島田荘司 on line
on line top Weekly Shimada Soji top
編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第54回
写真をクリック!大きな画像で見られます。
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
4−5(木)、連続迫真ノンフィクション「すすきのの熱い夜」後編。
客引き青年に案内されて着いたその店は、ネオンも行灯もなく、場末のバーというふうのいかにもみすぼらしい風情の店で、出てきた女性は若くてほっそりとしていたが、すわらされた奥のテーブルにやってきたのはあきらかに40代後半の、小太りの女性2人であった。どうやらさっきの細い女性は、詐欺師がよくやる見せ金というやつらしい。
それから始まった接待は、完全なる取り調べであった。どこから来て、職業は何で、今どこに泊まっていて、という話題だけである。本当は財布に金をいくら持っているかを訊きたかったのだが、さすがにそれは訊けなかったようだ。穴井氏はというと、最初はちゃんと起きて聞いていたが、だんだんに、捕まったこそ泥もかくやというようにうなだれて、何も応えなくなった。黙秘権かと思ったら、眠ったのだ。ぼくもいいかげん疲れてきて、早くホテルに帰って横になりたいと思いはじめた。さっさと帰った柄刀氏は、まことに正解であった。
しばらくたつと太った女性たちは、じゃあ奥の席が空いたからそっちに移りましょうと言った。まあ銀座でもこのように言われることはままあるから、格別不思議には思わなかったが、早く出たかったから、ここでいいよとぼくは言った。すると太ったおばさんは、みんな行くんだから、と厳しく言った、一人だけ勝手は許さない、団体行動だということらしい。なるほど、どんな時もこの国は、建前道徳というもので動いているのだなと感心してしたがうと、ドアの向こうは鼻をつままれても解らぬ真っ暗闇である。映画館でももう少しは明るい。おまけにディスコ(死語)のような大音響でロックがかかっていて、大声を出さないと会話もできない。席が空いたもないもので、客の気配などはまるでない。穴井氏は、遥かな彼方の席にと連行されていき、ぼくはというと手前のボックス席にすわらされて、横に女性がすわってぎゅうぎゅうとこちらに体を押しつけてきた。それからぼくの耳に口を近づけ(そうしないと何も聞こえない)、こう言った。「あのね、そっちは触れないけどね、こっちが口で出してあげるのが一万五千円、そっちも触れて、出してあげるのが二万五千円、なんでもありが五万円、どれにする?」
なにぃ? お触りはナシではなかったのか。仰天し、50円でもご免だと思ったので、「あのね、ぼくはそんな気なかったのね、だからちょっと連れと話させて」と言うと、それはここでは禁止だと言う。なるほど、それでこんな大きな音をたてていたのかと知った。客同士話をさせないためだ。そして彼女は出口の方にかけ、ぼくをボックス席の奥、壁側に押しつけているのも、簡単には出られなくしているわけかと納得した。穴井氏のところに行くには、彼女を跨がなくてはならない。
こちらの言うことをきかないと、どんなことが起こるか解らないというようなことを言うので、なるほど、こういう場所でこそわが禁止罰則の伝統道徳は生きているとますます感心する。しかし穴井氏は何をしているのであろう、さっきから沈黙しているが、まさかもう犯されているのではあるまいなと不安になる。そっちがそういう気なら仕方がないと、しがみつく彼女には頓着せず、ソファの背もたれを強引に跨いで通路に出、穴井氏の方に行った。
どうやら無事で、まだことに及んではいない。しかし出ましょうと言って手を引くと、彼は漬物石になったように動かないのであった。酔い潰れ、あたりが真っ暗なものだから、気持ちよさそうにい眠りを始めているのであった。
さあそれからがひと苦労であった。動こうとしない彼を無理やりに立たせ、今入ってきたドアを手探りで求めつつ前進し、彼にも歩ませ、すると当然女性たちは寄ってきて、基本料金だけは払えと、つまりはこっちは触らせずに出すだけのあのコース、一万五千円だけは払っていけとわめくのであった。もっともこれはあながち喧嘩腰ということでもなく、音楽が大きいから、叫ばないと聞こえないのだ。
穴井さんに言って、一万五千円を二人分、つまり三万円を払ってもらい、さあもういいだろうと思ったら、今度はこの金額分だけサーヴィスさせてよとわめくので、なかなか困った。案外几帳面な性格だ。その情熱をほかの仕事に発揮すれば成功もするであろう。
ほうほうのていでまたすすきのの路地に出た。しかしこれは、もしぼくがいなければ穴井さんは今頃どうなっていたのであろう、と考えた。彼が一人なら、精液ばかりか財布の中身もすっかり抜かれ、札幌満足ニュースあたりの路地裏に放り出されていたであろう。ここは旅先で、東京のようなわけにはいかないから、気をつけなくてはいけない、という意味のことを言ったら、いや新宿でもやられましたから、と穴井氏は言う。道で目覚めたら、あの時はお金だけではなくて、カードまでみんな抜かれちゃってたからまいったなぁと言った。そんな経験がすでにあるのなら、もっと気をつけなくてはいけない。
もう夜も更けてきたし、穴井氏の泥酔もいよいよ佳境だから、タクシーを拾ってホテル・ニューオータニへと戻った。しかしタクシーが大きくカーヴを切ると、穴井氏はぐらり、どすんとこちらに倒れ込んできて、ぼくの膝の上に頭を置き、死んだような熟睡に落ちてしまった。そうして、ホテルの車寄せにタクシーが入るまで、決して目覚めようとはしなかった。
着いたのでなんとか穴井氏を抱き起こし、ロビーに入り、エレヴェーターに乗って、彼の部屋のドアの前で別れた。明日の待ち合わせ時間を言っておいたが、はたして起きてくるのであろうか。
自分の部屋に入ると、ぐったりと疲れた。早く風呂に入って眠ろうと思い、浴槽にお湯をはったのだが、札幌すすきのの冒険の夜は、まだこれで終わりではなかった。湯の中で長々と体を伸ばしていたら、ピンポーンとチャイムが鳴る。また穴井さん、こんな夜更けに何だろうと思い、バスタオルを腰に巻いてドアを細めに開けたら、なんと妙齢(?)の女性が立っているではないか。「なんでしょう、今お風呂入っているんですが」と言ったら、「あっ、失礼しました!」と彼女は叫ぶように言う。
それでまた湯船に戻ってしばらくしたら、またピンポーンと鳴る。仕方ないのでドアのところに戻ると、またさっきの女性だ。「なんでしょう?」とドア越しに問うと、「あの、キャンセルなら交通費だけは払っていただかないと」と言う。「は? キャンセルなんしてませんけど」と部屋のことだと思いながら言ったら、そんなことではないと彼女は言う。
あなたは誰で、何の用事なんですと訊いたら、だからデートクラブです、電話しましたよね? と言うので、えー、してませんよと言った。そりゃ間違いです。本部に電話して訊いてくれませんかと言ったら、でもここ802ですよね? と正しい部屋番号を言う。そうですが、とにかくぼくは呼んでないですよと言い、そうしたら静かになったので、納得してもらったかと思いまた湯船に戻ったら、しばらくして、ちくしょー! という絶叫とともに、ドアがどんどんと叩かれたり、蹴っとばされたりした。ひとしきり大暴れして、それで得心がいったか、ようやく彼女は帰っていったらしく、廊下は静かになった。
部屋から女性を呼べるものなのかとはじめて知った。それは便利な制度だ。それともこれはすすきのに特有の制度なのか。しかしこっちは触れなくて一万五千円なのだから、部屋まで出張してもらったらはたしていくら取られるのであろう。訊いてみればよかった。
風呂の中でつれづれ考えてみるに、事態はこういうあたりではあるまいかと思った。彼女は確かに呼ばれた。それでタクシー代を払ってまでやってきたのに、自分の顔を見たら客にその気がなくなって、呼んでいないとしらをきられた、そう彼女は考えたのだ。金が取れなかったばかりでなく、タクシー代まで損した。自分にもう金が取れるだけの若さや魅力がなくなったのか、などとあれこれ考えると、死ぬほど腹が立ってきて、引き返してきてしばし荒れたのであろう。
そう思ったらなんとなく気の毒な気もしたが、考えてみればそんなことを言っている時ではない、被害者はこっちなのだ。これは完全な誤解なのである。こっちは本当に呼んでいないのだ。誰だか知らないが、女性を呼ぶのは勝手だが、部屋番号くらいは違えないで欲しいものだ。それともホテル名を間違えたか。
ともかくこんなような冒険の夜を経て、ぼくはすすきのという場所をよく理解した。面白い旅で、少なくとも退屈ではなかったが、やっぱり疲れた。
(おしまい)
付記、翌朝再会した穴井氏が、昨夜あったこと、行った店などをまるで憶えていなかったことは言うまでもない。
デジカメ日記 バックナンバー

Copyright 2000 Hara Shobo All Rights Reserved