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島田荘司のデジカメ日記
第50回
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島田荘司のデジカメ日記
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島田荘司のデジカメ日記
4−3(火)、桜散る。
満開だった桜も、早いものでもう散りはじめた。やはり見ごろはせいぜい一週間というところだろうか。咲くとなると葉も枝も見えないくらいに咲き狂い、一週間でさっさと散ってしまうような花も、確かにほかにはあまりない。
橋から一望するに、池周囲の満開の様子は、まだ変わらずに続いているふうだが、地面にはもうずいぶん花びらが白く散った。降った当初は雪のように見えているが、人の足に踏まれ、雨が降りして、たちまち土の色にまぎれていく。
中之島に渡る際、橋の右手に見えるボート溜り手前は、狭い入江のようになって風も入らず、水がまったく動かない場所がある。水面に散った花びらは、水を真白く埋めてしばらくここに浮かぶ。だからこの季節、ここは白い布を水に敷いたようになる。
左手、池の反対側は、これは広くて風の影響もあるのか、水に浮いた花びらは、煙突からたなびいてのぼる煙のように、筋を作りながら池の中央方向にと動く。
井の頭公園の桜は、その大半が池に散り、いっとき浮かび、まもなく沈んで、池の底の土になる。千年もそんなことが繰り返されているのだろう。
酔客たちが青いヴィニールの上に群れてすわり、会食をしていたあたりはもうひっそりとした。騒いでいた大勢の客たちは、石の都市の、自らの生活空間にと戻っていったのだ。
井の頭公園駅まで歩く。小さな駅の裏の、ガードの下をくぐると、小川に沿って続く小径がある。浅い川にはたいてい水遊びをする子供、ほとりで絵を描く人、などがいる。そのままずっと小径を行けば、三鷹台の駅にぶつかる。そこから先は、もう川に沿っては歩けない。道は川から離れてしまう。
SSKの人たちにははじめて打ち明けることだが、「龍臥亭事件」の、里美がアヒルを泳がせたり、川に入って流れてくる奇怪な漂流物を捕らえる川は、ここを脳裏に浮かべながら書いた。
しかしそれはモデルにしたというのとは少し違い、そういう積極的な意志はまったくなかった。当人の意識としては、あの川のモデルは、貝繁村からほど近く、龍臥亭に出張してきた神主の親子が住む、比婆郡の東城町という町を流れる有栖川という川をモデルにした。しかしこれを見たのはもうずいぶん昔で、したがって記憶がすっかり薄れてしまっていたらしく、書いていてしきりに眼前に浮かんだのはこの小川だった。
この際、そういう類のことをいろいろと書いておこうか。でないと自身を含め、真相が忘れられてしまう。読者の方が書かれるもの、それから時に御手洗世界の特集記事を作ってくださる雑誌の方々も、書かれたものを読んでいると、ああこれは違うのだがなと思うことがある。むろんそれはたまにであって、大半は本人の知る以上の情報が書かれていて感心する。それは情熱的な取材の成果であったり、文献の渉猟のゆえであったりして、頭がさがる。しかしごくたまに、この点はそうではないのだが、申し訳ないな、と思うことがある。こんなに追跡調査してもらえたり、実地体験に繰り出したりしていただけるのなら、もっときちんと状況設定をしておくべきだったと後悔することがあるのだ。
たとえば龍臥亭の貝繁村に登場する、きな粉餅のある喫茶店「ロマン」、これは実は貝繁村のモデルとなった場所にあるのではなく、先の有栖川と同じく、比婆郡東城町にある。ここにはほかに「ボンジュール」という喫茶店もあり、ここにも冬になるときな粉餅が現れる。座布団持参で行く映画館、「偕楽座」も同様で、これも東城町にある。ただしこちらは最近なくなったという噂も聞いた。がじんさんも、よろしければ次はこの町に、デジカメ持参で繰り出していただければと思う。
ただしロマンも偕楽座も、経営者が私の知り合いというわけではないので、島田の名前を出してもらっても、龍臥亭はどこだと尋ねられても、まったく話は通じないので念のため。
ダヴィンチという雑誌がかつて突きとめてくれていた、タマゴのムースがメニューにある喫茶店LDというのは、これはもう今やよく知られた通り、「レモン・ドロップ」のことで、横浜でなく、吉祥寺にある。喫茶店LDとタマゴのムースというものが、まさかこんなにも熱心に捜されるとは思わなかったから、横浜馬車道では捜さずに、地もと吉祥寺で間に合わせた。
設定をもっと真面目にやっておけばよかったと悔やむところだが、しかしダヴィンチの調査は半分当り、半分はずれている。この誤解は今も御手洗さんファンの人たちの間で広く流布しているので、定着しないうちに誤解を解いておきたい。あの短編を書いた頃、レモン・ドロップという喫茶店は吉祥寺に2軒あった。1軒はご指摘の、吉祥寺北口を出てすぐ左折、パルコに向かって歩いて、手前の路地を右折した左側にある店である。これは今もあり、よい店で、ケーキはおいしい。ただしここに、タマゴのムースがあった時期は、ぼくの知る限りは1日としてない。
もう一軒は水道道路沿いで、井の頭文化園から北上してくる道とこれとの交差点、交番とガードのある、吉祥寺を知る人ならすぐ解るであろう交差点から、水道道路を少し三鷹方向に行った左側にあった。しかしこれは、今はもう店自体がなくなってしまった。
先に地もとで間に合わせたと書いたが、これは別にいい加減にやったわけではなく、本当に好きだったから書きたかったのである。タマゴのムースは大変おいしかったし、発想がユニークでほかでは見たことがなかったから、本気のお勧めのつもりで作中に書いた。するとあれはちょうど御手洗同人漫画ブームが勃興期で、このケーキが頻繁に同人誌に登場するようになった。しかし漫画家のみなさん、見たことがないものだから、名前からの連想で、たいていゆで卵型に描かれていた。実際にはこれはそうではなく、ごく普通の形、つまり大きな丸太の切り株のような形にケーキをつくり、それを12等分だか16等分だかにした、その1ピースの形である。上にそぼろのようになった黄色い何かと、茶色い何かが区分けされて載っていた。むろん黄色の方が卵風味である。
中央線沿線に住んでいる同人漫画家がこの店を突きとめ、タマゴのムースを買い占めて、コミケ関連の知り合い漫画家に宅急便で送るということをした。以来リクエストが殺到したのか、タマゴのムースは、宅急便によって東京中を飛びかったらしい。ところがそれからしばらくして、タマゴのムースがこの店のメニューから消えてしまった。理由はよく知らないが、このケーキは製造も保存もむずかしいらしいのだった。しかし御手洗同人のブームが真に盛りあがるのはこの後で、そのエネルギーたるやすごいものだった。なんと彼女たちは、夜討ち朝駆けこの店に押し寄せ、さらには電話攻勢によって、このケーキを復活させたのである。非常に感動的なエピソードだが、この時期になるとぼくは身の危険を感じ、水道道路のLDには寄りつかなくなった。
まもなくLAに移住もしてしまったし、しばらく様子が解らなかったのだが、御手洗漫画ブームが一段落してからLDの前に行ってみたら、店がなくなっていた。まさかタマゴのムースを無理に作らされたから潰れたわけではあるまいが、さしもの彼女たちのパワーも、店を復活させるところまでは行かなかったようだ。
しかし残念なことではある。タマゴのムースというユニークなケーキを作っていたLDは、いったいどこに行ったのか。今も、時にあの味が無性に懐かしくなる。SSKにもしケーキ作りの腕に自信がある方がいたら、ここはひとつ挑戦をしていただき、できあがったらT橋氏をまじえ、タマゴのムース・オフなど企画したいものである。
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