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島田荘司のデジカメ日記
第64回
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島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
8−25(土)、秋好事件ミーティンク。
浜松町の料理屋だるまの一室で、掘弁護士をまじえて、秋好事件の今後についてのミーティングを行った。この稿は、したがって秋好事件の現状の報告ともなる。
秋好事件が現在どんな段階にあるかというと、最高裁で確定したので、再審請求をしているということだ。再審請求というのは、裁判に誤りがあるので、もう一度最初からやり直して欲しいという申し立てのことだが、この要求が正当であるか否かの判定のための裁判が、やはり三審ある。秋好事件は現在これの第一次だが、この裁判が飯塚の地裁、つまり第一次の一審目では負けた。その理由も説明すれば、まあ負けるのが当然の状態だった。再審請求には新証拠が必ず必要だが、ここにわれわれが提出できた新証拠はというと、被告の着衣への血液の付着状況と、犯行の時刻に関して論考した小生の意見書がひとつだけというありさまだったからだ。しかもこの意見書は、最高裁の段階ですでに一度出されている。新味に欠けるから、この状態では当然勝てない。
しかしわれわれとしても、第一次の提出物をこれだけでおしまいにする気はむろんなかった。先の意見書は、メインの証拠を補佐する性格のもので、ではメインには何を目論んでいたかというと、千葉大法医学部の教授であるK氏に、被告着衣の血液付着状況に対する鑑定書の執筆を依頼していた。この鑑定書の謝礼に、ぼくは小説「秋好事件」の印税の一部を充てた。何故K教授に依頼したかというと、彼は過去秋好事件の法廷で、被告が犯行当時着ていたカッターシャツへの血の付き方を、通常の単独犯のケースとは異なっており、被告の主張でも矛盾はしない、ととれるような証言をしてくれていたからだ。
そこでまずは当方の意見書を地裁に提出しておき、追ってK教授の新鑑定書を、書き上がり次第追加提出しようと考えた。ところがこの鑑定書の作成に多大な時間がかかり、裁判所の催促を受け、われわれも再三教授に催促してようやく完成したのだが、内容はと見ると、証拠シャツの血の状態は、被告が単独で4人を殺害したとしても矛盾はしない、というものになっていた。
われわれの目には、これはK教授の態度の変化に写り、秋好氏も憤慨したが、再度の説得を弁護士に要求しても、千葉と福岡では旅費もかかり、動くことはむずかしかった。長い裁判の間に、K教授が名誉教授となったことも、この一般常識におもねった内容になっていると思われた。
問題の証拠のシャツは、理屈の上では現在も福岡の高裁あたりにあると思われた。これさえ再び手にできれば、新たな鑑定人を探してたてることも可能だ。これは被告が宅下げ、確保を要求していたものである。そこで鑑定のため、これを一時預かることを要求して、駄目もとで動くようにとぼくは再三弁護士に要請した。しかし弁護士の動きというものはどうしてもにぶく、動かずに無理という返答が続いた。彼らも忙しいし、報酬も充分に得てはいないのだから無理からぬところもあるのだが、証拠品の血染めシャツがあるのとないのとでは今後の動きがまるで違ってくる。なければ、当然ながら新たな鑑定人を立てることはできない。
にっちもさっちもいかなくなり、しかし裁判所からは早く新証拠を出せと矢の催促が来る。そこでぼくが苦肉の策として、血液の付着実験をやることを提案した。実際に殺害行為の動作を加えるか否かは議論だが、犯行を再現するような形でシャツに血を付け、これをヴィデオに撮って証拠として提出する、そういう作戦だった。
これによって何を証明するかまでを話すと長くなるが、簡単に言うと、被告の着衣の背に大量の血液が付いている。これ自体単独犯としては異例のことだが、ないことではない。被害者の頚動脈から噴出する血潮に、一定の時間背中を晒せばよい。しかしその場合、飛沫痕跡が伴って付く。ところが被告のシャツの背には、飛沫痕はない。裁判所の判断は、この飛沫痕は、撫でられたり、揉まれたりすることで消滅したと理解しているように思われた。しかしわれわれは被告が主張するように、着衣前面に大量血が付いた第三者が、背面から被告に抱きつくことによって転写されたとみる方が合理的と考えている。このどちらが正しいかを、実験によって確かめてみようとするものである。
しかしこの実験にも、実行までには多くの問題点があった。まずは血液の代わりに何を使うのか。この点も、実験が鑑定書を補佐するものか、それとも実験自体がメインの証拠となるものかによって異なってくる。補佐するものなら血糊でもいいが、メインとなるなら本物の血か、血とよく似た振る舞いをする液体でなくてはならない。そしてそういうことを、法医学の専門家によって保証してもらう必要もある。そうでなくては証拠としての能力がない。
ぼくがアメリカであるし、三弁護士がせめて東京在住ならいいが、九州だ。どうしても彼らの動きはにぶくなる。時間は刻々とたち、ついに地裁は痺れを切らせて判決を出してきた。結果として、出ているものはぼくの意見書だけ。当然負けた。今再審請求裁判は、高裁にあがっている。このままの状態では、二審でも勝てる見込みはゼロである。
この夜のミーティングは、メインの新証拠を目論んで、血液付着実験の収録ヴィデオを製作しようとするものだ。しかしそうなると、ここにまた新たな問題が生じる。これを作ったとして、たった今の控訴審の段階で出すか、それともここは温存しておいて、二次の請求の第一審に出すか、である。一審が否定された上の二審に出すのと、仕切り直ししょっぱなの一審に出すのと、はたしてどちらが有効か。
しかし、同時にこういうことにも気をつけなくてはならない。第一次の再審請求中においては、被告の死刑が執行されることは99%ない。しかし請求が二次、三次と重なっていけば、これは請求中でも執行された例はある。危険性は、数字に比例して増していく。作戦上の有効性をもくろんで、その間に被告が処刑されてはもとも子もない。
さらには実験をやるとして、材料の問題以外にも、いつ、どこでやるのか、その費用は、実験についてくれる専門家には誰を頼むのか、撮影は誰に頼む、収録は家庭用の8ミリ・ヴィデオでもいいのか、議論のテーマは山積した。しかし、すべてはぼくにかかってくる。
この実験の話をしたら、俳優の金田賢一さんが協力を申し出てくれた。知り合いの制作会社にヴィデオ撮影を頼んでもいいし、その際に秋好さんの役を自分が演じてもいいと言ってくれた。現役の俳優の申し出であるから、これは大いにありがたかった。
そういうわけで、この日の出席者は金田さん、光文社の穴井さん、南雲堂の南雲一範社長、それからぼくと堀弁護士の5人だった。場所を浜松町にしたのは、堀弁護士が東京で弁護士の集会があって上京したのだが、この日の最終の飛行機で福岡に帰らなくてはならない、そこで飛行機の時間ぎりきりまで話していられるよう、この店にしたのだ。
この日は、まずこれまでの挑戦の経過を、初参加の金田さん、穴井さんに、堀弁護士の口から説明してもらい、実験はやるとして、その内容の吟味になった。この日、実験のために金田さんが、実にありがたい提案を持ってきてくれていた。彼の従兄弟に臨床の医師がいるのだが、彼が、そのような実験をやるのであれば、輸血用の血液で、期限切れで廃棄するばかりになったものがあるから、これを払い下げてもらって使用してはどうかというアドヴァイスをしてくれたのである。
これは実に有効な助言で、堀弁護士も即座に賛成した。ただし、輸血用の血液には凝固防止剤が入っている。これによって振る舞い上、生の血液とは異なった様子がある。これをどうするかという話になった。
ではこの点は専門の医師に、凝固防止剤が入ってはいるが、振る舞い上生の血と同等である、というお墨つきを書面でもらえばいい、という考えを堀弁護士が言った。これはその方向で検討することにした。
結論としては、証拠の血染めシャツをわれわれが再び手にすることはむずかしい。そうなると、実験の収録ヴィデオを作り、これをメインの証拠と頼む以外にはなかろうということ、そして9月に入ったら、「吉敷竹史攻略本」の取材や撮影、そして穴井氏に飯塚の現場を見せたいから二人で九州に行く、この時に今度は三弁護士全員をまじえてまたミーティングを持とうという話にした。
証拠品のシャツをこちらに貸してはもらえないものか、ともかく駄目もとで高裁をアタックするようにと、何度目かの依頼を堀弁護士にした。このようにしてその場は別れ、後はまた福岡でのミーティングという話にした。
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