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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第291回
島田荘司のデジカメ日記
10−25(水)、「涙流れるままに」の特別装丁本
東京のA井さんから、うち気付で読者からプレゼントが来ました、と言って、素晴らしく綺麗な本が郵送されてきた。光文社文庫の「涙流れるままに」上下を、1冊にして、特別装丁を施したものである。黒布を貼った箱入りで、赤黒の外観、一見して驚き、これはもう物館レヴェルの逸品と感じたから、大変感心し、感謝した。これは、世界中にたった一冊の貴重本である。
静岡の相沢康夫さんとおっしゃる方の製作で、すべて手作りだという。こういう趣味をお持ちの方なのであろうが、もう趣味の領域をすっかり超えて見事である。写真から、その完成度はお解りいただけるであろう。
こういう造本は、「ルリュール」というのだそうで、プラスティックのような手触りと感じだが、表紙の材料は「手漉き和紙」だそうだ。赤と黒の波模様は通子の波乱と怒涛の人生、見返しの淡い緑は、吉敷の沈着と涙、そして救済への静かな願いを表わしているとある。自分もまた、この事件当時の吉敷の、誰にも告げられぬやるせなさは、そうした静かな思いと考えている。
「全集出版記念のつもりです、おめでとうございます」、と付けられた手紙にはある。読めば相沢さんはやはり素人ではなくて、こちら方向の技能をお持ちの方のようである。玩具関係のお仕事で、積み木などのデザインをしていて、スイスの「Naeh」という会社から作品が販売されているそうだ。
50歳をすぎる歳になって、はじめて作家にファンレターなるものを書くというのも気恥ずかしい限りですがとあり、作品はすべて読ませていただいていますとある。
「一番好きな作家はと問われれば、躊躇なく『島田荘司氏です』と答える者です。その島田作品のベスト1はと申しますと、これが『涙流れるままに』なのです」
と続くお便りが大変にユニークで、共感的な内容だったから、以下で少し紹介させていただく。
「実は私、通子さんの大ファンなのです。ファンなどという生やさしいものではなくて、私にとって通子さんという人は、実在するかのようなリアリティーを持った方なのです。同じく島田ファンの友人などは、『通子だけは理解できない』と言います。が、私にとっては、たまに夢に出てくるほどにリアルな人なのです。小説の登場人物にここまで思い入れたことは、通子さんのほかにはまったく経験がないのですが──」
一読、驚いたといえば驚いた。書いた当人の夢には、通子さんなど1度出てきたことがない。しかしぼくにとってもまた、加納通子という人は、通り一遍の人ではなく、印象は強い。
何度か書いていると思うが、これまで多作をしてきたということは、書いた作品は、上梓の翌日にはすっかり忘れ、前方の作の風景だけに視線を集中するということを繰り返してきたわけで、そうしなくては水準維持の創作はできない。たまに、自分でもよくできたと感じる作などがあれば、これこそは危険のサインと自覚しなくてはならない。達成の充足に長く気分がとらわれていると、次作は絶対にこれを越えるものにならない。また自己満足にうっとりしていれば、1年2年はすぐすぎる。経験したことであるから、これははっきりと言え、後輩諸氏には伝えておきたいことである。作への評価も、受賞も、美酒の振舞われた翌朝には、きれいに忘れることだ。よくそういう言葉で問われるから、あえてその構文で言うが、これこそは「極意」である。
産み出した自作をいつくしむ、などというのは、これはなかなかに道徳的な体裁だから、なかなか厄介な状況である。よく言われることだが、充実した仕事を為そうと思うなら、敵は自分自身で、おそらくこれは、自身の内なる怠け癖について言っているのであろうが、ぼくに言わせれば、ただの怠惰ではなく、道徳顔をした怠惰であるから、抵抗が至難なのである。だから多くの人がこの道徳の罠に填まり、負けていく。本当に良いものを寡作、それが本当の創作──、こうした仕事ぶりは正しく、そして楽である。
創作に限らない。この作にも現れている、冤罪者の救済など日本では典型だが、何をやるにしても、そしてそれが最大多数にとってどれほどに有益な仕事であろうとも、周囲の者の平均値と違う行動内容であれば、敵は「わが道徳」となる。これは日本という国と社会に長くいて、骨の髄まで経験した。
拙作など読めば、裁判員制度などを自分で言いだしたのは、冤罪多発を心配しての司法の一定量の善意であると思う。これは言っておくべきと感じる。とても陪審制とまでは言えないだろうし、裁判員あたりがわがお偉方の胸突き八丁であろう。が、威圧秩序の長々しいわが国民、「国民監視」などと言う言葉はエライ人とても使えないから、黙って裁判員と言えば、これがまたわが民のセコさで、自分が法廷に呼ばれたくないものだから、それ司法の責任回避だ、無責任だとの、例の某チャン型、烈火の道徳立腹である。
司法の立場から、これにはやはり嘆きを感じている。率直に言えば形式建前主義、誤判責任、国民委譲分割願望の裁判員制度は、司法試験上位合格者を囲む勉強会になろうから、効果はほとんどないと思うが、それにしても一部(と信じる)わがカラ威張り民衆の思考洞察力の乏しさは、栄光の世界最高水準である。威張ったおじさんが過去、何か事を成した歴史があるだろうか。威張りこそは「われに実力ナシ」の白旗宣言で、当拙作は、これを示した物語でもある。

ともあれ、相沢さん作の特別装丁版「涙流れるままに」をぱらぱらめくっていたら、なんだか引き込まれてしまって、ついつい読んでしまった。──と書けばこれがまた「自慢だ云々」とこまめに揶揄されるのであるが、作家が自身の書いた文章が読みやすいのは当たり前のことで、誰に聞いてもそう言うであろう。などと言えば、さっそく例によって、「涙流れるままに」なんぞいったい誰が評価した? という話に展開するわけだが、これは別に「涙──」単体のことを言っているわけではない。
こうしたわが民の毎度のセコさは、何か話そうとする際には巧妙な障害で、雲の巣のごときさりげなさで、かつ、完璧に効果的である。それでみんなあっさり喋らなくなり、自分のことだけをきちんと考えるようになって、事態は前進を止める。
さっそく何が言いたかったか忘れるところであったが、ともあれそういうことだから、ぼくは過去の自作など、こんなふうにたまに褒められでもしない限り、読むことはもちろん、思い出すこともない。今回ざっと読んで、通子という人にはびっくり仰天した。まったく忘れていたが、この人は、ここまで生々しいオンナで、こんなことまでしたのかと驚いた。
この作を書いた当時、よく読者に手紙をもらった。思えばみんな女性で、「涙──」についての男性からのものは、年を経てのこの相沢さんのものが、おそらくはじめてではなかろうか。そういう意味でも貴重だ。男性は概して、通子には静かであった。度肝を抜かれて沈黙したのであろうか。
ある、これはもうお婆ちゃんからのもので、「吉敷さんが可哀想、本当に可哀想です」、とあり、「でも荘司ちゃんありがとう」とあって、なんだか感動した。そうかと思うと、「男性はこんな女性が好きなのでしょうか、腹がたちます!」というのもあった。ダ・ヴィンチだったか、年間ベスト10に入れてくださり、これもやはり女性が、「ホントに背中がぞくぞくするほど面白かった」と書いてくださっていて、これも嬉しかった。
女性からの評価はおおむね好評で、オンナにはこんな変なヒトいません、の類はなかった。そうして今思うのに、よくこんな、女性世界の秘密が暴露されているような小説を、自分が書けたものと感じる。あの頃、いったい自分はどうなっていたのだったかと思ってみると、自分の周囲を見廻しても、通子のようなとんでもない人はいない。どうして自分に、こんな女性の生々しさが描けたのか。いったい何ものが、こうした女性世界の秘密を、こちらにリークしてくれたのか。
ぼくにはよく、明け方まで夢中で書いて、特にそれが女性のことなら、翌日のお昼にキーボードの前に戻って立ちあげ、前夜書いたものを読み返すと、自分の知らないことが書いてあってびっくりすることがある。それはまあ他人の人生なのだから、作の外に出たら知らないのは当然だが、そんなレヴェルのことではなく、本当に知らないことがあれこれ書かれていることがある。この作もそうで、女性の生理日と頭痛の関係とか、夏の外気と店内冷房の関係など、どうして自分が知っているのだろうと首をかしげた。まあ極度に頭痛もちの女性と市販特効薬のことは、秋好さんから聞いて、知識はあった。だがそれだけではすべての説明はつかない。オンナの生々しい感情、それが突進する強烈さ、どうしてこんなことがいつも自分には書けるのだろう、そう思って首をかしげることは割とある。
むしろ、男のことの方が解らない。巷間、路地裏で泥酔するおっさんの心模様は、実のところよく解らない。自分が男を描くと、まあ自分とそれほど違いはしないけれど、あんまり純粋なので、これはむしろオンナの発想、オトコ把握なのでは、といぶかしむことがある。いったい誰が書いているのだ? オンナが背中に貼り付いて、ぼくの両手指を動かしているのかと、なんだか気味が悪くなることがある。
しかも通子に関しては、これは作単位の思いつきではない。通子の人生は空中に漂いながら、すでに確たるものとして長く存在していた。80年代からぼくはそれを感じていて、早く書かなければと焦っていた。
では吉敷1作目の「寝台特急はやぶさ」からそれが存在していたのかと問われれば、それはない。しかし3作目の「北の夕鶴」を書いた時には、すでに「涙流れるままに」の内容がほとんどすべて、あのままに見えていた。ではその時に創ったのか問われれば、そうかもしれないとは思うのだが、反面どうも物語創りに艱難辛苦した記憶がないもので、やはり作ってはいない、というのが正直な感想だ。こちらは見たたけで、もうすでにあったのだと答えるほかはない。
ではどうしてあったのかと問われても、そんなことは知らない。遠い昔、歴史に埋もれたあんな物語が北には存在して、世に出たがって誰かの筆を待っていたのかもしれない。それとも、もしもあの作が将来、日本人になんらかの意味を持つなら、その時にはもう少し別の説明ができるかもしれない。
だから「寝台特急はやぶさ」のおり、彼女の人生はまだ存在していなかったのではなく、ぼくにはまだ見えなかっただけであろう。通子の人生は、一介のもの書きが適当に作ったのではなく、すでにしっかりと細部までが実在していて、作家人生の一時期、たまたまぼくが目撃したというにすぎない。多少世に価値がある小説(さてそう言ってよいかどうか──)は、たいがいがそうした構造を持つであろう。そうでなくては、2〜3作に跨ってまであれほどに辻褄は合わないだろうし、世間の本物の女性たちを、あそこまで信じさせる説得力は生じない。
ともあれ、相沢さんという男性からも、そのように言ってもらってよかった。通子は、女性たちだけのものではなかったと思い、ちょっとほっとした。
 
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