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島田荘司のデジカメ日記
第77回
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島田荘司のデジカメ日記
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9−21(金)夜、秋好事件、福岡ミーティング。
飯塚市からの帰路、飯塚の街と秋好事件の現場は印象が強いと、A井氏は何度か語った。華やかな過去を持った飯塚には、特有の気配がある。駅前に、ビルはただのひとつもない。しかし駅は大きく、乗り入れている線路は多い。東京から来た者の目には、異様なほどに人の姿がない。こういう街は、もう変化はしないものらしい。
曇天の下のそんな様子は、いかにも殺人のあった街というふうだった。駅から離れるとさらにそうだ。秋好氏が血まみれの衣類を紙袋に詰め、棄てるためにこれを持ってマカ川に向かった細い道とか線路、この周囲の水田、問題の川べりの、寒々とした風景、その付近に、廃墟になった大きなパチンコ屋が一軒ぽつんと建っていた。人の姿はまるでなく、渡ってきた少し強い風が、飯塚をますます荒涼とした場所に感じさせた。
福岡の市街に入ると陽が落ちた。ホテル・ニューオータニの、パーキングタワーに車を入れてからチェックインし、地下の中華レストラン「大観苑」で、秋好事件の弁護団と再会する。A井氏をみなに紹介してから、食事とミーティングになった。今また現場を見てきたことを話し、現場の空き地では工事が始まっていたこと、新飯塚の居酒屋商丸が、焼肉屋に変わっていたことなどを報告すると、みな驚いていた。
この時のメンバーは秋好弁護団の全員で、堀、安部、両弁護士、二人は福岡だが、もう一人の高橋健一弁護士は、久留米から出てきてくれている。彼は剣持鷹士というペンネームの推理作家でもある。鮎川賞の短編賞を授賞しており、拙著「秋好事件」を読んで興味を持ち、再審請求の段階から弁護団に加わってくれた。
この日は、安部弁護士が後輩の司法研修生2人を伴ってきていた。法律家になるには、司法試験にパスしたのちは地方に研修に出るのが慣習だ。裁判所の仕事にも一定期間携わり、判決文を書く手伝いなどをする。検察局の研修もするし、地元の先輩弁護士について、弁護実務の研修もする。彼らはもっか、そういう立場の若者たちであった。
浜松町でのミーティングの続きになる。譲り合って事態が進まないといけないからと、少々言いにくいことも口にして、証拠の血染めカッターシャツの還付請求に関しては、安部弁護士を指名し、お願いすることにした。たとえ結果は駄目となるにせよ、悔いが残らないよう、徹底してアタックしていただくことを重ねてお願いした。みなこれは無理と考えているようだが、行動せずにあきらめてはいけない。
以前にも述べたが、この証拠のシャツがわれわれの手もとにあるのとないのとでは、今後の作戦が180度違ってくる。証拠品がないなら、新たな鑑定人をたてられないから、実験に望みをかけるほかはなくなる。ところが先にも述べた通り、響堂新氏との会見で、輸血用血液に必ず入っている凝固防止剤が、大きな障害となりそうであることが解った。その報告をこの場ですると、みなの表情もいったん曇る。そうなると、実験にも希望がつなげないことになるのだ。
だがこの福岡ミーティングの時点では、われわれとしてはもう実験をやるほかはないのだった。期待をかけていた鑑定人は評価を翻した。しかし証拠品が手もとになくては、新たな鑑定人は立てられない。富江が真相を口にしてくれるなど、劇的な変化でもあれば別だが、そんなことは天変地異でも起こらない限り、期待はできない。となると、もうほかには道はないのだった。
この夜、堀弁護士がPCを持参してきていて、証拠品である被告の血染めシャツ、凄惨な現場の写真を、これに入れて持ってきてくれていた。これにはむろん血まみれの死体も写っている。一階台所の、あがりがまちの板の間などなど、警察が事件当時撮影した現場写真を多くPCに取り込んである。食事を完全にすませてから、みなでPCの液晶画面に寄り、血まみれの現場写真を呼び出して見る。食事前に見ては、いささか御馳走も喉を通らなくなる。
この写真は何度も見ているが、これまではすべて白黒のコピーであった。やはりカラー写真は強烈で、それらを見てからまたみなで意見を出し合い、話し合う。なかなかの発見もあった。
現場の実際の記録は、小説に現れる資料のように、冷静、正確なものではない。先に述べたように、秋好氏は殺害後、家の前の道で富江と揉み合っているが、この直前、血のついたカッターシャツを台所の板の間に脱ぎ捨てている。そしてこれをそのままにして、肌シャツ姿のままで近畿女子大に逃亡した。だからこの血染めシャツは、警察が来るまで板の間にそのままで、慰留品として発見されている。われわれが問題にし、還付の請求をしているのもこのシャツである。徳間文庫版「秋好事件」の巻末についたぼくの意見書は、このシャツの背中の血を問題にして論じている。
このシャツの袖口に大量の血がついているのだが、この数点の台所の写真では、シャツ袖のこの血が、写真によって変化しているように見えるのだった。これが事実なら大変なことである。さらには、土間に脱がれたサンダルの位置も違っている。これは錯覚の余地はなく、あきらかに異なっている。事件当夜と、その翌日ではないかと言いたくなるまでに、写真が違っている。いったい何故なのか。これをどう見るか、というような話になった。現実の警察の記録とか証拠品は、たいていこのように杜撰なものである。
しかしぼくにとっては、もっと衝撃的な発見があった。シャツ袖口についた血の量だ。これがこれまでに認識していたイメージ以上だったので、この時ぼくはひそかに衝撃を受けていた。同時に、何らかの突破口がここにあるようにも予感した。この血には、返り血である証拠、飛沫痕跡も、渇きかけた大量血からの転写である証拠のかすれも、なかったように思う。秋好氏を単独犯とした時、このような形で血が袖口につくか。
そもそも秋好氏は、むろん彼の証言を信じるならだが、1階の2人の殺害時は、殺害者富江の背後にいて、返り血のしぶきがかかりにくい位置にいた。2階の母親は殺したが、これは掛け布団越しだから、この時も血はきわめてかかりにくい。最後の福美殺しは、これも富江がやっていて、秋好被告は富江の背後にいた。いったいいつ、これほどの大量血が、袖口につく機会があったのか。
これは彼には不利な材料ともなり得る。1階の2人を彼が殺していれば、このようなかたちに血がつく可能性があると見えるからだ。だがその場合、飛んでかかってきた血ではないのか。とすればしぶきを伴う。飛沫痕跡は遺るはすだ。しかしこの袖口の血には飛沫痕がない。これは、大いに考えるべき場所に思われた。
白黒写真では、袖口の大量血という事実が、はっきりとこちらの脳に訴えて来なかった。他所に大量の問題点、論点があるからだ。頭はついそっちに行ってしまう。カラーなら、異様なまでに真っ赤なので、すぐに目に飛び込む。
以来、この真っ赤な袖口はぼくの脳裏から去らなくなり、おりに触れて考え続けることになった。そして、ある発見に思いいたりもするのだが、それはこの日のことではないから、ここでは述べない。この夜は、裁判所に対する証拠シャツの還付請求に関して、もう一度強く念を押して、みなと別れた。
それからA井氏と2人、中洲までぶらぶらと夜の散歩をした。陽が落ちると、この日は風があって少し肌寒かった。中洲は、ラーメンの屋台がたくさん並んでいるので有名だ。ネオンの明かりがにじむ黒い水面、これに沿ってずらりと並ぶ屋台には、特有の情緒がある。歩くうちにまた多少腹が減ってきたので、川べりに置かれた縁台ふうの長椅子や、スツールにかけて、ラーメンを注文した。
来福の目的は、A井氏に飯塚の現場を見せること、そして弁護団とのミーティングだが、もうひとつは「吉敷攻略本」だ。今のところこの本の柱とする短編には、「秋好事件」で得た経験とか、やや本格的な犯罪捜査上の知識を反映してみたいと思っている。これは今やいくらでもある。実事件に関わることほど、推理小説書きにとって圧倒的な勉強はない。
ラーメンが届いたと同時にA井さんの携帯に電話がかかり、東京の007氏だった。SSKサイト・グループのひとつが、消滅するかもしれないという噂を心配してのものだった。ラーメンが伸びるのであまり長くは話さなかったが、福岡の川べりの露座で、風に吹かれながら東京と話すのもおつなものだ。
この風情にひかれているらしい外国人が隣にいて、話かけてきたから少し話した。こんな様子は日本に独特かと尋ねたら、いや、ヴェトナムあたりのスタイルと同じだよと言った。なるほど、日本人はこれこそはわがオリジナルと思いながら、実は東南アジア文化圏のスタイルを具現しているものらしい。
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