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島田荘司のデジカメ日記
第94回
 
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
11−23(金)、血染めシャツ、戻る。
そして期待して待っていた11月23日、このようなメイルが、安倍弁護士より飛び込んできた。第一級の証拠品が、ついに還付されたのだ。

弁護士の安部です。秋好さんの押収物件(カッターシャツ、丸首シャツ、ズボン、パンツ、靴下など)の還付請求の件ですが、飯塚の裁判所と話がつきまして、今月(11月)28日に、私が受け取りにいく予定にしています。先日お会いした時に先生がおっしゃったのがきっかけになって、重要な証拠物がわれわれの手に入ることになりました。今後は、この証拠をどう活用できるかが問題だと思います。これを鑑定して下さる専門家が見つかれば嬉しいのですが、それはそうとして、とりあえず、せっかく手に入った重要な証拠を、写真やビデオなどできちんと保存しておくことが必要ではない かと思います。証拠物は時間が経つに連れて変質していく可能性があるからです。虫食いもあるかもしれませんし、われわれが使いやすいように、映像に残すことも必要なのではないでしょうか。
それからこの機会に、せっかく手に入った証拠物をみなで観察して、自由に意見交換する機会を設けるのもよいのではないでしょうか。それからこれらの証拠物を、誰が、どのように保管するのがよいのかも、議論した方がよいと思いますが、いかがでしょうか。ご意見をお聞かせ下さい。

そこでぼくは、即刻以下のような返事を、弁護団と廻していたCCメイルに書いた。これがどれほどの朗報であるかは、これまでK名誉教授1人に頼り、さんざんに振り廻され、また証拠品をもう2度と手にできないので、別の鑑定人に依頼ができず、ために証拠品なしで鑑定書を書いてもらう方法はないものかと悩んだり、苦肉の策で血液付着実験を発想したりと、ずいぶん悩まされた、そういう者でなくては解らないであろう。これでついに、新しい鑑定人を探して依頼することができるようになったのだ。血液付着実験への依存度は、これで大きく後退した。

島田荘司です。
本日安部先生より、証拠品の還付がなりそうだというメイルをいただきました。これは快挙ですね。今後の秋好事件が、これで大きく進む可能性が出てきました。みなさんのお住まいが近くであれば、是非祝杯をあげたいところでした。安部先生、どうもお疲れ様でした。
証拠品の保管、そして撮影などに関して、これからみなで知恵を絞り合いたいところです。たった今の私の考えというものは特にないのですが、金田さんなどに、うまいアイデアがあるかもしれません。しかし残念なことに、彼はもう大阪の仕事に入ってしまいました。現在関西です。彼とは先日お会いし、話しましたが、このCCメイルも、金田さんにだけは届かない可能性があります。
ともかくこれで、新鑑定人をたてられることになりました。とりあえず、大阪の山住先生のご紹介の線を、頑張っていただければと思います。
東大の岩波先生の方ですが、動いてくださいました。しかし大変残念なことに、東大はその種の鑑定はやっていないということです。特にDNA鑑定は、すべて外注になるという話で、先生は引き続き外部をあたりましょうかと言ってくださっていますが、費用の問題があります。2組となると、2百万という金額が必要になる可能性があり、すぐにはちょっと無理なので、東大の方はいったん休止して、山住先生の線の結果を待ってくださるようにと、本日岩波先生にはメイルしました。
この鑑定料捻出の問題も、われわれは考える必要があります。全体でいくらくらいかかりそうか。この費用のいくぶんかを大城さんが負担してくださる可能性があるものか、もしあるとすればそれはいくらくらいか、ちょっと尋ねてみていただけないでしょうか。あるいは、ほかにカンパしてくれそうな人の可能性もあるものか。それらによって、私が作る額も決定されてきます。
それから、この費用の積み立てのため、秋好さんへの私からの送金も、これで休止してもよいものか否か、尋ねてみていただければと思っているのですが。
さらに一点、証拠品が帰ってきた今、もう一度K先生に依頼するという線もあり得るものか否か、これらについても、みなさんのご意見、お考えなどあれば、お聞かせください。
いずれにしても、これは大変によいニュースでした。秋好さんも喜ぶでしょう。この展開は、岩波先生にもお伝えしようと思います。

そしてこの内容を、その日23日のうちに、岩波先生にも伝えた。すると彼も即刻、次のようなメイルを戻してくれた。

島田先生
お忙しい中、詳しいご返事をいただき、ありがとうございました。現在の状況はよく解りました。
東大の件は、ご期待どおりの結果が得られず、申し訳ありません。私も個人的に可能な範囲で、(御迷惑をかけない程度に)もう少しいろいろあたってみようと思います。実は今日の夜、法医学教室のA先生が時間をとってくれるという予定なので、全国的にDNA鑑定が可能な施設を聞いておこうと思います。

先生と秋好さんの書簡集、ようやく9割ほど読み終えました。以下は個人的な感想なので、読み流していただければよいのですが、「死刑廃止」の前提として、あるいはそれと同時に司法組織の改変を行う必要があると感じました(話をもっと大きくしてしまえば、島田先生の言うところの日本的なシステムの改変のためには、現在の公務員制度を「抜本から変える」、あるいは「原則としてなくしてしまう」ことが必要であると思います)。
話を司法に戻せば、明らかな「誤審」をした裁判官、あるいはその事件にかかわった検察官は、現状では個人的にペナルティーを受けることはないと思います。医師の場合では、誤った治療をしたら、個人的に賠償を求められます。裁判官や検察官を監視し、誤った判断にはペナルティーを与えるような「外部」のシステムを作らないと、彼らは現状のまま「組織」の中に安住してしまい、誤った裁判の数は減っていかないのではないかと感じました。

12月1日はぜひ出席したいと思っていたのですが、A井さんに少しお話したように、当日地下鉄サリン事件の被害者のデータとりの仕事があるため、かなり遅くなってしまいそうです(脳のMRIをとったり、私の専門領域で、脳波の一種である、事象関連電位という成分を記録したりしています)。申し訳ないので、その日は欠席とさせていただこうと思います。

私も40代のなかばになり、体力の衰えを感じる毎日です。先生はとてもお元気そうでしたが、無理をなさらずに健康に留意して毎日をお過ごしください。微力ですが、私に可能なことであれば、何なりとご相談ください。先生の1ファンとして、いつでもお手伝いいたします(石岡くんより役にたたないかもしれませんが)。
それでは、またお会いして、ミステリの話をお聞きできる日を楽しみにしております。
岩波明

翌24日、続いて岩波先生から、以下のようなメイルが来た。血染めのシャツが戻ってきたと単純に喜んでいたが、事態はそう簡単なものではなかった。それで裁判所は、この第一級の証拠をあっさりこちらに戻したのかと、そう勘ぐりたくなるような報告だった。一読、気分が沈むような心地がした。

島田先生
今少し前に、法医学教室のA先生と会うことができたので、忘れないうちに要点をお知らせしておきます(A先生には、先生の『秋好事件』の文庫版をさしあげておきました)。
先生からいただいたメールを元に、鑑定の具体的な作業についてお聞きしたのですが、結論からいうと、この鑑定は技術的にも、鑑定料という面でも、かなり厳しいものになる、というのがA先生の意見でした。

技術的に困難な点としては、古い材料である、複数の人物の血液が混入している、元の個人を特定できる材料がない(人物の識別はできても、個々の特定が難しい)、被害者同士が血縁的に近い、などの点をあげていました(しかしこれらは、時間はかかるが、さまざまな技術を駆使すれば鑑定は可能だろうということです)。
上記の点と、血痕が多量にあることを考えると、時間的には1年近くかかってもおかしくない、費用も100万程度では無理で、なんと500万(!)を超えてもおかしくない、という話でした。

このようなDNA鑑定が可能な施設についてですが、旧帝大ではおそらくどこも扱っていないとのこと。可能性のある大学として、C大、D大、E大をあげてくれました。
この中で、E大は元東大教授の先生が名誉教授をしており、以前はよく鑑定をしていたが、現在はリタイアしているので、大きな仕事を受けるかどうかは解らない、また検事よりの仕事が多かったということです。その点では、C大の教授(東北大の出身の先生のようです)が比較的弁護士よりという評判である、というお話でした。
もし費用がいくらかかってもよいという条件で、東大と、東大が外注しているB大の先生(歯科医ですが、東大の大学院卒とのことです)に共同で鑑定をお願いできる可能性はないか、とも訊いてみました。これもなかなか難しそうでしたが、可能性がゼロではないようで、その場合はまた相談に応じてくれるそうです。
以上あまり役に立たなくて申し訳ありません。必要な情報がありましたら調べますので、ご指示ください。
岩波明

カウント・エイトまでマットに寝ているような気分で、しばらく黙考した。500万もの金を、いったいどうやって都合するというのか。最大の問題点はそれだった。普通に考えれば、これはもう無理ということだ。
冤罪救済が遅々として進まない理由がこれだ。こんな大金を用意できる冤罪囚は、まずいない。真新しい証拠を、予算にいとめをつけずに調べられた検察。一方冤罪発生ともなれば、その時点で20年ほども時間が経過している。古色蒼然たる証拠を、乏しい予算の中で分析しようとする被告、ハンディはあきらかだ。
冤罪救済には莫大な金がかかる。高額の予算を組まなくては冤罪救済などおぼつかない。しかしそれは逆に言えば、高額の予算さえあれば、日本中の冤罪囚を救出できるということでもある。
ぼくは岩波さんに返事を書き、調査のお礼を言い、ともかく気を取り直してやると告げた。
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