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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第36回
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島田荘司のデジカメ日記
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島田荘司のデジカメ日記
1−8(月)、龍臥亭の夕べ。
クラブ「水曜日の朝」は、たぶんビルの三階にある。たぶんというのは、ここは変わった作りで、まず正面入口の石段を一階分くらい登り、店に入ったらまた店内で階段を一階分くらい登らされる。だから結局店が何階なのかよく解らない。トリックに使えるかもしれない。
マスターとしっかり握手をかわす。打ち合わせのために何回か来たから、もうすっかりなじみとなった。しゃくてぃさんは遅れてきた。聞けば、歌のキーはまったくノーマルでOKという。彼はシャウト型だからだ。穴井さん、大島さんとも打ち合わせ完了。開演を待つばかりとなる。
いよいよゲストのお歴々の入場となる。ひときわ若いSSK軍団も三々五々、熟年軍団にまじって入ってきた。SSKは若い女性が多いので、空気が華やぐ。
のちに妙さんの話によると、偉い人たちばかりで大いに緊張したということであったが、前回の駄文を書いてみてぼくにも解った。確かに役付の人が多い。全然気がつかなかった。ヒラの頃からつき合っているせいもある。原書房などは、虫麻呂氏欠場の穴埋めに、N瀬若社長がじきじきのお出ましとなっている。馬車道早売り会のウサギ氏、I毛編集者も一緒だった。
講談社勢は、光文社勢に次ぐ大世帯で、宇山第三編集部長、秋元編集者、そしてもはやSSKのメンバーでもある文庫のM澤女史、それから今や御手洗ファンにとみに有名となった藤谷英彦氏、といった顔ぶれである。
藤谷氏は本名は藤谷英志氏と言う。「眩暈」登場時、本名にしてくれと言い張る彼の主張を却下して、ひと文字変えた。「眩暈」の頃はただのF誌編集者であったが、今は彼も週刊現代の副編集長である。まもなくフライデー編集長着任の予定なのだが、なかなか遅れている。「眩暈」登場がいけなかったのであろうか。
彼が着任したら、お祝いにフライデーで御手洗関連の連載をやろうかなと思わないでもない。その場合、タイトルは「藤谷英彦氏の冒険」としようかと思うが、そんなことをしたら彼は、森内閣以上の短命政権で終わるであろうか。ともかくT橋氏なきこの夜、SSKの女性軍団の人気を独り占めにしたのは彼であった。「キャー、ほんとにいるんだー!」とばかりにみな彼を取り巻き、一緒に写真を撮っていた。ここに虫麻呂氏がいたら、彼も同じような結果になっていたであろう。惜しいことである。I毛氏は馬車道でウサギをかぶっていたことが災いし、女性陣に今ひとつ顔を憶えられていない。
続いて角川、文春、新潮と、参加者の内訳を書いて行けば、名前だけで日記が埋まってしまうからやめておく。
大島さんは白いドレス姿で登場、準備は万端のようである。彼女は音大時代からコンサートの場数は充分に踏んでいる。今回は、彼女の友人で庭野ひよ子さんが専属のカメラマンとして参加。この庭野さんがまたとても才能のある人で、写真の腕前、文章、イラスト、PCとどれをとっても強く、のちにこの夜の雰囲気を伝えるサイトを立ちあげてくださった。またハーブなどの販売もしている才女で、ぼくもまた、この夜若干風邪が抜けていなかったので、鼻風邪によいハーブ、枕に入れると安眠できるハーブをいただいた。よい匂いで、なかなか効いたと思う。
大島さんは、彼女のピアノのファンだという恰幅のよい男性二人をともなっていて、この人たちもまた、社長クラスの偉い人のようである。
池波志乃さんは渋い着物姿で登場、さすがにひときわ華やかな風情である。この夜集まった特に男性陣は、志乃さんの姿を見られただけでも、参加料を払ったかいがあったというものであろう。
大島さんのピアノ演奏は大変見事なできであった。「組曲龍臥亭」の一挙披露はこれで二度目で、今回新曲が加わってはいるが、もう練習量も充分、大層安定していた。SSKのみなさん全員にこの夜のプレイをお聴かせできないのが残念である。集まったわれわれは、しばし貝繁村の田園を思い出しながら、みなうっとりと静聴した。いつかはこの組曲のCDを作りたいものである。
穴井さんの司会も、この夜はいつもに似ず格調高く、立派なものであった。彼はカラオケ・ボックスに行けば必ず泥酔し、ネクタイをはずしてこれを鉢巻きとし、靴を脱ぎ、靴下をかかとまでずり下げて「モーニング娘。」などを絶叫する。時に興が乗れば、ズボンを脱いだり、両腕を振り廻してあたりを走り廻ったりもする。いずれ光文社の顔、カッパノベルスの編集長ともなる人なので、これはもうそろそろやめましょうとぼくなどは意見するのだが、遺伝子にセットされているのかどうにも治らない。彼のこの種の武勇伝は、この後日の北海道旅行のおりのことなど書いてもいいが、彼がこれを読んだら圧力がかかるであろう。ともかくこの夜は大島さんの格調あるピアノの調べに影響されたか、またSSK軍団の知性の影響下にあってか、異様に真面目であった。無礼講はまだだ、まだだと自分に言い聞かせて喋っている様子がありありで、その思いが強すぎ、しきりにどもるほどである。
菊池夏樹氏の歌は、いつもながら充分に金がとれるレヴェルだ。フリオ・イグレシャスの「ナタリー」を、怪しいスペイン語でささやきながら会場を練り歩き、目に入るものを次々に織り込んで歌う。観客が傘だの財布だのを掲げれば、これも素早く織り込む。それがきちんとスペイン語に聞こえるから不思議である。彼はぼくの担当編集者だった時代からこの手の芸をやっていたが、年を経てますます磨きがかかった。どうして編集者になったのか理解に苦しむ。芸能界でも充分にやっていけるであろう。
パフォーマンス中の彼は、どう見ても相当量のアルコールが入っているようにしか見えないが、実は一滴も飲めない。奈良漬を食べても引っくり返る。しかしひとたび酒の席ともなれば、ジンジャエール一杯で真っ先に酔っ払い、誰よりも変なことをする。学習院時代から彼は、この悪酔い芸ひとつでコンパや新年会、忘年会や合コンの修羅場を切り抜けてきた。だから筋金入りなのである。
彼は長く池波正太郎氏の担当編集者であった。この縁なのか、同じ姓の池波志乃さんと意気投合、彼が歌を歌い、志乃さんがそばで踊るという貴重なハプニングもあった(写真)。さすがに志乃さんの踊りは本物で、上手である。
これが終わると菊池氏、今度はやおらマスターに向かい、いや実はね、あなたの前の奥さん、ぼくの親友と結婚しちゃいましてね、などと言いだす。マスターの前の奥さんというと、今をときめくあの内田有紀さんのお母さんということであろうか。いったいそれは本当なのかとみな耳を疑う。今作った話ではないのだろうか。まったく宇宙人のような重役で、つき合いはけっこう長いのだが、会うたびに新しい一面を見せてくれる。
藤谷英彦氏も歌はうまい。以前彼の結婚披露宴で、「世紀末日本紀行」連載時の猛者の記者連とバンドを組んで演奏したら、新郎自らマイクを奪ってリード・ヴォーカルをとり、司会者の顰蹙をかった。ここで新郎が歌ってしまうところが彼の敗因でございますと嫌味を言われていたが、続いて出てくる彼のお姉さんたちが、次々とみんな歌が上手だったので、これは血筋なのかと知った。
しゃくてぃ氏も歌がうまい。これもまた、菊池氏、藤谷氏と並んで、充分にコンサートの柱となり得る力量である。いや、考えてみれば司会の穴井氏も、あれこれ言っても歌はうまい。あれだけ泥酔しても音程をはずさないのは天才的で、だから彼もまた柱のレヴェルである。この後、バドガールの扮装でカラオケ・コンサートを開く葵嬢の顔も会場に見えていたのに、彼女の美声が聴けなかったのは残念であった。まあ、それだけ芸達者たちが揃っていたということであろう。
しまさんがポラロイドで、小生と志乃さんが並んでいるところを撮ってくださった。この写真は東京のT橋氏に預けてあるので、この戯れ文とともにたぶん公開されるであろう。
もう一人、「コナン・ドイル殺人事件」を鋭意翻訳中のSSKのホープ、Pattyさんを週刊現代、藤谷氏に紹介したかったのであるが、夕べ雪道で何度も転がったので、これは行くなという天の声かと思ってこなかった、のだそうである。ちょっと残念であった。
会は終わりが近づくほどにいよいよ盛りあがり、いつ果てるともなく続く。この熱気は、もうこう言わなくては到底おさまらないと思い、ぼくが最後にマイクを持って「来年もまたやろう!」と約束し、拍手とともにどうにか会を終えたのであった。ぼくにはとても楽しかった。みんなも楽しんでくれたのならよいのだが。
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