、こんなふうに思う。花をつける樹木は、LAのジャカランダなど特にそうなのだが、満開の時には葉がまるで見えなくなってしまう。これはいつも不思議に思うことだが、満開の時、ジャカランダは青い花だけを付ける葉なしの植物に思えて、だからまるで別の樹木だ。しかし満載していた花が落ちると、オーラが消えるようにして葉が現れ、いつもの平凡な樹に戻る。
紅葉がまたそうだ。葉が赤くなると、これは紅葉の木だったのかといつも驚く。普段は忘れていて、まるで気づかないのだ。葉が緑の頃は、紅葉する木々も、井の頭公園という完結した自然を構成する片隅の要素になってしまって、まったく目を引かない。
井の頭公園の木々は、それぞれ盛りのシーズンを持っていて、この訪れまではごく平凡な姿で満を持している。出番が来たら、おのおのが華やかな衣装をまとってスターになる。春が華の桜、秋がよい紅葉、ゴジラの樹は夏がいい。植物たちにもそんな世界がある。

以前T橋さんとここを歩いた時だったか、男子校剣道部の、歩くタレント年鑑だった頃の知識を紐とき、彼がこんな薀蓄を語っていた。布施明という歌手は三鷹の出身なのだそうだが、そういえば実家の職業を訊かれて、彼がインテリア関係と答えたと、加賀まり子だったかにからかわれていたのをぼくも知っている。インテリア関係、すなわち三鷹の畳屋で、T橋氏によると、彼は三鷹から、太宰治が入水自殺をした玉川上水に飛び込み、吉祥寺のこのあたりまで泳いできて、井の頭公園で崖をよじ登り、続いてタタタとここまて走ってきて、どぼんとこの池に飛び込んで、しばらく泳いでから帰ったという話をしていたそうだ。
そういう時代もあったのであろう。なんだか吉祥寺の話というより、貝繁村の夏のようだ。今はもう井の頭公園の池は、酔っ払いしか飛び込まない。それももう聞かなくなった。今誰かが飛び込んだら、公安条例あたりでお巡りさんが来そうだ。公園から望めるビルの数も増えてきて、それだけ吉祥寺は都会になったのだろう。
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