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編集室の窓から
島田荘司のデジカメ日記
第278回
島田荘司のデジカメ日記
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9−9(土)、京都サイン会
東京駅から午前中発の新幹線に乗り、サイン会のために京都に向かう。
講談社の新刊、「UFO大通り」のサイン会なのだが、話を受けた時は大いに不安であった。こちらはサイン会はむろんかまわないし、読者に求められているのなら、大喜びで出かけても行くが、このところサイン会ばかりやっているので、もういい加減飽きられているのではと不安になったのだ。またぞろ例の定番揶揄が某チャンネルから聞こえてきかねない。しかし2日目の大阪、ブックファースト梅田店は、書店長からのたってのお願いだというので、その人のためにもと思い、出かけることにした。
担当編集者のS村氏、文芸第三部長のY田氏、もと担当、さらに文庫部長を経て、現在は非常に偉くなっているN藤氏の3人と東京駅で落ち合い、新幹線内では一緒であった。ミラノでファッションデザイナーをやっている古い友人、船橋芳信氏か贈ってくれた白い麻のスーツの、この日は上着だけを着た。
新京都の駅に着くと、駅前のホテルに荷を解いてから、先の3人とともに下京区、四条富小路角のジュンク堂に向かう。夏の暑さで聞こえた盆地京都は、まだそこここに残暑が漂っている感じがある。タクシーの窓から入ってくる風の気配で、それが解るのだ。

書店前に着くと、まずは通りの反対側の喫茶店に入り、講談社が予約してくれていた大テーブルに落ち着く。お茶を飲んで、ジュンク堂店員諸兄姉や、関西に単身出張してきているという講談社販売担当の人などと、しばらく話す。この時、フライデー出身のS村氏と講談社勢が、そばでなにやら大いに盛り上がっている。聞き耳を立てると、どうやら1m80近いファッションモデルふうの超美人が、拙著を買ってくれ、整理券をもらっていったという。あれは絶対に素人さんではない、何故あんな女性が来たのだろうと、彼らは額を寄せ合い、熱い議論をかわしているのであった。
S村氏が、水平にした手を自分の胸にあて、「こっから上、裸だったよな……」、などと言っている。そして、あれはたぶんレースクインか何かで、自分の彼氏のために整理券をもらいにきたのだと、芸能人の習性に詳しいS村氏が強弁し、聞いているみなも、まあそんなものなのかなと納得気味に頷いている。
結局その場は、あの彼女当人はサイン会には来ない、列には並ばない、オトコが来る、という結論になった。しかしこの議論の趣旨は、要するに美人はミステリーなど読まないという、ある種の差別発言にも思われたから、こちらはなにやら釈然としなかったのだが、そろそろ刻限の3時が迫ったので、おしぼりで額の汗を拭いてから、彼らにしたがって喫茶店を出た。
目の前の大通りの、歩行者用の信号を待って、みなで横断歩道を渡っていった。するとそこはもうジュンク堂前で、店の前は屋根のついた歩道になっていて、すでに大勢の読者さんたちが歩道に並んでくれていた。列はかなりの長さで、どうも心配は杞憂だったらしく、ほっとする。にわか雨という予報も聞いていたから心配していたが、この屋根つきの歩道なら、雨が来ても一応大丈夫である。
店員の方に案内され、書店の、正面でなく脇の入り口から入ったら、そこにはもうテーブルが用意されてあり、背後のガラスドアはもうそれでロックされて、島田先生サイン会のたぐいの看板がかけられた。書店員さんの紹介を受けて椅子にすわり、さっそくサイン会を始める。
サイン会というのは不思議なもので、先頭の人の印象がとても強い。終わってもしばらく顔を憶えている。こちらがまだペースが出ていず、多少の緊張感があるのと、先頭の人は長く待ってくれたのだろうな、申し訳ないなという気分がこちらに湧くからであろう。不思議にギャルが先頭にいたことは少なく、たいがい大人の女性である。この時も彼女によく感謝の気分を伝え、固く握手をした。
いつも思うことだが、サイン会に足を運んできてくださる人たちは、みんな人柄がよく、誠意的だ。始めてすぐにそのことに気づき、感謝する。内心の誠実さが、よくこちらに伝わる。結局のところ、こちらをうまく振舞わせたり、疲れを少なくするのは、集まり、並んでくださった人たちの、そうした誠意的な心根である。何度かサイン会を体験し、そうしたことがだんだんに解るようになった。嘲笑的、睥睨的な人たちが並べば、こちらもずいぶん疲れるはずである。そういう目に見える態度ということだけではなく、集まった人たちの意識は、まとまって電波のようなエネルギーになり、こちらの脳に確実に伝わる。
この日も一人一人とサインをし、次々に握手をしていくのは、気持ちのよい京の午後の体験であった。焦りすぎないように、しかし特定の人と話しすぎて不公平にならないようにと気をつけながら、こちらは丁寧にこなしていった。
いちごさんがおり、BBSに書き込みをしてくださっていた、お父さんと娘さんの二人連れの姿もあった。大変ハンサムなお父さんで、娘さんも可愛く、石岡さんと同じくデザイナーだという。自著の文庫本も贈呈してくださった。
大勢から、いろいろなものをいただいた。不思議なもので、何度もサイン会をやっているのに、会でいただくものができるということは、毎度毛ほども考えることがない。不思議なことに毎度忘れる。この日もずいぶんいただきものができ、荷物が大きくなって、びっくりした。
東京のサイン会からずっと追っかけて着てくださっている青年がいて、この人は、さっき嵐山まで行ってきたのだと言って、琴聴き茶屋の桜餅をお土産にくれた。この桜餅は久しぶりだし、今回はとてもそこまで足を延ばしている時間がなかったから、嬉しかった。
女性が多かったからか、食料品のプレゼントが多かった。いちごさんにはたぶん、調理済みの鮎が入ったパックをいただいた。どの人からどれをもらったのかは、どうしても後で解らなくなるのである。しかもこの日、いちごさんは本名であったため、いまだにどの人がいちごさんであったのか、顔が不明である。しかしこの魚、後日東京の自宅で食べたのだが、大変においしかった。未だに味が忘れられない。どこで売っているのであろう、また食べたいものだ。
佃煮とか、これは他の方からだったか、ふりかけふうのものもいくつもいただいたのだが、これらがすべておいしかった。これまで食べたことがないような種類の味ばかりで、やはり古都京都は、食べ物に関しても伝統があり、センスがよいのだと知った。江戸の頃はみな、これらがくだり物としての高級な品だったのであろう。
懸命に仕事をこなしていたら、そばのS村氏たちの様子がおかしい、またぞろそわそわとしている。「来た来た……」、と小声でささやかをかわしているふうだ。
こちらがサインをしている机は、歩道に面したガラスのそばなので、表の歩道の行列が、徐々に前方に移動していくのが室内側から望めるのだ。どうやらガラスの向こうに、1m80の、素人ではないところの、例のレースクインの姿が現れたらしい。しかしこちらとしては一人一人の対応に懸命であったから、そういったことには少しも気づかず、後で聞いて知ったことである。
その女性を目の前にすると、確かに両の肩はすべて露出し、スタイル抜群の美女であった。女性が多かったサイン会なので、本にサインをし、一人一人握手をして、それからこちらも立ちあがって横に並び、カメラか携帯で記念撮影、というのが大半のパターンなのだが、彼女と並んだ時、靴も高かったのだろうが、こちらよりも少し背が高かった。
「モデルか何か、おやりなんですか?」と尋ねると、「あ、いえいえ」という返事であった。
その話し方は柔らかく、謙虚で、奢ったふうの感じは全然なかった。Y田氏がぼくのカメラで写真を撮ってくれていたから、その際の写真も公開できるであろう。
外国人も来てくれていた。熟年の方も多かった。が、大半はやはり女性だった。
謎の紳士、宮田さんも東京から追いかけてきてくれ、北里大でDNAの研究をしているという、チャーミングな女性を伴っていた。彼女はA級ライセンスも持っているというから、話が合いそうで、また遺伝学工学、生物学方向の取材もしたかったから、是非またゆっくり、という話にした。

サイン会を終え、立ちあがってまた通りを渡った喫茶店に戻り、お茶を飲んで疲れを癒した──、とは書いたものの、例によって疲れなどはなかった。
席につくが早いか、S村氏が大声になり、みなを見渡してこんなふうに言う。
「みなさん、残念、残念!」
こちらはなんのことか解らなかったから訊くと、続けて彼はこう言う。
「子持ち、子持ち!」
この会では、ため書きをしてもらうため、自分の姓名を書く紙片を配る。こちらはそれを本の横に置いてサインをし、右側には相手の名を書く。そういう紙片なのだが、それには、名前の横に、著者にちょっとひと言、というスペースがあり、S村氏はさっそくレースクインの彼女のこれを、チェックしたのだった。さすがにもとフライデーの敏腕記者で、こういうところは週刊宝石出身のA井さんに体質が似ている。
彼のチェックによれば、この紙に、「ずっと子育てで忙しかったのですが、久しぶりに本が読め、面白かったから嬉しかった」と書かれてあったという。聞いて、みな一様に残念そうな顔をした。S村氏、続けてこんなことも言う。
「いやーでも彼女、スカート、短かかったよなぁ……」
両肩のみならず、足も大半出ていて、ドレスは身にぴったりとしたボディコンふうだったから、布地はずいぶんと少なかったみたいである。しかしこちらはずっと俯いたまま、必死でサインばかりしていたから、とても下半身にまでは目が行かなかった。
S村氏、さらに続けて、こう悔しげに言う。
「しかし許せないよなー、女の子多かったよなぁ。それも若いよ。綾辻さんの時より若かった」
まあ確かに、この年齢になって、幸せなことである。

それから店を出て通りでタクシーを拾い、進々堂という喫茶店を探した。
これはもう20年も昔のことになるが、まだデビュー前だった綾辻さんをこの街に訪ねたおり、連れていってもらって気に入った店である。しかしもう場所は忘れてしまった。石造り風の建物は渋く、窓からは通りをへだてた京大構内の緑が望めて、非常に気分のよい店だった。当時は京大生がたまっているという話だったが、今はもうそうではないらしい。しかしゼミなどで、たまに2階が使われたりもするらしい。
しかしこの店は午後6時にはもう閉店ということで、ようやく探しあて、われわれが着いたのが6時だったから、ちょっと中を覗き、表から外観の写真を撮るだけで、我慢しなくてはならなかった。コーヒーの味を知ることはできなかった。
この日、この店に行きたかったのは、またこのコーナーに書くことになるとは思うが、「進々堂、世界一周」と題する、ライト・ノヴェルふうのシリーズを、講談社で書く予定があるからだ。だからもう一度すわっておきたかった。けれどこの日はスケジュールがおり合わず、残念であった。明日はもう大阪に移動になるから、また来る時間はない。
S村氏、カウンターに行って、もう6時なんだけど、ちょっと一杯だけコーヒーを飲ませてくれと食い下がったが、駄目だとにべもなく言われ、あんなマスターの淹れるコーヒーなんぞ、うまいわけないすよ、と言って怒っていた。

コーヒーはあきらめ、予約してくれていた料亭に行って、講談社のスタッフにジュンク堂の女性店員さんをまじえて、お疲れ会の夕食をとった。
ジュンク堂の彼女たちも、非常に人柄のよい人たちで、アルコールをまじえての会合は、楽しかった。途中から宮田氏も合流してきて、会は大いに盛りあがった。北里大の彼女には帰られちゃったと言う。
サインしている間、ずっと横で手伝ってくれていた書店の女性たちが、お客さんたちがほとんど全員、サインしてもらった自分の本を忘れて帰りかけるので、なんだかこっちまで感動してしまったと言った。ああ嬉しいんだなぁ、舞いあがっているんだなぁと、そばで見ていてしみじみ思ったという。
もしそうなら、こちらも嬉しい。もしも満足してもらえたのなら本当によかった。こちらはタレントでも俳優でもないから、会ってサインするくらいいつだってできる。全然苦ではないから今後も言って欲しいものだ。

食事を終え、今から用事があるという宮田さんや、女性たちとはそれで別れて、講談社の男性陣と付近のホテルのバーに行き、綾辻さんを待った。
綾辻さんはこの日、原作を担当した漫画本完成の、ちょうど打ち上げの日で、漫画家さんが北海道から飛来する予定になっていたから、午後の10時にならなくては体が空かないのだという。それで遅めの合流になった。
彼に進々堂に連れていってもらったり、世に出る前の「十角館の殺人」の原稿を読んだりしてから、早いものでもう20年という時が流れた。彼を世に出した宇山氏も逝った。
けれど一人でふらと現れた彼の様子は、あの当時と全然変わらない。非常に誠実だし、少年ふうの好ましい気配がまったく去らない。それが彼の創作が勢いを失わない理由であり、秘密なのであろう。
話の内容は多岐に及んだが、ともかく一緒に本格のために頑張ろうということにした。  会談を終え、ホテルの前で別れたのは、もう深夜の零時を廻っていた。タクシーの中でS村氏が、仲のよい兄弟の再会のようだったと感想を言った。
とまあそんなふうに、なかなか楽しい京都の夜であった。
 
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