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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第279回
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9−10(日)、大阪サイン会
今日のサイン会は、午後2時から、大阪北区梅田のブックファースト梅田店でとなっている。
新京都駅前のホテルで目覚め、この日は、せっかくだからとミラノの船橋氏に贈られた麻のスーツを、上下ともに着る。上下白は、地中海の陽光のもとならともかく、日本では少々派手だ。
そうして電車に乗り、お昼前にはもう大阪に入って、距離的に安心なブックファーストそばのホテルで軽く昼食をとる。そして講談社勢3人と、今後に向けた軽い打ち合わせを行う。
この時の論題は、講談社に、海外文芸出版部という新しい部署ができ、現在のところ目の前にいる文三部長Y田氏が兼任部長をしているのだが、この部署内に、「講談社BOX」というユニットが入れ子細工のようにしてあり、このBOXチーフのO田氏という青年から、最近執筆の依頼を受けている。だから講談社内に、もっか担当が2人いるという格好だ。
依頼の内容は、なかなか破りなもので、ある作家が、1月から12月まで、毎月1冊ずつの小説を、ソフト箱入りで刊行するというものだ。そしてこれらを、ゆくゆくは海外、特に北米に向けてグロス単位で輸出していくという、ある意味で壮大なプロジェクトだった。
この企画は、眼前のY田氏も、N藤氏も、当然立ちあげ段階から関っているから、彼らからも企画の趣旨説明を聞く。薄いボール紙で作る外箱の意味とか、海外出版をもくろむのに、未だ対外折衝専門の英語人スタッフが部内にいないこと、パートナーを組む北米の出版社をまだどこと特定していないこと、などなど疑問点があるので、これらについても意見を質した。またLAの出版事情ならいくらか知っているので、西海岸の書店事情などを、こちらも少し説明した。
国産小説の海外輸出は、ぼくも以前から主張していることであり、実は今も個人的に英訳を進めている作品もあるから、ありがたく思っている。魅力的な夢の企画というだけでなく、必要な発想であり、また実現は可能と思うので、全面的に協力するつもりでいる。講談社BOXのO田氏は、非常に有能な若者であり、海外何するものぞの気概を持つ人物なので、すでに会って、アドヴァイザー的な関り方もしている。今後ともにこれは継続して行うつもりでいるが、そうしたこれまでを、この時みなに説明した。現在こういう作戦を射程内に入れられるのは、NYのランダム・ハウス社と合弁会社を立ちあげた講談社をおいてほかにない(もっともこの合弁会社が、これまであまり活動していないようだが)。講談社が本気になり、しかるべく人材を集めて合理的、実質的な作戦を立て、加えて必要以上の政治的発想を捨てるなら、必ず実現する。多少アメリカ社会を知る自分には、こういうことははっきりと言える。
ただし、そう解ってはいても、なかなか鎖国型日本のスタッフは、感性がそちらに向きにくいことがある。日本人は、エライ人志向の政治発想が道徳的として根強く、そういう人の作を無判断に英訳して持ち込み、失敗しがちであること。そうしてのち、「海外輸出自体が無理、シロウトの夢」などと短絡しがちであること。また一転、そうなら何がいいのかとなると、かつてのニッサンのように全然解らなくなること。カクばって威張っている高級車以外の文芸を、今見つける必要があるのだが、日本人も日本文化も、そういう実質発見の眼力では、まだまったくもって未熟であること。
また実現するだけでは駄目で、出版社としてはある程度以上売れなくては成功と言えないわけだが、今とりあえずそれが可能なものは漫画であり、これにうんと近いライトノヴェルくらいであること。本格のミステリーにも望みがなくはないし、もしもアメリカで新本格のムーヴメントが起こせるなら、大変な才能が各地から出現することは断言ができる。しかしこうしたことが可能になるのは、次の次あたりの段階になる。
買取制のアメリカ書店は、販売量通のパイプが細く、日本というだけでなく、英語圏以外の言語の作を受け入れるキャパシティがないこと。ハリウッドが強力にすぎて、活字はきわめて旗色が悪いこと。アメリカ人が知る現代日本の文化は、ジブリなどアニメが圧倒的であること。みな自分の目で見ないと信じない国民性であること。そうならアメリカ・オトコ、日本の小説はムサシとミシマ、あとは和服の似合う大和撫子の書いたものくらいでいい、と思いがちであること、などなど、絶望的なまでに壁は高いが、必ず成功して欲しいと、大変に期待している。また、いずれは必ず起こることである。

新阪急ビルのブックファースト梅田店に入り、控え室でお茶を飲み、おしぼりで汗を拭く。サイン会のリクエストをいただいた梶野店長と、互いに挨拶をかわす。まだ若く、大変真摯な感じの人物であった。
この店には、衝立で売り場フロアと仕切られた喫茶のコーナーがあり、窓外を見ながらお茶が飲めるようになっているのだが、サイン会にはこのコーナーがあてられていた。書店フロアと隔離されているから、並んでいただいた読者と少しだが落ち着いて話ができ、たまにいる、道徳立腹をもってこちらを睨みつけながら、憤然とデスクの前をすぎていくような人も、こっちが視界に入らず助かるであろう。
余談だが、このように書店の隣りにカフェがあるというスタイルは、アメリカでは割合見かける。そしてそういうところでは、なんと書棚から売り物の本を何冊か持ってカフェに入り、コーヒーを飲みながらその本を読んで、飲み終わったら棚に返してさっさと帰る、などという図書館状態も可能になっている。日本人には信じ高いような行為が、アメリカでは平気でまかり通っている。やはりアメリカ人、長く立ち読みをしていれば書店員が遠征していき、鼻先でハタキをふるう嫌がらせによって客を追い払う、わが高等テクニックを学びに来日すべきと思う。こんな性格のよさでは、アメリカの出版文化は滅んでしまう。

とはいえ、この日並んでいただいた読者のみなさんは、ここでもまったく性格のよい、魅力的な人たちであった。東京から追いかけてきてくれた男性は、どうしたことか、ここにもまた並んでくださっており、恐縮した。彼以外にも、京都で姿を憶えている男性がまた並んでくれていて、どうしたんですと訊いたら、それが写真がうまく写っていなかったので、また来ました、と言ってくださる。これでは同じ本が増えて困るであろうと思い、恐縮する。
奥さんや子供さんを連れてきてくれたある男性が、是非これを観てください、自分は大変感心したんですと言って、映画「ユージュアル・サスペクツ」のDVDをプレゼントしてくださった。確かにこれは、大変よくできた脚本で、楽しめた。
この日も、思いがけずたくさんのプレゼントをいただいた。ある女性から、こんなTシャツを作りましたと言って黒いTシャツをいただいたから、帰って広げてみたら、背中にクリーン・ミステリと英文の筆記体があり、その下には、「異邦の騎士」、「数字錠」、「眩暈」、「百年の孤独」と、英訳されたタイトルが点々と並んでいる。これは世界にいくつもない貴重な品で、博物館級の逸品だと思って、着るのはもったいないから、このままふくやま文学館に寄贈しようかと考えたほどだ。
有紀さんも来てくださっていて、眼鏡をはずした際、前にぶらさげられる、ネックレスふうの「グラスホルダー」をいだたいた。これはいいアイデアだと思い、東京に帰ってから試してみたのだが、ぼくの愛用する眼鏡は、どれもどうしてもつるがホルダー先のリング金具から抜けてしまうのである。なんとかならないものか、もう少し研究してみようと思っている。
有紀さんは、どこかのBBSに、「自分は雨女だ」と書いてくれていたと思う。その言葉通り、列に有紀さんの姿が見えたら、さっきまでヒートアイランドかと思っていた高層階の窓外が、一転にわかに掻き曇り、嵐となった。しかしここに入って、始めてしまった今は、もういくら降っても安全である。
オクラさんの姿も見えたのだが、この日のエポックは、彼女が娘さんのクララさんを伴ってきてくれていたことである。クララさん、噂通り上背があり、スタイル抜群の美女で、なるほどフランスで成功しつつあるヴァレリーナという印象だった。ヴァレエ先進国のフランスで、ソロをもらって踊ったということだから、これは必ずや大きくなってくださる人であろう。大変楽しみだ。お母さんのオクラさんは、クララさんの肩までしか背丈がない。いかにも自慢の娘さんというふうで、2人を眺めているのは楽しかった。SSKのみなさんも騒いでいた。今後に大いに期待している。
ハンディキャップの女性も並んでくださっていて、長時間立つのは大変であったろうと考え、感動した。
以前、やはり大阪の旭屋書店で、「龍臥亭幻想」のサイン会をやったおり、来てくれていた美男美女のご夫婦が、この日もまた来てくれていた。この前はまだ乳母車の中で眠っていた赤ちゃんが、大きくなってご主人の胸に抱かれており、睨んだ通り非常に可愛い子になっていた。これがまた、将来が楽しみである。ミステリーなど書いて、是非女性読者を騒がせて欲しいものだ。
あちこちのBBSに来ると予告をしてくれていた、たごさくさんの姿も見えた。もう大きな息子さんの父親だということであったが、そうした人にありがちなアクがまったくなく、青年のように純な印象の人であった。誰かが石岡クンタイプだと言っていたと思うが、確かにそんな雰囲気と、風貌である。

終えて、また控え室に入って書店員さんと少し話し、この日はすぐに新幹線に乗って、東京に戻った。雨は、その頃にはもうあがっていた。Y田氏、N藤氏はほかの仕事があるというので、大阪で別れた。
東京駅に着いてから、駅前でS村氏と夕食をとった。この日もやはり疲れはなく、毎回こんな調子なら、いっそもっと長丁場のサイン会がやってみたくなった。
自宅に戻り、ミラノの船橋氏とビールを酌み交わしたバーの花瓶に、京都と大阪でもらった花束を、一緒にして挿してみた。大変見事な印象だったので、写真に撮った。これも公開しておこうか。
 
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