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島田荘司のデジカメ日記
第89回
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島田荘司のデジカメ日記
11−10(土)、森博嗣邸訪問。
翌朝、名古屋国際ホテルのロビーでA井さんと待ち合わせ、真っ先にやったことは、東京の氷川さんに電話を入れることだった。「21世紀本格」のアンソロジーのため、氷川さんはすでに短編を脱稿してくれていて、これはとてもよいものだったが、ぼくはさらに磨けると考えていた。
現在タイトルは「同い年」という、なかなか文学的で、象徴的なタイトルがつけられていたが、これを21世紀型の言葉にすることも考えていた。そして作中に、人工子宮から生れ落ちたと思われる男が現れるのだが、BSEによって人口が激減し、国民徹底管理が容易になった未来社会で、結果として透明人間となった彼を、もっと早くに前面に出し、優先順位が上位であることを宣言して、骨組をすっきりさせるのがいいと考えた。そういう修正案を、昨夜のベッドでまとめたのである。そこで今夜、世田谷の環八沿いのデニーズで氷川さんと会うことにする。
国際ホテルからは、名古屋名物の大地下街に直接降りられる。地下街でブランチを食べ、お茶を飲んでから、タクシーで森博嗣邸に向かった。
タクシーが住宅街に入り、一角で停まると、金属扉の向こうに広い敷地が見え、ブルーのポルシェ911が止まっていた。その横にあるのはホンダのビートで、なかなか車を知っている人物の組み合わせだった。A井さんがタクシーの運転手と話しているうちに、扉は内部からリモコン操作で開けられ、ふと見ると、ポルシェの前に森博嗣さんが立っていた。
森さんのお宅は、建築雑誌で見かけるような、実に素晴らしい内外装の家で、外国人が建てて住んでいたのだそうだ。彼がスリランカにコーヒー園をやりに行くので、これが売りに出て、Netオークションで見つけた。
ブルーのポルシェの脇を通って奥に向かうと、もうひとつ庭があり、ここには松の木をぬいながら、レールが一筋巡っている。そして建築雑誌ふうの家の玄関に入ると、土間にも重そうな小型の蒸気機関車が置かれてあり、見とれていると、美人の夫人が出てきて迎えてくださった。この人を森さんはスバル氏と呼んでいて、画家でもある。森さんのメフィスト掲載の作品に、挿絵を描いたりもしているのだと、これはのちになって知った。
室内に入ると、木材を貼った暖かげな壁、すみにはオレンジ色をした洒落た薪ストーヴ、革張りのソファーと対のテーブルには、内燃機関の模型が載っている。これは実際に駆動するそうだ。先の土間の蒸気機関車もそうだが、イギリス製で、やはりオークションで手に入れたのだという。
居心地のよい居間のガラス戸からは、バーベキュー・パーティが開けそうな広い板張りのヴェランダが覗け、手すり越しには、松の林が見える。隣室はというと、模型機関車の専用室になっており、ここでは人は生活しない。シェットランド犬が一匹いたが、もう老犬だそうで、おとなしく、利発そうである。隣室に入って、機関車を1台くわえていって庭に埋めたりはしないらしい。
ぼくは他人の家や家族をうらやましく思う習慣がないが、この家と家族にははじめてそう思った。居心地のよい居間で、夫人の淹れてくれたお茶を飲みながら、われわれはポルシェのこと、自動車一般のこと、ウラル・アルタイ・マンチュー・ツングースの言語学のこと、EVのこと、フューエルセルなど未来エネルギー機関のこと、高度の日本語を書ける人だけがかつかつ食べられるようにできている日本社会のこと、日本語人の特色、森さんが意外にももとは漫画を描いていて、今でも自分の1番の能力は漫画だと思っていること、など、いつ果てるともしれず雑談を続けたのだが、このような環境で、助教授として学究生活、その癒しとしてのこの家での趣味の暮らしという、まことに理想的なバランス生活の森さんを見ていると、自分のろくでもないドタバタ人生が、いい加減嫌になってきた。
森さんは、家には大学の仕事のあれこれは、いっさい持ちこまない主義なのだそうだ。だからセメント工学の本など、1冊もない。ここには趣味の模型機関車、模型飛行機、そして小説書きの道具としてのPC、そんなものだけだ。文壇づき合いなどはいっさいやらず、だからここに訪ねてきた作家は、ぼくがまだ2人目か3人目だという。これは意外であった。新本格系の人たちがちょくちょく出入りしているのかと思っていた。東京での文壇パーティなどの俗事にはいっさい関わらず、新聞も読まない。そのようにして、趣味の時間を強引に獲得している。星座は射手座なのだそうだが、まことにそれらしい傍若無人なまでの割きりであり、時間使いの上手さである。
あっちこっちに首を突っ込んではにっちもさっちも行かなくなる、天秤座の悪いところをたっぷり持っているぼくなどには、到底及ぶ境地ではない。いったいぼくはいつからこのような、ポンコツのトレーラーで寝起きし、朝から晩まで雑事に追われるような浮き草暮らしに身を染めたのであろう。そろそろ、もうちょっとはまともな暮らしをしたいものである。
森さんが庭に出て、機関車に乗せてれた。これは小さいが力が強く、点々と立つ松の幹をかすめて走る。松が線路ぎりぎりの箇所があるから、そういうところでは、こちらが体を傾けてよけなくてはならい。これは楽しい。家の中に遊園地がある気分である。
電気機関車は白いが、これは塗装前だからで、しっかりして見えるが、実はボール紙製なのだそうである。森さんがすべてデザインした。設計図を見せましょうかと森さんが言って、見せてくれたものはほんの10cm四方くらいの簡単なスケッチである。これであれができるのですか、と驚いてしまう。以前ピラミッド学の吉村教授に会った時、当時のピラミッドの設計図は、本当に手のひらに載るくらいの小さなもの、と彼が言っていたのを思い出した。
設計図を見せられたそこは、ふと見れば小説家森博嗣の書斎なのであった。作家の書斎としてはまことに型破りで、本がない。代わりにあるものはたくさんの模型飛行機だった。大小の模型飛行機、作りかけの模型飛行機、接着剤が乾いていないから、まだクリップがはさんである。そして壁には飛行機の写真。著名作家の書斎というより、高校生の勉強部屋のようだ。
しばし立ち尽くし、考え込んでしまった。ぼくの中学・高校時代もまた、外観はこのようであった。昆虫博士といわれ、次いで模型博士といわれ、街の模型屋に行けば顔パスであった。プラ模造り、特に面相筆を駆使した天才的な塗装の腕を買われて、みながうらやむ見本造りのバイトをしていたのである。あの輝ける島田荘司は、いったいどこに行ったのか。森さんは子供時代の夢を、こうしてきちんと実現していたのである。
それから時間が経つのも忘れ、日没後もわれわれは話し込んだのだが、そしてそれはとても楽しかったのだが、ぼくとしては自分の人生への反省しきりで、内心なかなか考え込んでいた。
再会を約して家の前で別れる。会話の内容も濃かったし、充実した1日であった。氷川さんとの約束が待っているから、名古屋駅へとタクシーを飛ばす。森さんはこれから落ちついた一家団欒であろうが、ぼくはこれから明け方までのデニーズ・ミーティングである。ひたすらこのような人生だ。
名古屋駅のティールームでお茶を飲んでいたら、メニューにシャチホコ・シュークリームという変なものがある。ためしにとってみた。ついでに写真も撮った。昨夜の巨大ナナちゃん人形といい、ディスコ・カラオケといい、名古屋には変なものが多い。
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