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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第92回
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島田荘司のデジカメ日記
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11−17(土)、「魍魎の函」、観劇。
赤坂の小劇場、「シアターV赤坂」に、京極夏彦氏の作品、「魍魎の函」を観にいく。これは友人の女優、荻須夜羽(おぎすよはね)さんが主演で、彼女が招待してくれたのだ。彼女の相棒的な存在である女優の、後谷智弥(こうやともみ)さんも出演する。講談社文三の作品なので、文三の秋元直樹編集者、そして後谷さんの後援会長を自認する南雲一範社長も誘って、赤坂見附まで観にいった。
荻須さんに以前、こんな話を聞いた。赤坂のある書店に、島田さんの大ファンがいる。島田さんの本を置いたあたりに手書きのポップが何本も立っていて、これにぎっしりと思い入れが書いてある、「占星術殺人事件」なら、初読の時自分がどんなにこれに衝撃を受けたか、「奇想、天を動かす」なら、これをまだ読んでいないあなたは本当に気の毒だけれど、これから読めるから幸せ者だとか、そんな説明がぎっしりと書き込まれている。とても的確で、共感できる内容なので、ああこの人は本当にファンなんだな、よく解っている人だなと思った、とそんなふうな話だった。そこで赤坂に来たついでに、この人に会ってお礼をいってこうと思い、3人で書店を訪れた。
広い書店で、講談社のコーナーに行ってみると、本当にそうだった。ポップがいくつか立っていて、荻須さんが教えてくれた通りのことが書いてある。感激して待っていたら、彼が現れて、「うわ、びっくりした!」と言ってくださった。以前に鮎川賞のパーティですでに会ったことのある人で、実に真摯な印象の人だった。
何かお礼をしたかったのだけれど、何も持っていなかったので、固く握手をした。そして後日、光文社の企画「21世紀本格」アンソロジーのパブリシティで、主だった書店にサイン色紙を書く計画があったので、彼にも必ず書くことを決めた。彼は、自分は雇われ店長だから、いずれまた別の店に行くことになる、今度は、もしかすると横須賀あたりになるかもしれません、と言った。
開演までまだ間があったので、手近な喫茶店に入り、秋元さんから「最後のディナー」の表紙の色校を見せてもらう。ところがこの時ぼくは、このデザインに対して致命的な誤りを発見した。画像のパーツも、色も、考え方も素晴らしいのだが、見せ方に技術的な間違いがあったので、これはちょっとまずいですと言った。装丁家の北見さんは、「Pの密室」四六版以来のお付き合いで、センスのよいオブジェのフォルムや、背景の色彩、陰影の上質さが身上で、ぼくは大のファンなのだが、実際にオブジェを作ってこれに光線をあて、アナログ的に撮影したものが多かった。ところが今回はオブジェの実物がなく、コンピューター処理で写真を合成したものだった。この際の陰影の処理が間違っており、空間が現れておらず、良い悪いの評価以前の段階だった。さして関心がない作家のものならこれでもいいのだが、北見さんのものなら強い拒絶観が来たので、即刻やり直してもらうことにした。
すると困ったのは秋元さんで、そうなるともう時間がなく、今すぐスタジオに直行しなくてはならない、のんびり「魍魎の函」を観ている余裕はなくなる。しかしそれはあんまり申し訳ないので、ではインターミッションまで観てはどうでしょうかと提案した。
「魍魎の函」は、とてもよいできであった。初日ということで、しかも大道具にいたるまですべて女性という劇団なので、途中で舞台装置が壊れかかったりと、かなりはらはらする場面もあったが、女優さんたちが魅力的に動き、原作にあるよい言葉、鋭い状況指摘が、樽の木片をまとめるタガのように、要所要所で効いていた。作家には、こういう声が頻繁に聞こえる時期がある。この状態を、大事に守り続けなくてはならない。
やがて途中休憩、秋元さんは立ちあがり、それじゃぼくはちょっと行ってきますと言って、デザイナーのところに飛んでいった。付言するとこの「最後のディナー」の表紙はそれから見事に修正され、これまで以上の水準であがってきた。
芝居が再開、この劇団は人数もたっぷりいるのに、この世界のスターであるところの荻須さん、後谷さんを客演者として呼んできて、1番いいところをあげているという印象であった。荻須さんの着流しも格好よかったが、後谷さんのスラックス姿、背筋を伸ばしたその歩き方や、きびきびした身のこなしに、南雲さんはうっとりと見とれていた。彼女は体つきのバランスがとてもよい。それから白いワイシャツ姿で刑事をやっていた人、女性を演じていた役者さん、みんなそれぞれに魅力があった。南雲さんは気が多いので、賛美の表現を言葉通りに信じてはいけないのだが、「後谷さんの写真、送ってください」と、後で何度か言っていた。
芝居がはねてから、南雲さんが舞台裏に声をかけ、月光の照らす劇場下の通りで、われわれは荻須さん、後谷さんが出てくるのを待った。出てきたらせいぜい労をねぎらい、もとTBSの建物のあたりまで歩いて、雑居ビルの中の居酒屋で祝杯をあげた。
舞台上では、着流し姿で渋く、男らしく喋る荻須さんが、こういう場所では明るく、女性らしいので、南雲さんもぼくも、なかなか違和感を感じて楽しかった。こういう時、役者さんが、格別魅力的に見える。中尾彬さんと話している時など典型的だが、ブラウン管や舞台で観せる仕事の顔と、素になっている時の態度との落差が、われわれ一般客には楽しい。江戸の頃からいるタニマチという人種も、この気分を味わいたくて、せいぜい財布をはたいていたのであろう。
夕食を終え、エレヴェーターで道に降りると、演技で疲れているだろうということで、後谷さんを家までタクシーで送ると南雲社長が言いはじめた。彼女の家は大森方面で少し遠い。タクシーを停め、並んで後部座席に消える二人を見ながら、荻須さんも一抹の不安を感じたか、
「おい後谷、明日ちゃんと来いよ」
と低くて太い声をかけていた。その一瞬だけ、また舞台上の空気が復活した。
後で聞けば、後谷さんはむろん翌日、ちゃんと定時に来たそうだ。南雲社長は紳士で、何もしなかったそうだ。
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