島田荘司 on line
on line top Weekly Shimada Soji top
編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第62回
写真をクリック!大きな画像で見られます。
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
5−30(水)、満開のジャカランダ。
日本の春の花はなんといっても桜だが、ここカリフォルニアにも、桜とまったく同じように、春になると短期間狂い咲く花がある。南国の蒼い花、ジャカランダだ。とても奇麗な花で、ヤカランダとも言い、戦前からこの地に住む年配の日系移民の間には、「ヤカランダの会」という俳句の会もできていると聞く。やはり日本人は、日本にはないこの珍しい春の季節花に、格別の感受性が働くらしい。
これは桜からの連想に違いない。桜というものがまず生活にあるから、抜けたそこに、性質の似たこの異国の花が填まって特別なものになる。その証拠に、アメリカ人にジャカランダについて尋ねても、誰も知らない。アメリカ人は、この花にとりたてて関心が向かない。ハイビスカスだの、スイートピーだのといった花とまったく同列の扱いだ。
日本の桜がほとんど白に近い桃色なのに対し、ジャカランダは紫に近いブルー、色彩はまことに涼しげだ。この花がドームとなって道全体を覆うような場所は、下を行く者には視界が寒色で埋まり、どんな炎天下でも冷んやりとして感じられる。これは日本の春の陽射しが暖かなのに較べ、こちらの陽射しは春でも真夏並みに強いので、寒色をもってやわらげる天の配慮のように見える。日本の穏やかな陽射しには白が映えるが、南国の強い陽射しには、涼しげなブルーで対処するのがよい。
ジャカランダは日本にはない植物で、もともとはアメリカのものでもなく、南アフリカや、南米産の樹木。それをこちらに移入したらしい。いや、そもそもカリフォルニアに原産の樹や花というと何があるのか、よくは知らないが、たぶんごく少ないに違いない。開拓地アメリカは、国土によい植物がないことが長く政府レヴェルの劣等感で、あの黒船も、日本に移入植物を探しにきたというのが、あまり知られていない大事な目的のひとつだった。
ジャカランダは、こちらでもLA中にあるという印象ではないが、車を走らせていると、割合あちこちで見かける。満開のシーズンは五月で、ピークの期間はだいたい一週間くらいということなっている。が、実際にはもっと長く咲いている印象。しかし桜のように、満開ののちはさっと散ったりはしない。ごくわずかずつ散っていき、ふと気づくともとの緑の樹に戻っている。
桜の季節より多少遅れて咲くので、日本で桜の花見をしてからこちらに戻ってくると、今度はジャカランダの満開に遭遇できる。場所によっては、歩道を被うトンネルのようになる見どころもある。そういう場所では、缶ビールを持ち出してまた花見をやりたくなる。
花が終わる時期には、やはり桜と似た風情になる。桜が下の地面や道を花弁で真白く染めるように、ジャカランダもまた、アスファルトを真ブルーに埋めてしまう。それを踏みながら行きかう自動車は、なかなか詩心をくすぐる眺めだ。
けれども桜と違うのはここからで、桜の花弁が薄紙のようにはかなげで、ひと雨来ればたちまち淡雪のように溶けて土に消えていくのに対し、ジャカランダの花弁は肉厚で、容易には消えない。そもそも雨が降らないから、いつまでも石の上にしぶとく残る。車道に、また舗道の敷石に、鮮やかなブルーが失われて褐色に変わっても、花の残骸はいつまでも消えずに頑張る。
これが土地のガーディナー(庭師)の頭痛の種だ。こちらの家庭はたいていガーディナーと契約していて、彼らが週一度通ってきては花や芝生の手入れをするが、彼らがその七つ道具のひとつであるコンプレッサーでこの花弁を前庭の芝生から舗道に吹き飛ばし、続いて掃き集めてガービジ・コンテイナーに放り込む。ジャカランダが散る季節には、沿道のコンテイナーはこのぽってりした花弁でいっぱいになる。
庭師の頭痛の季節到来の前、咲き狂うジャカランダは、しかし見事だ。このブルーが、LAの長い夏の訪れを告げる。
デジカメ日記 バックナンバー

Copyright 2000 Hara Shobo All Rights Reserved