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島田荘司のデジカメ日記
第83回
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島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
10−17(水)、「秋好事件」へのY教授の意見。
2001年の10月に入ると、「秋好事件」が突然大きな動きを見せはじめた。10月以降、「秋好事件」は激動の時期に入ったといえる。理由のひとつは、この時期有能な人材が複数、協力を申し出てくれたからだ。その最初が、俳優の金田賢一さんだった。
しかしこの時、われわれは八方ふさがりの、非常に悪い状況に陥っていた。再審の扉を開くには新証拠が必要だが、この手だてがない。最も強烈なものは冨江の真相告白だが、これはまるで期待できない。となると、これに次ぐものとして証拠の血染めシャツに対する再鑑定書ということになる。
しかし、血染めシャツを1度手にして鑑定した数少ない専門家であるK教授は、以前のような発言をしてくれなくなっていた。ほかの鑑定家を見つけたにしても、証拠のシャツがないのだから再鑑定の依頼はできない。それではと、血液の付着実験の報告を新証拠にもくろんだのだが、これは今や血液凝固防止剤という壁にぶつかっていた。これが入った血液は、生のものとはまったく違ったふるまいをする。
だがわれわれとしては、もうこの実験に挑戦する以外に道はなかった。そして実験を行うとなると、これに立ち会ってくれ、実験の意義を保証してくれる、やはり専門家の存在が必要だった。この専門家は、法医学者でなくてはならない。
金田さんは、関西の医大に優秀な臨床医の従兄弟を持っていた。血液の実験をするなら、廃棄処分する輸血用血液というものがあると教えてくれたのが、この山住先生だった。山住先生自身が実験に立ち会ってくだされば1番よいのだが、彼は臨床医であるから、法医学者を紹介することしかできない。先日の鮎川賞のパーティのあと、高橋弁護士をまじえたミーティングは、この点の段取りを相談するものだった。
われわれの計画は、山住先生に紹介された法医学の専門家に、これまでの公判の資料を見せ、まずは血液の実験は可能か否かを尋ねる。続いて実験に限らず、状況打開の道はないか、全体的な専門意見を聞く。もしも脈がありそうなら、この先生に実験に立ち会ってもらうし、これまでの法廷の資料を用いて再鑑定も検討してもらう、そんなことを考えていた。
そこでとりあえず、山住先生にこれまでの概略を掴んでもらえる資料を送ってくれるよう堀弁護士に依頼すると、弁護団からこのような返答が来た。

堀弁護士より、すでに山住先生にファックスしております。衣類(証拠品の血染めシャツ)の還付に関しては、安部弁護士が裁判所に問い合わせております。裁判所は、「調査するので待って欲しい」とのことです。
山住先生にお会いする日ですが、弁護団は11月23、24日を確保しています。23日に福岡を立ち、大阪で一泊して、24日に帰るということを考えております(弁護士によっては日帰りも考えているかもしれませんが)。島田先生、金田さん、A井さんもこの日は可能でしょうか。

このあたりの日にちになるのなら、ぼくは東京にいる予定にしていたから可能だった。金田さんを通じてそのように返答すると、まもなく山住先生から返事がきた。おおよそ以下のような内容だった。

ファックスの資料は、今Y先生という元K大法医学の教授に閲覧してもらっている。このY先生が協力を引き受けてくれるかどうかはまだ解らない。東京か九州に、よりふさわしい法医学の先生がいるかもしれない。11月に来阪予定で、面会を希望している件も伝えてある。ただ非常に多忙な方なので、弁護士さんにK大までご足労いただくことになるかもしれない。これは可能だろうか。
もし島田先生、賢一兄、弁護士さん、Y先生、一同に会した方が望ましいなら、夜の会合のセットアップにもトライしてみる。いずれにしても数日中にY先生から返事があると思うので、お待ちいただきたい。

夜の会合というのは、金田さんがその頃京都で長期の舞台の仕事が入っていて、会合が昼間なら参加できないという話だったからだ。そこでぼくも弁護士も、夜の会合を希望して、Y先生の返答を待った。
10月16日、返事が来た。金田さんは、従兄弟から返事は来ましたが、島田さんの意に添わない内容と思います、と前置きして伝えてくれた。山住先生の伝えてくれた内容は、資料に目を通した上での、Y先生の専門見解だった。おおよそ以下のような内容である。

実験での新たな証拠の提出は困難である。その根拠は、
1)実験自体は可能かもしれないが、その実験で加害者や被害者の身体の動きまでを再現するのは困難である。
2)最高裁での審議までに、通常3名程度の鑑定人が関与している。それぞれが解剖所見、解剖写真、血痕について吟味した上で、鑑定書を提出しているものと考えられ、それを覆すのは困難である。
3)通常右鎖骨下動脈分岐の切断による出血は、胸腔内出血が多く、体外にはあまり出ない。また、総頚動脈からの出血でも、吹き出すような出血より、流れ出る出血量が多く、飛沫痕にはなりにくい。
4)転写された血痕、いわゆるプリント痕は、通常一部しかつかない。
5)過去に同様の実験を行った事例がない。

島田先生、堀先生との面会については、事件に関することなので、もしも希望されるのであれば、大学にてお会いしたい、とのことである。
厳しい内容であったが、中間の労をとってくださった金田さん、山住先生には大変感謝した。翌10月17日、ぼくは弁護団に、やり取りを続けていたCCメイルで以下のような感想を書いた。

Y先生のお考えとしては、大学以外で会うことは歓迎でないというふうに読めますね。これまで連休を利用する形で話が進んでいましたが、Y先生との会見は、平日の方がよいのかもしれません。
Y先生のお考えは至極ごもっともですが、1、2、5、は、一般常識的なものと思います。世間や裁判所がこのように考えていることは、われわれとしてはすでに痛いほど承知しています。しかしいかに専門の鑑定人が複数関わろうとも(むろん大半は正しく処理されると信じますが)、少数の間違いは起こり得ます。再審が請求されているものは、その少数のケースと思います。
Y先生のご理解のうち、3に関しては、実際はこのようではないと思います。被告は、血に関して、「ホースでぬるま湯をかけられるようであった」と証言しています。被告の言を信じるなら、吹き出る血はあったという表現になっています。
その理由として、「秋好事件」の被害者の損傷の部位は、鎖骨下動脈分岐だけでなく、顎のすぐ下あたりというものが多いです。この点は面会し、先生に図をお見せして、お伝えしなくてはならない点かと思います。拙著にもこの図はあります。
4の転写に関しては、それがわれわれの証明したい点でもあります。転写されるのは血の一部ですから、飛沫痕は写らないということですね。そして背中の血の量はそう多くはないので、揉まれたり、撫で廻されたりで消滅はしないということです。
私が思うに、問題は袖口の大量血ですね。これをどう説明するか、ではないでしょうか。先生方、あるいはみなさんのご意見、聞かせてください。

堀弁護士は、大変残念な内容ですが、まずはお会いして、詳しくお話をお伺いすることが先決と思います、と言い、高橋弁護士は、Y先生のご意見は、要するに書面を読んだ上での判断でしょう。書面を読んだだけではそういう判断になるのは当然ですので、私としては不思議ではありません。堀先生がおっしゃるように、1度きちんとお話してみる必要はあると思います。その場合、もしかしたら考えが変わるかもしれません、それと、島田先生が指摘していたシャツの実物の血液鑑定は、現在のY先生の立場でもしていただけるはすですから、こちらを頑張る方がいいでしょう、と言った。
厳しい状況だが、ほかに心当たりがない以上、このY先生に賭けて、会ってみるほかはなかった。
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