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島田荘司のデジカメ日記
第289回
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10−6(金)、鮎川賞受賞パーティ
この日は午前中から雨だったが、いつも通り飯田橋のホテル・エドモンドで、鮎川哲也賞の受賞パーティがあった。
まず吉祥寺北のTrick+Trapに行き、サイン会の時、サインをし残している郵送用の全集何冊かにサインをし、来てくれた南雲堂のH野氏と合流して、2人で中央線に乗って飯田橋に向かう。
飯田橋の駅前に出てみると、雨は今しもピークで、H野氏はタクシーに乗りますかと問う。しかしそれには距離が近すぎるので、せいぜいホテルに一番近い出口を探し、そこからは傘をさして、早足でホテルに向かった。
こんな雨の中、はたしてお客は来てくれるものなのかと心配したが、エスカレーターをあがってみたら、すでに大勢の人の姿がロビーにあった。鮎川賞のパーティは、帝国ホテルの講談社のものなどに較べたらずいぶんこじんまりとしている。しかし何故なのか、ここは回を重ねるごとに来賓が増えている。だからこの頃は、いつもの大広間だけでは手狭になって、隣接した広間も複数借りるようになった。ここには銀座の綺麗どころの姿もない。帝国ホテルなどと違い、距離が遠いから来にくいであろう。案外そんなことも、人気の理由かもしれない。本格系の作家で、銀座に通う人はいないからだ。
今回は、東京創元社のI垣さんにお願いして、SSKの管理人のみなさんも招待した。tenさんは名古屋で来られないが、007号の姿も見え、宮田氏の姿もある。えいこさんは遅れるようだ。岩波先生は、今回は引越しのせいなのか、招待状が前の住所に行ってしまったのだそうで、だから姿がなかった。そういうことを、後で聞いた。
今年は、壇上で長編賞の選考経過を報告して欲しいと頼まれていた。本来なら今年は笠井さんの順番なのだが、彼は今年、受賞の麻見さんを推していず、よって肯定的な説明ができないので、ぼくに替わって欲しいと、これは宇山さんを偲ぶ会で彼に直接頼まれた。
今年は少々特殊な年で、3人の審査員が、それぞれ別の作を推すという、なかなか変わった展開だった。こういったことは、過去ちょっと記憶にない。推薦作は例年たいてい一致する。今年、笠井さんは「理由あって冬に出る」を推し、山田さんは「毒殺倶楽部」を推した。
「ヴェサリウスの柩」を推したのはぼくだけだったから、確かに今年はぼくが報告をするのが筋であろう。
この選考経過の報告は、パーティが始まるとすぐにある。しかも報告は長編賞からなので、たちまちぼくが壇上にあがることになった。しかし今年は、候補作が6作品もある上に、夕べは午前3時すぎまでA井さんに引っ張り廻されていたから、はたして全作品ひとつひとつについて、すべて言葉をつくせるものか不安があった。そもそも、6品のタイトルすべてを思い出せるものか否かからして不安である。もう選考会からは半年が経過して、作品内部の記憶も淡くなっている。しかしまあ何とかなるであろうと思い、壇上に上がった。忘れたなら、忘れた時のことである。しかし何とか全部思い出せた。
以下は、この時に壇上で話したことの大意である。

今回の候補作は、文章力の点ではどの作も力があり、語り口の達者さでは伯仲していた。しかし、本格の構造体としての骨格に着目すれば、決して水準は高くなかったと思う、そういうことをまず最初に述べた。
「虞美人草奇談」は、古くから道教の説く、東方に浮かぶ仙人の島に、不老不死の妙薬が存在するというファンタジーを、東方の日本島から逆に眺め返し、発想した歴史ミステリーという性格のもの。歴史エンターテインメントは、往々にして歴史上の著名な人物が大挙して出演するヴァラエティショーとなりがちだが、当作もその例に洩れなかった。賑やかで楽しい読物ではあったものの、やはり定型的な書き方に依存してよしとする傾向は感じられたし、奇談というほどの事件が作中になく、本格の探偵小説として見ても、構造的な新しさや、従来の型を磨いた高度さも見られなかった。
「継がれた殺意」は語り口が達者で、作中の世界を信じさせる文の魅力がある。しかし展開上、やや無理をしているなというような点、つまり、必ずこうはならないであろうに、そうなるものと期待して計画を立てるのは果たしてどうであろう、というようなところはあった。しかしこの人の文には、持って生まれたふうの艶や、生命力がそなわっていて、書ける人である。聞けば乱歩賞を受賞したということであるし、この作もまた、うまく磨けばよい商品になるだろうと思った。
「毒殺倶楽部」は、女性らしい柔らかな筆致、人間描写も上手な部類で期待したが、オンライン匿名で持たれる「毒殺倶楽部」というアイデア以外、展開に奔放な伸びがなく、かといってリアリティもなくて、細部の作りに未達成なところや、ちょっとしたパターン依存も感じられて、だんだんに推せなくなってきた。でも山田さんが惚れ込んでいたように、特有の魅力的な雰囲気が作中にあるから、磨いたらよくなると思う。
「りっちゃんの酒蔵」も、文章は上手であったが、材料提示に慎重さがすぎて、フェアさや大胆さには遠かった。けれどこれも、よいところは多々ある。
「理由あって冬に出る」は、これは学校の怪談物、というジャンルか。後半好きな個所があり、悪くはない。笠井さんがこれを推したのもよく解るが、こうした事実からも、本格は、何をもってそうと人は言うのか、について、また多少考えた。
「本格材料論」といったような方向のことが、あるいは展開できるのかもしれない。あるいは「食材論」か。日本食というものは、理屈からはどんなアプローチによってでも完成できるし、またどれほど前衛的に意をこらすことだってできる。しかしやはり日本食たるの「印象」というものは、不問のものとしてありそうだ。たとえば醤油調理の焼き魚、笹の葉の飾り、吸い物のお椀、松茸だの漬物だのといった食材が、ちらほらと見えているからこの皿が日本食なのであろう。コンセプト以前に、材料で人はそう感じてしまう。たとえ料理人が人種的に日本人で、しかもどれほどに才能がある人でも、こうした材料が一定量皿に見えていなければ、その料理は日本食ではないのであろう。少なくともそういう評価に、異議は申し立てにくい。
ということは、さほどの出来の料理でなくとも、こうした材料さえ使われていれば、少なくとも「これは日本食だ」の、最低限の評価は得られるということかもしれない。しかしそれは日本食だということであって、賞状をあげようというほどの傑出した日本食だということとは違う。
これは、「理由あって──」のことを念頭において語っているのではない。ただの抽象論で、「理由あって──」は、これはこれでよい作品である。ただ本格らしい材料がよく使われてはいるのだが、本賞の受賞作とまではしなくてよいのでは、というのがぼくの考えであった。しかし磨いて出版するのはよいことであろう。異存はない。
「ヴェサリウスの柩」は、これと真反対のケースで、これにはいわばエスニック食の材料がふんだんに使われて、一見するところ、あるいはひと口食したところでは、文芸小説、女性小説、医学業界小説、といった料理名にラヴェリングされそうである。これを本格に分類し、評価するのは、原理主義者からは抵抗感のあるところだろうが、ぼくはよいと思った。フォアグラやキャビア、アボガドや、マトン肉などを用いた変わり寿司といったところか。
しかしこのような喩えをこちらに思いつかせるところがまた、日本の本格ファンの頑固なところではある。とはいえ、この頑固さをぼくは嫌いではないし、このような発想軸の価値もまた、よく心得ているつもりだ。わが頑固職人とも、たぶんぼくはそれなりにうまくやっていけるし、また試しに今上のように言っては見たが、「ヴェサリウスの柩」が、そこまで本格の先行例と違っているとは、ぼくは思っていない。海野十三氏、小酒井不木氏といった先達もいる。
ともあれ、この作には本格方向に頭を限定し、終始この中で知恵を絞ってきた人ではないゆえの面白さ、美味さが感じられたので、今年のこの候補作群ならば、ぼくにはこの作が最も面白く、本賞に値して感じられた。だから、自信をもってこれを推した。とまあ、そんなような説明をした。
それから、このところ鮎川賞の受賞者は、候補作どまりで世に出た人に較べ、名前の定着率がよくない。それは創元社が、「受賞作を含めて3作はうちで」という要請を受賞者にして、受賞者の方が次回作、次々回作を書くのに手間取ってしまって、ノルマを終えるまでに5〜6年という時間がかかってしまう。それから他社に4作目を持って行っても、受賞の記憶がもう薄らいでしまっていて、ノリが悪い。そういう事情による。一方候補作者は、毎年2作ずつだって上梓ができる。そういうやる気の発生と自由さは、衆目の見え方に差を生じさせやすい。これが名前の定着率の差にもなる。
そこで今回は、来年の4月末までに麻見さんに次回作を書いてもらい、創元社は必ずそれを12月までに出版して欲しいと、壇上からお願いをしておいた。その翌年にはまた1冊、こうして3年で3冊も出せば、今後の展開はかなり違ってくるであろう。
短編賞は、有栖川さんが報告した。今年は短編賞も面白そうだ。読んでみたいという気分にさせてくれた。

授賞式が終わり、立食パーティになった時、「摩天楼の怪人」で見事なCGイラストを披露してくださった友田星児さんを見つけたので、歓談する。聞けば体調をくずしていたとのことで、心配である。彼とはまた近く、「ミタライカフェ・ニューヨーク特集号」をやりたいと思っているから、是非早く、元気になっていただきたいものだ。
故郷福山市の書店の方や、尾道市在住の評論家の人も、挨拶に来てくださった。近く、また福山市に行くことになるかもしれない。
鮎川先生の奥さんの姿も見えて、しばらく立ち話をした。相変わらずお元気そうであった。「継がれた殺意」の人も挨拶にきてくださったから、少し話した。非常に性格のよさそうな人であった。
二次会に行き、受賞の麻見さん、佳作「毒殺倶楽部」や、「理由あって冬に出る」の作者たちと食事をし、歓談する。しかしこの2作の改善に関しては、山田さん、笠井さんに任せている。毎年言うようにしていることだが、この受賞は今夜までのこと、明日は綺麗に忘れた方がいいと、麻見さんには念を押しておいた。もしも専業作家になりたいなら、喜んで浮かれるのは10年後、自分の名前が定着したと解ってからでも遅くない。
A井さんが、近くに三次会の席も取っておいてくれたから、雨の中傘をさし、麻見さんと一緒にそちらの店にも廻る。A井さんは、前夜あんなに酒を飲んでいたのに、よくあれだけ候補作品のこと細かく憶えてましたねー、この人の頭の中、いったいどうなっているんだろうとT林と話してました、とか言っていたが、そんなに酒を飲んでいたのはA井さんであって、こちらはそれほど飲んではいなかったのである。玉子焼きを2ヶ月間半毎晩作りつづける人の頭の方が、よほど変わっている。
柄刀さんが来てくれていて、綾辻さんも顔を出してくれた。評論家の藤原理香さんも来てくださった。
「ヴェサリウスの柩」は去年、綾辻さんが審査員を務める横溝賞の候補にもなっていたのだが、この時は綾辻さんが最も高評価をしたのだそうだ。
「第二の綾辻さんを見つけなくちゃね」、とぼくがみなに言っていたら、「いや、第二の島田荘司を見つけなきゃいけないんですよ」、などと彼は言ってくれていた。
電車が動いている間に店を出て、雨の歩道上で綾辻さんたちとは別れた。
別れ際、「今後も一緒に頑張りましょう、日本の本格のために」と彼は言い、握手の手を差し出してくれた。
 
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