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島田荘司のデジカメ日記
第41回
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島田荘司のデジカメ日記
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島田荘司のデジカメ日記
1−13(土)、井の頭公園のゴジラと糸切り団子
吉祥寺のいつものルノアールではなく、武蔵野珈琲房という喫茶店で、WS刊島田荘司の管理人杉永裕章氏と、Room-Sの管理人007氏と会う。
会見の主たる目的は、WS刊の来訪者に杉永さんが景品として出す「パロディ・サイト事件上・下」に、ぼくがサインをするためである。サインし終わったら、即刻コンビニから宅急便で杉永さんの自宅に送ってしまう計画だから、コンビニが見降ろせるこの店にしたのだ。
サインはすぐにすんだ。コンビニのカウンターから宅急便を送り出している杉永さんを、われわれは喫茶店から見降ろし、007氏が、望遠レンズつきのデジカメで撮影した。
007氏は、もともとはロボット工学に進みたかったそうだ。学生時代にはロボットを作っていて、創作ロボットのレスリング大会などにも出た。今は製薬会社に勤務してコンピューター部門を担当、全国の関連会社のコンピューターをチェックして廻ったり、社員にコンピュータ作業を指導している。理工系の、非常に優れた人材である。
もうじき2005年、天才ロボット工学者天馬博士が、亡くした自分の息子トビオに似せてアトムを作る頃だ。しかし彼はこの息子を気に入らず、サーカスに売り飛ばしてしまう。後年このアトムを拾いあげ、たびたび修理したり、改良して、ともに日本のために闘う御茶の水博士は、さしずめ007氏の世代になる。
モダンタイムスにメトロポリス、欧米ではロボットは人間迫害の象徴だ。しかしアトムとともに育ったわれわれは、ロボットを友人として愛している。それが日本をロボット先進国にした。
井の頭公園をぶらつき、南側の住宅街に出たら、井の頭名物「糸きり団子屋」の前に出た。この店は「ミカワ」といって、もうずいぶん昔になるが、何度か来た。なんでもない住宅街の一角にあって、ごく普通の民家を改造した店である。ずいぶん古くなっていたが、変わらずにある。懐かしかったから、みなを誘って入った。
江戸深川資料館の展示民家のようで、中はいたって狭い。アメリカ人の感覚からすれば、これが客を入れるカフェとは信じがたいだろう。しかしこのような店が、ぼくは昔から大好きである。何故そうかというと、ぼくの内にある世界にしっくり馴染むからで、これがどんな方向かといえば、童話だ。
もうそろそろうろ憶えになっているから、以下のタイトルは間違っているかもしれないが、「狐の手袋」の新見南吉、「赤い蝋燭と人魚」の小川未明、「木馬が乗った白い船」の立原エリカ、「奇妙なレストラン」の宮沢賢治、これらの物語が持つ北の気配とか、それとも夜更けや夜明けの冷え冷えとした空気は、ぼくの内で成長して、今や世界の一隅を占めた。
立原エリカさんは、大学で東京に出てきてから知った。子供っぽいとか、少女趣味だとか言われそうな方向なので、なかなか好きと人には言えなかったが、ぼくには大事な世界だった。そのように言えば、了解してくださる読者もおられるであろう。ぼくの小説の内にも、こういう空気がたいていどこかに潜んでいる。
ミカワはこういう世界に登場してくる団子屋にふさわしい、玩具のように小さな家で、焦げ茶色に塗られた板壁、室内もまた同色の板壁で、ここにかかっている小さな額とか、曇り硝子の填った斜めの桟の小窓も、日本に生まれ育った童話世界をよくぼくに思い起こさせる。和風の家に無理やり作りつけた、それとも継ぎ足したふうの洋風応接室。しかしアンデルセンにルーツを引く日本産の童話もまた、そのような世界だった。
団子はというと、たぶん長い円筒形に作った柔らかい餅を、糸を使って一定の長さに切断し、きな粉やあんこ、ゴマでまぶしてから客に出す。一人でやっているから、大勢で行くとちょっと時間がかかるが、とてもおいしい。
こういうことを書いていると、ふと思い出すことがある。ある夏の日のことだ。井の頭公園の橋に立って池を見ていたら、とても地味な風貌の、しかし誠実そうな中年の女性が寄ってきて彼方を指さし、ほら、あそこにゴジラがいるんですよとぼくに教えた。見ると、なるほど遥かな対岸に、横を向いたゴジラそっくりな大樹が一本、周囲からぽつんと飛び出していた。
この時ぼくは大変心を動かされ、適当な言葉を探せないくらいに感動して、この公園を含む一帯が、それを見ることができる人たちにとっては、立原エリカ的なメルヘンの舞台であったことを知った。ぼくを動かしていた力、その一部を発していた人の顔を見た思いがして、この国の潜在力をもう少し信じる気になった。世界を変える力、それは夢の中にだけ潜んでいる。道徳糾弾の中などにはない。
ただしこの樹は、夏でないとゴジラに見えない。秋や冬には葉を落として、トゲトゲの骨になってしまうからだ。以来この橋を渡るたび、早く夏になってゴジラに葉がつかないものかと必ず目を向けるようになった。
団子屋は、以前来た頃とは経営者が変わっていた。新しい経営者の女性も、このようなメルヘンを見ることができる人で、だからその一部をつぶすまいと考え、店を引き継いだのであろうとぼくは信じた。
団子屋を出て、またみなで公園を歩いていたら、
「信じられないな、なんだか夢みたいだな」
といきなり007氏が言った。
「ずっと島田さんの小説読んでいて、この公園にも何度も来ていて、今その島田さんと、その公園を一緒に歩いているなんてね」
ぼくは驚き、苦笑したが、続いてこんなふうに思った。
ぼくのほうからすれば全然なんでもないことだが、そういうふうに感じる人もあるだろう。先にあげたような童話作家とここを歩いたら、ぼくも間違いなく同じように思うことだろう。
このあたり一帯の特有の空気は、物語好きの人たちを呼び寄せるのだ。
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