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島田荘司のデジカメ日記
第63回
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8−20(月)、道玄坂ムルギー。
渋谷に出るついでがあったので、ふと、カレー屋のムルギーに行ってみる気になった。あれは駅を背にして道玄坂をあがり、途中をちょっと右手に折れて、鉤型に左折した右側にあった。
もう30年近くも昔になるが、ほとんど毎日のように来た。ここでカレーを食べながら、ポリドールでLP「ロンリーメン」を作った。それは一緒にやっていたバンドのメンバーの、サン吉という男の家が代沢にあったためで、ここで作曲したり練習をしたり、デモテープを作ったりしてのち、夕刻になったら手近な店に行った。
あれは1977、8年だったろうと思う。当時よく行った店は2、3軒あって、ひとつは駒場東大前のアジャンタ、これはインド音楽など民族音楽を聴かせる喫茶店で、今はもうとっくになくなったが、好きだった。店内には民芸品があれこれと置かれていて、その趣味が気に入ったから、加納通子の馴染みの店として、吉敷もののどれかにちょっと登場させた。お茶でなく、何か食べたいと思う時は渋谷まで出て、道玄坂のこのムルギーか、そうでなければ宮益坂の、もう店の名は忘れてしまったが、メキシカン・ピラフを食べにいった。この店はもうなくなったが、このピラフもおいしかった。黒い色をしていて、トウモロコシがたくさん入っていた。
しかし数多く来たのはムルギーの方だ。入ると、白い上っぱりを着た初老のウェイターがいて、注文を取りにくると、聞き取り辛い沈んだ声で、「ムルギー、卵入りですか?」と問う。これが毎度の儀式だった。ここではカレーなどと言ってはいけない。必ずムルギーと言う。「卵入りですか」と問うのは、それがお勧めだからだ。これには従う方がいい。別のものを頼むと、アマチュアと見做され、以降どこか軽視されている気配に苦しまなくてはならない。
彼を最も感心させるには、「ムルギー辛口」と言い、その辛さに額から汗をだらだらと流しながら、ご飯を一粒も残さずに食べることである。ぼくにはそんな真似は到底できなかったが、サン吉は毎度果敢にこれをやり、親父にいたく気に入られていた。一緒に席にいても、親父はこちらになど目もくれず、水を置いたらサン吉とだけ話す。しかしサン吉の場合、訊かなくても注文は解っているのだ。やつは辛口、こっちだけが普通だったり、たまに辛口に挑戦したりと、日によって注文が異なった。
この店にはいろいろと変わった要素があったが、ご飯の盛り方がまず独特だった。てっぺんが、日本アルプスの槍ヶ岳みたいにとんがっているのだ。これも親父の趣味らしいが、どういう考えでこんなことをするのかとんと解らない。こんな形にしても別に味は変わらないと思うが、訊いてみたこともない。そもそも10年近く通ったが、親父とは「ムルギー、卵入ですか?」、「そうです」、以外の会話をしたことがない。
いつ扉を開けても彼は思い詰めた暗い顔をして、レジ近くの空いた席にすわっていた。それは、見ようによっては自殺の方法をあれこれ思案しているようでもあった。たまに新聞など読んでいたが、こちらが店に入っていっても、「いらっしゃいませ」などと言ってくれた記憶はない。ゆるゆると新聞を置き、大儀そうに立ちあがり、黙ってコップに水をくみ、これを盆に載せて黙々と席までくる。そして判で押したように、「ムルギー、卵入りですか?」とささやく声で問う。
彼のその様子は、当時好きだった英国映画、「アラビアのロレンス」を連想させるところがあった。あの映画に、気鬱にとり憑かれたトルコ軍の司令官が出てくる。いつもにこりともせず、人生に激しく絶望していて、「月の裏側に飛ばされても、今の自分ほどの退屈は感じまい」などと苦虫を噛みつぶした顔で言う。ムルギーの親父がまさにあの手で、それがカレーの味と同じくらいにぼくの興味をひいた。
当時彼は初老だったが、カウンター内の厨房には、これは対照的にきびきびとした動きをする、痩せて小柄なお婆さんがいた。この人は総銀髪、そして何故か気合の入った、板前ふう五分刈り頭であった。この人が親父のお母さんで、親父はどうも独身者らしい、というのがわれわれ仲間うちでの、もっぱらの噂になった。
さて肝心の味だが、これは当時のサン吉が明白な依存症、ぼくも一週間も食べずにいると口が寂しくなるというくらいだから、非常においしかった。しかも凄いことには、ここ以外のどこにおいても食べたことがないというくらいに、それはいっぷう変わった味だった。これは格別誇張でなく、カレーだのラーメンだのというものは、まったく同じ味でなくても、ああこれはあそこと似た味だ、とか、こいつはあれと同じグループだな、などと一群にくくれる仲間があるものだ。しかしムルギーだけは独特で、似たものがない。以降日本中でも、いや世界中でも、似たカレーを食べた記憶がない。
強烈な煮込みの跡が感じられ、形骸化した何かが入っている感じがあるが、それが悪くない。枯れた味とでも表現しようか。しかし後になってこれがきいてくる。食べている時はそれほどでもないし、サン吉に無理やり引きずられてきて、気分でない時など特に、たいしたことないと思うことさえある。でも思い返すと、ああ、やっばりあれ、おいしかったなと感じる。そして、また食べにいこうかなと思わされるのだ。こんなふうにして中毒となる。
大げさに言うとこれは、ポルシェの911などとも似た構造で、70年代のジョン・レノンとか、ヒッチコックを引き合いに出してもいい。どういうことかと言えば、あきらかに周囲の誰とも似ていない。しかしそれはたった今の話であって、以前には似た者が多くいたのだ。911で言えば、ワーゲン・ビートルはあきらかにお仲間だった。ほかにもルノーだの、コンテッサだのに、リアエンジンの小型車はあった。ところが911一台だけが圧倒的に長く生き延びたものだから、ふと気づけば周囲に仲間がいなくなって、とんでもなく変わった存在になっていた、そういうことだ。八百比丘尼の原理で、ジョンもヒッチコックも、70年代にはそんなふうだった。ムルギーにも、そんな想像をさせる様子があった。
これまで渋谷に出ることはあっても、それは銀座へ向かう途中であったり、急いでいたりで、この店に来る時間はなかった。いやそれよりも大きな理由は、もうこんな店、とっくになくなっているだろうという思いが強かったことだ。なにしろあれは70年代の話だ。それがこの日はどういう風の吹き廻しか、ここに行ってみたくなった。時間もあった。
そして来てみたらびっくり仰天、まだあったのだ。店の構えもまったく同じ、煉瓦造りのなかなか立派な風情、扉脇のショウウィンドゥも、その中のムルギー卵入りの見本も、ヴィニールと埃を被っていたが、まだある。あおりドアに手をかけてみると、バネの具合のよくなさそうなギシギシ感も同じなら、開いた奥に開ける古色蒼然たる店内も、まるで変化していない。ただしこの店内はもういささか骨董品で、廃屋寸前のようなありさまだ。異様に暗くて、まるきりお化け屋敷みたいになっていた。
サン吉とももう付き合いがなくなって、生きているのか死んでいるのかも知らない。しかしムルギーはまだ生きていた。30年ぶりに中を見渡してみると、こんなに暗い店だったかと思う。表は昼だが、中は夜だ。電灯は一応ともっているのだが、全然効いていない。銀座に、ホステスさんの平均年齢が50数歳(伝聞推定)で、真っ暗で蹴つまづきそうな有名な店があるが、ここもそうだ。
こんな中に終日いたら、確かに性格が暗くもなるであろう。しかし、あの親父はいない。カウンターの中に、小柄なお婆さんの姿もない。二人とも、もう亡くなったのだろうか。あの暗い親父は、あれからどんな人生を送ったか−−−、と想像するまでもないのかもしれない。ここで毎日客に水を運び、「ムルギー、卵入りですか?」と問い続けて死んだのであろう。親父の代わりに、今度は初老の女性がいて、ぼくが来たことがあきらかに迷惑そうであったが、あきらめて、てくてく通路をやってきた。相変わらず無愛想だったから、これは親父の妹かもしれない。彼女は、「ムルギー、卵入りか」とは問わなかった。そこで自分でそのように言った。
店内はがらがらで、ひと組だけ客がいた。金髪の外国人女性が一人、男が二人だった。すぐ近くのストリップ劇場の踊り子のようだった。間もなくすると彼らは出ていったから、店内は墓場のように静かな暗がりとなった。時代に激しく取り残されているが、こんな様子でもつぶれずにあるということは、店はたぶんオーナーの持ちものなのであろう。
卵入りムルギーが運ばれてきた。様子が変わっているかと思ったが、少なくともピンと頂上がとがった槍ヶ岳ふうご飯は相変わらずだ。カレーの上に並んだゆで卵の輪切り、その上にジグザグを描くケチャップの赤い線も、昔と同じだ。
恐る恐る口に運んでみたら、これはお見事というほかはなかった。まるきり昔のままの味だったからだ。これには感動した。30年の時間が消滅した。作り方に、何かよほどの秘訣があるのであろう。
がらんとした暗い店内で、カレー、いやムルギーを食べながら、サン吉と過ごしていた時代を思い返した。彼は射手座で、その性格の悪さはなかなか特筆ものであったが、ギターの腕はよかった。フレーズ、リズムの解釈など、当時としては進んでいた。しかし、ついに芽は出なかった。
食べ終わると、よく道玄坂のヤマハに二人で寄ったが、たいていレコードを買う金はなかった。ぼくの気持ちはだんだんに音楽から離れはじめ、本格の探偵小説について考えるようになった。
モデルかと問われると困るのだが、確かにサン吉のあの射手座ぶりは、少なくとも御手洗の態度をイメージする、引き金くらいにはなった。そしてムルギー店内のこの暗がりも、続く「占星術殺人事件」や、「異邦の騎士」が持っている雰囲気の、原点にはなった気がする。
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