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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第48回
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3−28(水)
ぼくの家の3階の窓から、桜の樹が1本見える。公園の胴間声に辟易していた頃は、ここからだって花見はできると思い、ここから見るだけにして公園には寄りつかなかった。
しかしこの桜のある家が二階家を壊し、更地から新築を建てはじめたので、この樹も切り倒されるのではないかとひやひやしたが、依然無事に立っている。ありがたいことだ。あまり大きな樹ではないが、周囲の者は充分楽しめる。やはり日本はたいしたものだ。住宅街にこんなに無造作に桜がある。
翌日3月28日は水曜日だったが、井の頭公園を歩くと、昨日より人が増えている。心なしか桜も、昨日より満開に近づいた。桜の花が開くにつれ、人の数も増えるのだ。ボートも出払っていて、裏の係留場に待機しているボートの数はぐっと減った。
平日のことで、さすがに地べたにすわりこんで飲酒飲食をしている集団はまだ現れていないが、陽射しがよいので、池のほとりのベンチにかけ、お弁当を食べているグループやアヴェックはいる。ゴミ箱の周りには早くもヴィニール袋入りのゴミが置かれはじめ、つまりゴミ箱があふれはじめていて、公園内はにぎやかになった。
来る日曜日を目指し、場所取りも始まっている。上空には横断幕がある。「この公園の周辺は住宅街です。園内でのカラオケ、楽器、焚火など、他人の迷惑となる行為は禁止します」。公園側も早々と牽制の手を売っている。4日後の休日がいよいよ決戦といった緊張感が、公園全体にただよっている。
井の頭公園の花見の酔客は、いっときなかなかの勇名を馳せたので、この処遇は致し方のないところだが、花見シーズンの以外、いわば平時に公園を歩いていても、たまに首をかしげることはある。園内にしばしばこんなアナウンスが流れるからだ。
この公園は公共の場ですので、大きな音の出る楽器の演奏はやめましょう。キャッチボールはみなの迷惑となるのでやめましょう。焚火、花火などの危険な遊びはやめましょう。犬の放し飼いによる散歩は禁止されています。またこの周辺の道路はすべて駐車禁止となっています。自動車でやってきての迷惑駐車はやめましょう−−−。
正確な内容はもう忘れたが、こういった禁止事項が割合不機嫌な口調で延々と読みあげられていく。気持ちはまことによく解るし、言っていることにほんの少しの誤りもないのだが、禁止事項の羅列だけでアナウンスがプリンと終わるので、アメリカから来た者にはちょっと違和感が残る。アメリカから井の頭公園に来る者は、ぼくばかりではない。アメリカ人の場合は、アナウンスはもっと楽しい口調で行われ、最後は「楽しんでね!」の一言で終わるであろう。もっとも、そもそもこんなアナウンスは流れないだろうが。
あまり厳しくすると、どうしても楽器の練習をする必要に迫られた者、キャッチボールやフリスビーをやりたい者は、周囲の苦情を封じるためにヤクザ者を演じなくてはならなくなる。禁止が多いと、公園は刑務所の中庭となる危険はある。高度経済成長時代の日本社会がそうであった。極限的な道徳主義が、世界に冠たるクラブ街、ソープ街、ホステス接待列島を作った。これほどにクラブひしめく国は、世界中になかなかまれである。規制をゆるめることで楽しさや自治を確立する呼吸を、日本人もそろそろ掴まなくてはならないであろう。
そぞろ歩きながら見上げる上空は白く、一面の桜だ。桜の花というものは、こんなに白いものだったかと思い出した。
井の頭公園駅の方角に向かうと、池の水面近くまで下り、水に沿って歩ける細い遊歩道がある。道沿いのベンチはもうすべて人で埋まって、弁当を食べている人も多いから、今日はここを歩くのが遠慮だが、いつもは好きな道だ。
ここに降り、ゆっくりと歩いて時おり立ち停まると、水面近くにまで垂れ下がった桜の花をかすめるようにして、たくさんのボートが行きかっている。暑くもなく、寒くもなく、また風もないから、今日は本当に行楽日和、ボート日和だ。みな気持ちよさそうにオールを漕ぐが、アヴェックかと思うとこれがそうでもない。男の二人組や、意外に親子連れ、家族連れが多い。井の頭公園のボートには、恋人と乗ってはいけないという噂が知れ渡っているせいか。
そういえば、N雲堂のN雲さんなどこのジンクスを信奉していた口で、学生時代からよくデートで井の頭公園に来たが、一度も彼女とはボートに乗らなかったそうだ。これは公園の西側にある弁天様が女性の神様なので、彼女の目の届く範囲でべたべたすると、気分を害して災いを成されるという言い伝えがあるためだ。
そう思ってみると確かに、井の頭公園のボートには恋愛中ふうの若いアヴェックが乗っているケースは少ない。まさかとは思っても、やはり気味が悪いのだろう。
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