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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第280回
島田荘司のデジカメ日記
島田荘司のデジカメ日記
9−21(木)、講談社BOX
護国寺に出て、O田氏の「講談社BOX」に行く。これはある人の言を借りれば、「地獄の黙示録」のカーツ脱走大佐が、密林の奥に作った独立王国のようなものなのだそうだ。もう少し正確に言うと、講談社が海外文芸出版部というものを新設した。国産文芸作品の、海外輸出を目的とした部署だが、ここに文芸第三部のO田氏という、若い編集者が派遣された。彼はこれまでの高い実績ゆえに、この海外出版部の中に、入れ子細工のように「講談社BOX」というものを作ることを許された。そしてO田氏は、あの立派な講談社ビルの21階にいると、自分が偉そうに思えて困るので、週刊現代が出張校正室として確保し、今はもう使っていない、講談社近くのマンションに移ることを希望し、かなえられたというものである。この日、ぼくはここに向かっていた。
そういう彼が、ぼくに声をかけてきて、2008年に「大河ノベル」というものをやってもらえないかと言う。これは、1月から12月まで、1人の作家が毎月1冊ずつの本を出していく。だから計12冊出す。本はすべて箱入なのだが、統一テーマで、12冊単位で評価を期待する性格のもの。来年2007年のラインナップはすでに決まっていて、だからここにもう広告してもいいと思うのだが、西尾維新さんと、清涼院流水さんらしい。しかし2008年は未定なので、ぼくに登場してもらいたいのだと言う。
O田氏の主張はこうであった。島田荘司という作家は、現在「権威化」しているのではないか。なんとなく、どっかのエライ人のようなよそ者感覚で、普段ゲームに填まり、漫画を読んでいるような若者には、自分が買ったり読んだりするような作家ではないと思われている、そう指摘する。「権威化」という言葉は立派にすぎるが、これはその通りだと思う。自分の本が、このところ難しくなりすぎているという反省が、自分にはある。本格のミステリーというものは、真剣に仕事をすればするほど内容が難しくなってしまう傾向があり、これはよくない。本格とは、半分は論文という性格の小説だからだが、それを書いているのが年寄りなら、そしてその内容がレンアイやゲームと無関係なら、これは確かに、みるみるそうなる。自分とは縁がない、そして読まなくていい本になっていく。
いかに高度な内容が表現されていようとも、1部の読者のものになってしまってはいけない。営利事業団体としての出版社にとってはもっとそうである。一生懸命中味を平易にしよう、軽くしようとと思い、里美ちゃんなど書いてはいるが、体質なのであろうか、どうも小難しくなってしまう。いい意味で手を抜きたいと頑張るのだが、これが自分にはすこぶる難しい。あんまり簡単なものだと、こんなもの書いて、いったいどんな意味があるのだろうとつい思ってしまう。読者が本を買う理由というものは、こちらが思っているような真摯な能動ではなく、時として大いに覗き趣味であり、被脅迫の産物で、その他感情的もろもろ──、それはむろん解っているのだが、社会の最大多数に有効、有意義なものをと腐心し、その最大多数に敬遠されていては世話はない。
O田氏は、島田さんのものは、若者たちにこそ読まれるべきだと力説し、これはこちらもそう思っているものだから、つい納得する。講談社BOX・大河ノベルは、ゲーム世代の若者がターゲットなので、ぼくのような熟年作家は基本的にお呼びでない。だからこそ意表を衝いて、などと言われると、ぼくは新しいこと、少々危険な冒険的企画が好きなので、すぐその気になってしまう。
しかし困ることはある。2008年という時期だ。この年は前々から週刊新潮で、江戸もののミステリーを連載する予定になっている。これがまたやたらに大変な、挑戦的企画なので、このふたつが重なるのはすこぶるまずい。アタマ的にも、体力的にも、つまり物理的に無理ということだ。だから2009年ならなんとか──、と言うと、いやそれでは遅すぎるのだと彼は言う。この企画は、まず国内で、必ず勝たなくてはならない。そうした上で、グロス単位でそれらの小説を海外、特に北米に向けて出していくことを考えている。だから、いきなり日本で負けては後がなくなる。勝つというのは、部数が出るということだけではない。内容の完成度、緻密度、恒久性、こうした方向の評価も要る。それによってこの企画の正当性も出てくるわけで、よって、勝つためにはどうしても二年度目に「島田荘司」が必要なのだ、とO田氏は熱く口説く。
まあ、自分などがこの企画の勝利に貢献できるものか否かは不明だが、彼としては、西尾氏などで部数は稼げるものと計算しているのであろう。しかしそういうことなら、あまり重厚になってもいけない。しかしある種のクレバーな計算性、作り物としての、読み手を感心させる計算俯瞰構成も必要だ。1冊300枚程度でいいということだが、それを1年間書き続けるとなると、気楽に臨めば、1年間よどみなく毎日書いてぎりぎりということになる。悩んで1週間も筆が停まれば、たちまち刊行スケジュールは崩壊する。
加えてぼくの場合、週刊誌連載が重なるので、来年の1年間は、この企画の仕込みに費やさなくてならないだろう。そうなら手前に向かってしわ寄せが来て、2007年度、書けると予定していたものが書けない展開にもなる。というようなことをA井さんに言ったら、里美ちゃんの第2弾、検察修習ものを早く書かせたいA井氏は、みるみる顔面が蒼白となり、「O田氏はタタミの上では死ねない……」、などと呪いの言葉を吐いていた。
しかしO田氏のような発想は、期せずしてぼくも持っていた。海外に出すという発想も以前からずっとあり、こつこつ英訳原稿の準備もしている。ゲーム世代の若者向け、ライトノベルで大河ノベル、そして可能ならばそれを海外に、つまり海外でも無視されないもの──、こうした条件をすべて加味する時、以前から考えていたことに、未だ茫洋としたものではあるが、重なって見えてくるものもあった。挑戦心を刺激され、だんだんに真剣になった。
とはいえ、そんなふうに口で言うのは簡単だが、物語のように調子よくは行かない。これは容易なことではない。むろんそれだけをやればよいのならできるだろうが、顔色の変ったA井さんのみならず、血相を変えそうな編集者の顔があれこれと脳裏に浮かび、少々気鬱になった。すでに2007年はぎっしり埋まりそうであるのに、この上に大河ノベルの仕込みとなると、これはもう寝る時間がなくなる。挑戦してもいいが、体が壊れては元も子もない。
創作は、道徳的になればそれでいいというものではない。来る日も来る日も終日キーボードの前にすわっていること自体はできる。そんなことは造作もないし、むしろやりたい。しかし人間厄介なもので、動物としての肉体を持っている。動物は、運動しなければ体が故障するのだ。仕事をしすぎても病気に成らないとは、誰も保証してくれない。運動不足になれば、病が確実に近づく。今まで健康でいられたのが不思議なくらいだから、冗談ではなく、非常に悩んでしまった。そこでともかくこの日、ゲーム「ファイナル・ファンタジー」の勉強をしに、O田氏の王国まで出かけてきたのだ。

話を聞いて、まず浮かんだものは「ファイナル・ファンタジー」であった。ああいったゲームものを書きたいという意味ではなく、今回の相手、つまり読み手の好みはあれなのであろう、という意味で、ファイナル・ファンタジーである。
ファイナル・ファンタジーについては、一応の知識はある。ムーヴィーの「ファイナル・ファンタジー1」は観ているし、2作目にあたるのか、ムーヴィー「アドヴェント・チルドレン」も、一応観ている。1なとどは、ハワイで作ったいきさつとか、アメリカのどんな俳優がどの人物の声で参加したのかまで、当時は心得ていた。しかし、あんまり忙しいから、下手に填まったらとてつもなく時間を食いそうなゲームには、恐ろしくて近づかないと決めてしまっていた、だから中身がどんなものなのか、どんなやり方でゲームするのかは、未だに詳細は知らない。
総ゲーム時間は何十時間に及ぶというというFFだが、ずっと一方通行一本道の構成で来たこれが、最近はコペルニクス的な転換を果たして、世界中のゲーム・プレイヤーが、キャラクターの仮面をかぶって国境を越え、オンラインで参加するNETロールプレインゲームと化してきていることも、知識としては知っている。そうなら物語は一本道でなく、無限に枝分かれする。
ヴァーチャルな秘境世界に、ケヴィン・コスナーとなって入り込み、戦闘の腕を上げれば、現地で知り合った仲間から戦士として頼りにもされ、英雄になればニコール・キッドマンのような超美人とも出逢え、恋愛もできる。ヴァーチャルな夢の世界で彼女と暮らせば、深夜のコンビニに通いつめ、生業もない、暗い万年床にうずくまって恋人もない、できる見込みもない、そんな冴えない現実には戻りたくなくなる。だからたまにバイトに行っても、勤めに出ても、一刻も早く帰宅して、二コールのもとに戻りたい。ヴァーチャル世界の方が、現実よりもよほど生きるに値する人生となり、ここから抜けられなくなる。こうした状態に陥った若者なら、ゲーム用に頭と手だけがあればそれでよく、体など、脳味噌の「電源」にすぎなくなる。体を動かして生きる意味など消滅する。
これが「ネット廃人」だ。アメリカでは最近、AAミーティングという言葉をよく聞く。アルコールに依存し、四六時中酩酊する願望から抜け出せなくなり、社会性を喪失しつつある人たちが、危機感から同じ悩みを持つ者たちでミーティングを持ち、抜けることに成功した人の話を聞いたり、自分たちもアイデアを出し合って、脱出の助けにしようとする会合である。これに最近では、ネット廃人のミーティングも加わったらしい。オンライン・ロールプレインゲームは、こんなふうに日々深刻化し、社会問題化しつつある。日本でも問題なりかかっているが、いずれは水面上に顔を出すはずである。こうした新手のトラブルについての知識も、先に述べた茫洋たる視界の、片隅にはあった。
O田氏は、ファイナル・ファンタジーの歴史が俯瞰できる、「ファイナル・ファンタジー、The Adventure Bible」なるDVDを用意してくれていた。インヴェーダー・ ゲームとさして変わらない最初期のものから、みるみる進化して3D化し、動きがどんどんなめらかになり、やがて体の輪郭も厚みもくっきりとして、ついには喋りはじめる現在までが、一挙に俯瞰できるように作られた、3枚組のコンパクト・ディスクだった。
それから、これとは別に、FFの、最近のゲーム作品もやって見せてくれた。非常によく出来ているし、定型依存的ではあるものの、豊穣な物語をたっぷりと内包している。というより、逆にこの定型性が、人気の秘密なのであろう。人は見たいと思うものを見たがり、体験したいと思うものを体験したがる。すでに脳裏にあるものが実体化して眼前に現れてくれれば、それは安堵にも安定にもつながる。意表を衝くものは、外郭部に少々でいいのだ。それがゲームというものであり、これは新本格の原理をもよく説明する。

以前からぼくは、「進々堂世界一周」というショートショートを書き溜めている。これは未発表のものだが、1974年、御手洗が京都大学の医学部に在学していた時代、京大裏の進々堂という珈琲店に、毎日午後3時になるとコーヒーを飲みに行っていた。そういう御手洗と話したくて、やはり午後3時になると進々堂に通ってくるサトル君という予備校生がいて、彼が御手洗に、受験の勉強法もだが、それに限らず、生活で出遭ういろいろな悩みを相談する。
この時期の御手洗は、世界中を放浪する長い長い旅から帰ってきたばかりで、見たものは無限にあり、それをよく憶えている時期にもあたったので、サトルの質問に応じて、御手洗はいくらでも世界の隅々、誰も知らないような片隅の街に暮らす人たちの思い、苦しみや悲しみについて、詳細に語ることができた。進々堂における、そんな2人の若者の会話のみで構成する、これは物語である。とはいえ、京都の古い珈琲屋の店内のみが舞台でも、サトルの空想は、世界中の街を縦横に訪れる。殺人事件などは現れないが、ぼくはこのシリーズがなかなか気に入っている。
御手洗が語るこれらのエピソードを膨らませ、2話くらいずつを1冊にして出していく。こちら「進々堂世界一周」は、隔月の偶数月に刊行していき、奇数月に、新構想を書き下ろすファンタジーを展開していく、そんなことを考えた。まだそうと決定したわけではないが、奇数月のものは、謎→解決の構成から離れた、これまでのぼくにはなかったような冒険の物語で、読者にはこれを、ただファンタジーとして楽しんでいただければそれでいい。内容は、少しメカ趣味の、一見SF冒険活劇に見えるようなもの。しかし背後には、全然別の企みがひそんでいる、といった具合のものだ。
O田氏に問われるので、ぼくは脳裏にあるイメージや、計算をあれこれと話した。北米にも出していける可能性をも一応含ませるため、ファンタジー小説は、できるだけ漫画に近いライト・ノヴェルとする。そして絵を多く挿入する。つまり漫画の体裁に近づける。しかし北米に出すということを視野に入れるなら、この画家が非常に重要になる。アメリカの若者は、当初はヴィジュアルにしか興味を持たないから、この画家は重要で、アメリカ人も好み、納得するだけの力を持つ人に登場をお願いしなくてはならない。そうなら、あの「マトリックス」に影響を与えた、「攻殻機動隊」の士郎正宗さんしかいないことになる。こういう人ならアメリカ人は確実に興味を持つし、すでにもうファンも大勢いるはずだ。こちらのストーリーは、絵に惹かれて読んでもらえたらそれでいい。
とはいえ、北米をアタックしようと思うから士郎さんだと言ったわけではない。ぼくの脳裏にあるイメージのひとつは、明治維新が起こらず、軍事政府たる徳川幕府が、21世紀まで生き延びたなら江戸はどうなっていたか、といった一種のシミュレーションのファンタジーで、闘いのメカを縦横に駆使するような活劇になるかもしれない。ぼくは彼の絵の、高品位な塊り感表現、ビリーヴァブルなメカ感覚が大変好きなので、そうなら彼がよいと思ったのだ。もしも彼が可能なら、ぼくはむしろ彼のメカ画を盛りあげるように物語を構想し、文字を書く──、とそんなことまで考える。そんなことができたらすごいねーとO田氏に、なかば冗談で語った。
かつて士郎正宗さんの絵を見た時には非常に驚いた。女の体の塊り感覚が見事で、彫刻家たちの粘土づけを連想した。こういった感覚は、これは天性のものだろう。ただ反復訓練というだけではなかなか身につくものではない。メカの見え方にも大いに説得され、こんな漫画家も出てきたのかと知って、日本の漫画世界も進んだものだなと感心した。とはいえ、むろん士郎さんのような人は今超売れっ子で、大変に忙しいから実現は無理だろう。つい口を衝いて彼の名が出たが、こっちとしてはメカ重視ということ、そして北米進出の理屈を述べただけで、半分以上冗談のつもりだった。
ところがO田氏、そうしたら大変興奮し、本当にそれができたらものすごいことです。島田さんと士郎さんの組み合わせなんてね、とんでもなく意表を衝く。誰一人夢想もしていないでしょう。よし、じゃぼくが段取りして、今度士郎さんと会ってきます! と言いだした。それはまあ確かに実現は難しいだろうけど、士郎さんは今イラストの仕事が多いみたいだから、まるきり無理という話ではないと思うんです、と言う。
ちょっと驚いたが、そう言われてこちらも何となく楽しくなり、ではその時までに、どんな内容世界なのか、ぼくはイメージのラフスケッチを書いておきましょう、と言った。
ということで、その日はO田氏と別れた。口を衝いて出た冗談話だったが、万一実現したら、確かに面白いだろうと思う。
 
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