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島田荘司のデジカメ日記
第44回
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3−19(月)、ホープ軒のラーメン。
吉祥寺にも、いわゆる行列のできるラーメン屋というものがある。駅前からサンロードを進んで、右にちょっと折れたところにある「ホープ軒」だ。たいてい長い行列ができている。だんだんに前進して行列の前の方にくると、カウンター内のスタッフと壁の鏡を経由して目が合い、注文を訊かれる。ここで「ラーメン!」などと言ってはいけない、「中華そば!」と往来でわめく。
東京にいる頃は、毎日ではないが、三日とあげずにここのラーメンを食べていた。一週間も食べずにいると、けっこう禁断症状が出た。今ももちろん、帰国のたびに食べる。たっぷりしたスープの中に、多すぎない麺、もやしがたっぷりと海苔が一枚、そして一番上には、それらを覆うようにして大き目のチャーシューが載っている。
カッパノベルスのシリーズ・キャラクター、吉敷竹史のラーメン好きは、構想当時のカッパノベルスの編集長、佐藤隆三氏の好みだったとどこかに書いた気がするが、ぼく自身もラーメンは好物で、911に狂っていた頃、車を買ってあれこれいじったりくっつけたりしたら、あとはもうガソリン代くらいしか金が残らないので、趣味はひたすら走るだけになった。それも昼間は道が渋滞していて嫌だから、夜更けにひたすら走る。どこへ行くのかといえば、首都高を端から端まで走り(高井戸から乗るので自然にそうなる)、浅草や横浜のまだ開いている店、つまりスカイラークかラーメン屋へ出没という展開になった。
だからなんのことはない、ポルシェを買ったら車のメカ以上に首都周辺部、辺境部のラーメン屋に詳しくなった。究極のラーメンだの、東京一のラーメンという類の書物があれば買いあさり、書棚に広々とラーメン・コーナーができあがる始末である。だから新横浜のラーメン博物館など、オープン早々に行った。
以前ネコ出版の社長と話したおり、彼はフェラーリ狂なので、「フェラーリで風呂屋に通えますかね」といったような話になった。買ったものがフェラーリともなると、まともな仕事をしている限りは木造モルタル、風呂なしのアパートで、カップヌードル暮らしとなることが目に見える。「うん、いけるんじゃないすか」と彼は言っていたが、ともかくぼくはポルシェ派だったので、ラーメン屋通いくらいですんだ。
ホープ軒は幸せの青い鳥に似て、探し求めるラーメンは(というほど探したわけでもないが)、実は目と鼻の先にあったという好例である。ただし今はこの青い鳥も太平洋の彼方になってしまって、ポルシェを駆っても食べにはいけない。
たぶんこのホープ軒、吉敷竹史も好きに違いないが、ここを知る以前は吉敷さんのお膝もと、荻窪の春木屋に惚れ込んで、三日とあげずに通っていた。春木屋のスープは魚のだしで、フランス料理で言うスープ・デ・プアゾン、魚のスープに一脈通じ、大変おいしかった。ホープ軒とは全然違う味の系統で、しかし甲乙はつけがたい。けれど春木屋が、軽井沢や吉祥寺にもできるようになって、食べてみるとあきらかに味が落ちていたので、失望してなんとなく荻窪の店にも行かなくなった。
ホープ軒のラーメンは、千駄ケ谷のものが、タクシー屋も行くラーメン屋として巷で高名だった。ここにももちろん行ったが、なじんでくると吉祥寺の店の方がおいしく感じる。ラーメンには、大きく分けて白いスープの豚骨型と、黒いスープの醤油型とがあり、前者の典型は博多のラーメンで、後者の代表格が春木屋であろう。本場の博多ラーメンは本当にうまい。秋好事件の支援や調査で福岡に行くたび、福岡のあちこちで毎日食べた。博多の麺はどうやら同じメーカーが一括して作っているとみえ、どの店に行っても麺はすべて同じ味、同じ強度と腰だ。しかしその麺が文句の余地なくうまい。
余談だが、この独特の博多麺は、ラーメン博物館でも食べられる。麺はあきらかに舌に覚えのある本物だが、スープはやはり本場の方がうまい。
そういえばこんなことも思い出す。ロスアンジェルスで、博多出身の日本人とラーメンの話をする機会があった。これまでの自分のベストのラーメンはと問うと、久留米のタイホウ・ラーメンだと彼が言い、それを憶えていて帰国のおりにわざわざ久留米まで食べにいった。これは期待通り、非常にうまかった。タイホウ・ラーメンの味の系統は、あきらかに博多ラーメンのものだった。
そう、それでまた思い出すのだが、自分のこれまでのラーメンのベストはと問われ、松本のフォルクス・ラーメンだと吉敷が答える場面が、シリーズのどこかにあったと思う。麹入りのこの松本のラーメンは本当においしく、ぼくも好きだった。この前松本に行く機会があったので、久しぶりに食べようと思ったら店がない。半日かけて捜し廻ったが、行方は解らなかった。その時麻薬捜査官も一緒にいて、彼もさかんに聞込みをしてくれたが、プロをもってしてもフォルクス・ラーメンの消息は知れなかった。ご存知の方がいたら、原書房T橋氏のところまでご一報を願いたいものである。
ホープ軒は、どちらかといえば博多型に属する。しかし麺もスープも、博多のものとは異なり、関東のオリジナルである。スープは白っぽく、脂っぽいもぎとぎとタイプで、と書くと「パス!」と反応する人もいるであろう、実はぼくもそうであったが、ポープ軒だけは別格だ。
しかし深夜にこれを食べるなら、スープをすっかり呑み干してはいけない。そんなことをすれば明け方、喉を掻きむしりながら飛び起きて、水を、水をくれ! と叫ぶことになる。というのは嘘であるが、ま、そのくらい猛烈に喉が渇く。
とここまで書いて、実は後悔している。ホープ軒が食べたくなって、激しく唾が出てきたからだ。しかしロスアンジェルスにいる身ではそれもかなわぬこと。なんだか寝た子を起こしてしまった。LAにもむろんラーメン屋はあるが、そんなにうまい店というのはない。
しかしたかがラーメンと思ったが、書いてみると、ずいぶん書くことがあるものだ。これに北海道一周、バイク・ツーリングの時に食べた蟹ラーメンだとか、パリで食べたラーメンのことなどを書いていくと、ラーメンだけで一冊になりそうだ。最後に外国人について書いておこうか。
以前ダリルという黒人が家に下宿していたおり、ここを教えたら大ファンになり、世界一うまいラーメンだと保証していた。ハニーはモスリムで、豚肉を食べられないから一緒に来たことはない。
ロナンというイスラエル人の青年と、この店で知り合ったことがある。彼はラーメンのことをスープと呼び、店のスタッフとあまり話が通じていなかった。彼はアクセサリーを売りながら世界中を旅していて、次はフィリピンに行くと言っていた。彼はそういう職業の人たちがみんなそうするように、大きくて平たい木製のカバンを広げ、折りたたみ式の台に載せて黒布を敷き、その上にアクセサリーを並べて店開きをしていた。しかしホープ軒にはそれを持ってきていない。どうしたのかと思ってサンロードまで一緒に戻ってみたら、日本人のギャル二人組が店番をしていた。ロナンは背が高く、黒い巻き毛のハンサムな青年で、クィーンのブライアン・メイによく似ていた。だからたちまちファンができたということらしかった。
ロナンもホープ軒はおいしいと言っていた。たぶん春木屋のタイプより、ホープ軒の方が外国人には受けるであろう。ぼくはどちらも好きだから、ホープ軒でも春木屋でもいい、ロスアンジェルスにも支店が出てくれないものかと思う。
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