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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第68回
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島田荘司のデジカメ日記
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9−11(火)、ゴジラの樹。
思い出せばこの日はなかなかに忙しい日で、ルノアールで会うべき人たちがもうひと組いた。光文社の文庫スタッフを中心としたグループだった。文庫編集部長の中代さん、担当編集者の竹林さん、それにカッパ・ノベルスのA井さんという3人組だった。それでしばらくして、またルノアールに出かけた。
この日のミーティングは、光文社文庫の吉敷シリーズの表紙をすべて刷新、全部かけ替えてしまおうという大がかりな計画に関するもので、依頼するブック・デザイナーを決定するための会合だった。かつて光文社文庫は勢いがあったのだが、最近は各社軒並み文庫を持ち、しかし書店の文庫棚は限られるので、光文社文庫はじわじわ浸食され、結果として吉敷ものの文庫も棚から消えつつあった。SSKサイトでも、吉敷ものが手に入らないという苦情がしきりに出るようになっていたから、ここで表紙をすべて一新し、書店に再出荷しようという計画になった。こちらとしては、大変にありがたい話だった。
カッパなど光文社の小説本は、総じて男性サラリーマン向けというのが伝統で、彼らが出張のおりに新幹線の中で読むものという理解が一般的だった。吉敷のシリーズも、そういうかたちで買われていたろうとは思う。しかしそういう戦略自体、もういかにも時代に合わなくなってきていた。今ベストセラーになっている商品とは、男女の専用品は別として、要するに女性も買ってくれたものだ。男性だけを相手にしていていい時代ではない。映画や小説本は、今やむしろ女性客が主体か、もしくはそうなりつつある。そうならその顔は、つまり表紙のデザインは、女性にもよくアピールするものでなくてはならない。
こういう問題に関しては、講談社文庫のM澤さんに一家言があって、以前からおりに触れ、彼女は吉敷のシリーズについて意見を言ってくれていた。そこでこれは、女性でしかもこの問題のプロフェッショナルであるM澤さんに、全面的に意見を聞いてみようという話にした。M澤さんはSSKサイト・グループの重要メンバーでもあったから、出版社の垣根など越えて協力してくれると思われた。
そのように話したら彼女は、さっそく「吉敷もの文庫のカバー・デザインについて」、と題する力作の論文を書いて、添付でメイルを送付してくれた。この文の主旨を要約すると、今後吉敷ものを買ってくれるであろう読者を推察するに、その多数は御手洗ものを読みつくし、さらに別の島田作品はないかと物色してくれている、新本格系列の読者であろうと考えられる。多数の女性を含むこういう読者たちの思いを想像すれば、美女のバスト・アップは、やや古いタイプの表紙に感じられるであろう、そういう結論であった。これには光文社の男性スタッフも深く納得し、装丁家の名前までを聞く気になった。彼女のメイルには、デザイナーの候補者の名前も、具体的に挙げられていた。
この際であるから、ぼくはこの意見に全面的にしたがうことにした。というのも、各書店で文庫棚を担当するのは多く若い女性であるといわれている。彼女たちにまずアピールすることが、書店の棚に文庫本を残してもらうための最初のハードルだった。だから、たとえばあまり官能的な表紙の本は、平台に置かれる時間が短く、すぐに棚に挿されてしまう、といったことも聞いている。いろいろな意味で文庫は、今後ますます女性の評価を重視しなくてはならない。
中代さん、竹林さんにそういう意見を言うと、彼らにも異存はなくて、M澤さんの意見に沿い、彼らは装丁デザイナーの作品例を持ってきてくれていた。それらはたいてい印刷物か、雑誌にまとめられている。これを広げて眺めながら、みなで議論した。中代さんは、小説の文庫に来る前は、「知恵の森」文庫の時代が長く、多くのイラストレイターや、デザイナーたちと仕事をしてきていた。そこで、この人は仕事が丁寧だが、こちらの意見はなかなか聞いてもらえないだろうとか、この人は仕事がやや遅いから恐いとか、この人ならたくさんサンプルを作ってきてくれるはずだとか、そういうデザイナーの人となりまでをも吟味しながら相談した。
吉敷もののすべての表紙を、それも来年2002年の1月までに一新、一挙に全国書店に送り込んで並べるという計画なので、デザイナーは短時間で大量の仕事をこなさなくてはならなくなる。本は延べ20数点にもなる。そうなら、アイデアを大量に持っている人でなくてはならない。が、オーディションなどしている時間はない。この人とこの人に、試しに声をかけてみようというわけにはいかないのだ。こちらで最初から一人に絞り込み、声をかける必要があった。そうなると、これは賭けだ。始めてみて、こいつはまずかったとなったなら、まずい本が20数冊できてしまう。そして吉敷シリーズの将来は、この一人のデサイナーの手腕にかかってもくる。思えば、非常にむずかしい決断だった。
しかしたっぷり2時間ばかりをかけ、徹底した話し合いのすえに、とうとう一人のデザイナーに絞り込むことができた。関西のデザイナーで、名前は多田和博さんといった。この人は、M澤さんのメイルにも名前があがっていた。しかしぼくはまだ、この人と仕事をした経験がない。よいだろうとは思ったが、不安は消えなかった。
彼らと別れ、ぶらぶら歩いて井の頭公園を横切っていた。まだ日は高く、池は彼方の岸まで見渡せる。橋を渡っている時に、思えば不思議なことだが、この時やっと井の頭公園のゴジラのことを思い出した。東京に戻ってきていたのに、これまで忙しくて、ゴジラの樹のことを思い出すことがなかった。
今は夏を越えた。それならもうゴジラの樹は、葉をたっぷりつけているだろう。そう思って急いで池の東を見たら、はたして彼方の樹々の上に、確かにゴジラが一匹立っていた。横には尻尾の先端も覗いている。
なるほどゴジラだと思った。色もゴジラだ。大したものだと感心した。ここでこんなものを見つけるとは、本当に大した才能と思う。そして思えば9月11日のこの日に、ゴジラの樹を思い出して眺めたのは、何やら象徴的だ。
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