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島田荘司のデジカメ日記
第34回
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1月7日日曜日、新世紀、氷雨のオフ会。
 いよいよ21世紀が開け、新世紀最初のオフ会が、横浜中華街で開かれることになった。中心になって店の予約などに奔走してくださったのは、しゃくてぃさん、そしてオフ会マニアとして最近つとに有名なタックさんである。お二人にはこの場を借りて感謝である。
  ここはやはり翠香苑に集まって、御手洗さんの好物である「ひき肉のレタス包み」 を味わおうということになった。そして食べながら、新世紀に向けてのSSKの団結 と発展、使命を確かめ合おうというのが建前である。最初は洋ふうの個室をと言っていたのだが、みるみる人数が膨れあがり、宴会場ふうの和室でなくては収まりきらなくなった。これら個室は店の二階にある。私は御手洗さんファンの漫画家さんと過去何度か集まりを持ったので、両方の経験がある。
  WS刊の管理人杉永さんや、脚本家の石川良さんと東京で待ち合わせ、三人で東横 線に乗って関内に入った。元町通り沿いの喫茶店、カフェ・ラ・ミルで池波志乃さんとも待ち合わせ、四人になってから中華街まで歩く。曇天だったが、この時はまだ雨も雪も降ってはいなかった。
  翠香苑二階の和室に入っていくと、すいぶんと盛大な様子になっていて、部屋を間違えたかと思った。丸い大テーブル三つにみなさんがすでに付いていて、私は真中の島にすわろうと思ったのだが、ささ、床の間に近いこちらの上座にと周囲の人に勧められ、言われるままにすわったら、反対端のテーブルは遥かな彼方になって、大声を出さなくては声も届かない。その彼方にすわっている007さん、リョウさん、Pattyさんとは、ヘタをすると口をきかないままに帰ることにもなりかねない。
  集まってくれた人たちは、日本全国からに及んでいたが、隣にいた女性はなんと地 球の裏側、ニューヨークから来てくれていた。その人とは、ご存知竹内リンコ嬢である。彼女の隣の座布団が白々と空いており、どうぞどうぞどうぞと執拗に勧められる のでここにすわった。最近原書房T橋氏に、リンコさんは兵庫一のお嬢さん女子大の出身と聞いて耳を疑った経験があるが、この初対面時の印象もまた、あまりに楚々と しておとなしげな風情であったから、この場合は目を疑い、「え? あなたが?!」 と思わず叫んでしまった。人の印象とは、BBSの書き込みだけで判断してはいけないものと思い知った。
  あとで彼女からメイルが来て、私が隣にいたのは遠路はるばる来た私の労をねぎらってみんながすわらせてくれたのであって、決して「ここはあたいの席だからね、み んな離れな!」と睨みをきかせ、コワ〜イとか言いながらみんなが引いたんじゃないですからね、と書いてあったが本当なのであろうか。
  それから自己紹介となり、最後に私がしゃべったが、本当にマイクがなくては部屋の端の人に声が届かない。怒鳴っていたら喉が痛くなった。21世紀に向けての私の演説など、だからリョウさんには全然聞こえていないであろう。
  彼とは久しぶりの再会となる。Pattyさん007さんとは、この前のオフ会で会ってからまだそれほど時間がたっていない。南雲堂の南雲社長も駈けつけてくれた ので、「コナン・ドイル殺人事件」翻訳中のPattyさん、それに装丁のtenさん紹介の手間がはぶけた。この時南雲さんと007さんが同じテーブルになって意気投合、Room−S新管理人の話にまで発展したらしい。
  2001年1月7日夜の翠香苑二階は、このようにしてSSKノベルス、SSKノ ンフィクション、またSSKコミックの発足式ともなった。このメンバーたちの中から才能が育ち、この器を活用して日本人の人情を、ほんの少しでも陽気な方向にずら してくれたらと願っている。SSKのメンバーならきっとできるはずだ。
  自己紹介によって、HNだけはよく知っていたメガミさん、しまさん、それに角田 さん、カスミさん、ようさんたちを知り、親しくなった。私には初対面の人も多い。 しかしそういう人たちも、何人かは「季刊online」の写真ページで見覚えがある。志乃さんはむろんのこと、「奇想の源流」管理人のtenさん、極楽桜丸さん、 葵さん、北川さん、しゃくてぃさん、タックさん、大勢の才能のある人たちの顔が一同に会していた。掲載の写真は、私の隣で「ひき肉のレタス包み」に舌つづみを打つリンコさん(赤いセーター)、そして葵さんである。
  本にサインをすませ、歓談も終えて、会場をカラオケ・ボックスに移すべく店を出た。するとなんと表の市場通りはみぞれ、いや氷雨となっていた。ここでPattyさんとはお別れ、明日は六本木で「龍臥亭の夕べ」をやるので、これまた御手洗ファ ンにはつとに有名となった週刊現代の藤谷英彦氏も来ることになる。彼を紹介したいので、来られたら是非来て欲しいと彼女に告げ、握手で別れる。
  それからわれわれは雄々しく氷雨の中にと歩みだしたのだが、中華街は霧雨に煙り 、いつもと様子が違っている。街は妙に暗く、白くなりはじめた舗道はいつもとは別 の街角のようで、先導者たちはさんざん道に迷い、われわれは傘も持たずに往来を往ったり来たりした。ようやくカラオケボックスにたどり着いた時には全員濡れそぼり 、横浜で遭難寸前のありさまだった。
  この時最も頼りになったのは、一番道を知らないはずのニューヨーカーで、われわれは彼女の先導で無事目的地に到達した。野生の勘とも言うべきこの余勢をかい、リンコ嬢はカラオケのトップを切って、私などは聴いたこともないど演歌を歌いあげて、しばらくマイクを離さないのであった。しかしアメリカ仕込みのその喉は掛け値なく素晴らしく、われわれはしばし表の冷気を忘れた。
 志乃さんがそばに来て、私はこんなカラオケボッスなんて場所ははじめてなんです よと言われたので、びっくり仰天した。やはりわれわれとは別の場所で生きていた人 なんだとあらためて感心する。
  人数が多すぎて広いひと部屋にも入りきらず、ふた部屋に分散するが、石川良さん は小さい方の部屋に入り、両方に行って欲しいと要請されて時間の終わり頃にこちらに顔を出したら、石川さんが「ジョニーへの伝言」を歌ってくれた。さすがにもとプ ロで、とても上手であった。
  大いに盛りあがり、楽しい時を終えて外に出ると、表はすっかり白くなっていた。 氷雨は本格的な雪に変わり、街の景色を変えている。雪の中で握手をし、何人かとはハグをかわしてお別れする。そして南雲さんが停めてくれたタクシーにおさまると、 雪に埋もれつつある中華街や、その舗道で手を振ってくれる一団と別れを告げた。
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